怪しい坊ちゃん
第1章
「オギャー、オギャー、オギャー!!」
「生まれました、可愛い女のお子さんです。さあ、抱いてあげて下さい」
「お父さん、可愛い女の子が生まれました」
「可愛い、小さいな、こんなに小さくて大丈夫なのか?」
「ええ、本当に可愛いですね。私たちの元にやって来てくれて、本当にありがとう」
そんな声をうっすら聴きながら、夢の中を漂っていた。
目が覚めるとそこは明るい天井が見えて、寝返りしたくても、なんだか体が思うように動かない。
金縛り?
最近はそんなことなかったのに・・おかしいナ~~~?また、眠たくなった。寝よう。
そんな事を何日か繰り返して、やっと、結論が出た。見え始めた目で見る自分の小さな手・・・。
「なんだ! この手! 小さすぎる、舐めたくなるし、おかしい。絶対におかしい! 夢だと何度も言い聞かせたが、眠る事さえもうできなくなった。現実だ。私、そうだ、病気で長く入院していて、最後に死んだんだ。それが正解」
「こんなに早く生まれ変わったの?前世の記憶がこんなに残っていて、いいのかしら?」
「ついこの間の事まで覚えているのに・・・・。駄目だ、睡魔には敵わない、オムツも濡れている。お母さん! 取り替えて~~~~ウエ~~ン」
その後の生活は育児書通りの生活。
本当は哺乳瓶でミルクを頂きたいが、出されたおっぱいに食らいついてしまう、悲しいサガを0歳にして知りました。
18歳でも空腹に勝つことが出来ません。お腹が空くと、なんとなく泣きたくなる赤ちゃんの気持ちも理解できた。
飲んで、出して、寝返りして、座って、這って、立ち上がり、歩き出し、周りを理解するまでに1年が過ぎた。
どうやら、私の両親はこの屋敷の使用人らしい、父親は庭師、母親は家事全般を担っているメイド?いや、メイドはメイド服を着ている。彼女は使用人の服を着ていて、日本で言うと家政婦だ。
後でわかった事だが、メイドは若い子のみ、年を取ると使用人服になる。
そして、ここは日本でも外国でもない世界、見たことない、こんな風変りな屋敷。怪しすぎる。
「サン、ここで大人しく待っていられる?お父さんに昼食を届けたら急いで戻るから、このサークルに入っていてね。坊ちゃんが小さい子供がお嫌いで、連れて行けなくて、ごめんなさいね」
サンはわかったか、わからないか、そんな振りをして、お母さんに手を振る。
「お母さん、そんなに急がなくても大丈夫、頭の中は大人です。危ない事はしません。サークルの中で大人しく待っています」とは絶対に言えない。
実はサンもこの屋敷の坊ちゃんが苦手だ。年は6歳上で、学校にも通っているらしいが、とにかく怪しい。
この屋敷全体が怪しいので仕方がないと言えばそうだが、怪しい坊ちゃん! と、いつも思っている。
怪しい坊ちゃんは、名前をダクリックと言い、この屋敷の長である。
ダクリックの家は元々は貴族階級だったらしいが、両親が何かとんでもない失敗をして、罪に問われ、死刑になったらしい。
勿論、資産はすべて没収で、没落貴族になると使用人たちも覚悟を決めていたらしいが、何とか持ち直し、今でも数人の使用人とイケメンの家令、2人の若いメイドを置いている。
(怪しい・・・怪しいの一言。)
しかし、この怪し坊ちゃんが我が、一家の衣食住の元である事は事実で、あっちが嫌っているなら、好都合とし、それを甘んじて受けようと考えていた。
2歳になって、話をしても不思議だと思われないようになってからは、常に母親には、
「お母様、大丈夫、お部屋でお留守番している。お仕事、頑張って、下さい」と舌足らず風に