くちゃくちゃ、プリーズ!
第2章
後ろを振り返る勇気がないまま、小さな記事の所を握り締め答える。
「ク、グッキーのクズが新聞に・・・・落ちて、食べようか・・・・と・・・」
「マリが戻ったら部屋に来るように言え。必ず、伝えろよ」
「はい」
なんなのあの子供、最低だ! とも思ったが、衣食住の元だと心に言い、母親に伝言をする。
「坊ちゃんが自分以外の部屋を訪ねるなんて・・どんな用事があるのでしょう?とにかく行って来るので、また、お留守番になっちゃうけど、大人しく待っていてね」
サンは何も言わずに、頷き、手を振る。
現在のこの屋敷に存在する子供は、サンと坊ちゃんだけ、元は沢山の使用人たちも使用人棟で暮らし、生活していた。
それなりに子供たちもいたらしいが、なんせ・・国の粛正を受けて、屋敷内の土地も屋敷以外は没収されてしまったらしい。
今、残っているのは本当に屋敷と車止めのガレージ、お父さんが守っている噴水のある庭と、立派な門だけで、少ない使用人とメイドたちは坊ちゃんと同じ屋敷に寝泊まりして、ほぼ24時間の勤務状況、現代ならきっとブラックな職業と言える。
夕方、お父さんが戻り、お母さんはまだ戻らない事情を、お父さんに説明していると、お母さんが夕食を持って戻って来た。
「明日から、裏門の近くの部屋にお客様を案内して、お茶を出す係を坊ちゃんから承った。前の屋敷の敷地内に道がすでに出来上がっていて、裏門の近くには大きな車寄せも出来ていた。いつの間にあんな工事が行われたのかしら・・・」
「大変ではないのか?メイドは何をしているんだ?」
「メイドのあの二人・・・何かしたらしく、昨日でクビになったのよ」
「また、使用人が減って、大丈夫だろうか?」
「大丈夫みたいよ。前の屋敷の敷地を、坊ちゃんは買い戻したと、言っていましたから、でも、使用人は増やす予定はないらしく、仕事が一層、増えるような気がします」
「今の状態でも親子3人が、暮らせるには十分すぎるお給金を頂いている。仕事が多少増えてもこのお屋敷以上の所は探せない。サンの為にも頑張ろう」
「ええ、サンはこんなにいい子で、いつも一人でお留守番させて・・・少し、可哀そうだけど、今、しっかり、お金を貯めて、サンの教育資金にしたいですね。お父さん」
「ああ、頑張ろう。サン、こっちにお出で、暖かいスープだよ」
「はーーーい!」と返事をして、トコトコ歩いて、父親の膝に乗り、母親からスープを頂く・・至福だ。
両親の話を聞いていると、メイドの二人は首になり、両親の仕事量が増えるらしいが、ココの屋敷の給金は他の所よりも高給、そして、あのダクリックは性格は悪いが、優秀らしい。
次の日、お母さんは仕事に出かけて行った。
「サン、今日はお昼まで戻れないかも知れないけど、大丈夫?いつもは1時間おきに顔を出せるけど、今日の予定はわからないから・・・大丈夫?」
「う~~~ん、くちゃくちゃが欲しい! 」
「くちゃくちゃ?新聞ね。今日は破いても何してもいいから、お父さんの部屋に入って好きなだけ、くちゃくちゃしていいわよ。ケガしないようにして、お留守番してね。行ってきます」
この世界にはテレビやパソコンが無い。唯一情報を得るには新聞が一番だ。
しかし、くちゅくちゅして、遊んでいるのではない、新聞をめくる程度の能力も、1歳の頃には無かったので、両親はくちゅくちゅして、遊んでいると思っていた。お父さんは庭師だが、実は学がある。字が読めるから新聞を毎日購読している。勤勉な人柄だと言える。そんな両親を心から尊敬している。
そして、サンには本当は調べたい事があった。
それは、ダクリックの両親が犯した罪についての記事を探したい。お父さんなら絶対にその新聞を残しているに違いないと確信していた。
サンが寝た後、両親は色んなことを話しているが、なんせ、2歳児、夜は起きている事が出来ずに、その情報だけが抜け落ちている。
今日のお母さんは本当に寛大だ。
お父さんの部屋に入っていいなんて・・・バタバタバタ・・。
サンは一目散にお父さんの部屋に入って、丁寧に記事を探し始めた。お母さんが出勤してから、お昼に戻るまでには見つからなかった。
午後になり、本棚の隅に少しだけ新聞紙が見えていたので、それを取る為に椅子を移動させ、頑張って登り、小さな手で引っ張った。
その記事には『ダル家の嘘』と題名があり、ダクリックのお父さんはダル家の伝統である占いを継承されていなかった! と副題も載っていた。
『占い?』この家の家業は占いなの?それまではダル家は、占いで国の未来の予知を示す任務だったが、この不正の為に国は大きな災害に遭い、国王自ら、ダクリックの両親に死刑を言い渡したと記載されていた。
しかし、今、この屋敷は持ち直して来ている。それはダクリックの占いが当たっているからなの?と考えていたら、電池切れで眠ってしまった。・・・・ダメだ! もう少し、この続きを読みたい・・・グー、グー・・・・。
目が覚めた時は、すでに夕方で、熱が出ていた。
お母さんは凄く反省して、泣きながら看病してくれていた。
「おかあさん・・・」
「目が覚めた?喉は痛くない?お水が飲める?」
サンは小さく頷いて、「ごめんなさい・・」と呟いた。
「私がいけないの、こんな小さな子供を一人にして、お金の為とは言え、何時間も留守番させて・・お母さんの方こそごめんなさい」
「お父さんの部屋の床でお昼寝なんかさせて、風邪を引くのは当たり前。寒かったでしょう。明日はお休みして、一緒にいるからね。大丈夫だから・・」
ダダダダ・・・と、お父さんが走って、薬を買って来てくれた。
「サン、薬だよ。飲んで、眠りなさい。大丈夫、そんなに苦くはないから・・・・」
サンは大人の嘘が良くわかる。それ、知っている。とっても苦い薬だ。この世界には甘い薬は存在していない。毎回、熱がでると飲まされる薬は死ぬほど苦い!
サンは口を手で覆い、首を横に振って嫌がったが、余りにも両親の必死さに負けて、いつも飲んでしまう・・・・そして、苦くて泣き、眠る。
健康とはいいもので、次の日には熱は下がり、すっかり元気になった。しかし、お母さんは一日お休みを貰い、サンに付き添ってくれた。
病気の後は親に甘えたくなり、朝からお母さんに纏わりついて、お母さんのスカートの裾を常に掴んでいた。
そんな時に、家令のガルモがやって来た。
「お休みの所、申し訳ないが、今日はひっきりなしに客が来て、お客の対応は、やはりあなたが一番適任だとダクリック様が申されて、午後からは出勤してくれないだろうか?」
「しかし・・娘は熱が下がったばかりで、午後は必ず、昼寝をします。昨日の様にまた床に寝るようなことがあると心配で・・・・」
「それなら、大丈夫、こちらで育児室を用意しました。あなたが勤務する受付のそばに作りましたので、そこでお子さんを見ながらできます。お願いします」
お母さんは困った顔をしていたが、サンがスカートを揺らすと、
「わかりました。用意して伺います」
お母さんはかがんで、サンに話す。
「サン、お母さんとお父さんは、サンの為にお金が必要です。ダクリック様がサンの為に育児室を作って下さったらしいの、今日はそこで大人しく待っていられる?」
サンは好奇心でワクワクとドキドキが止まらない。この部屋以外の、屋敷の中に行けるのだ。勿論、返事は、「はい」と答えた。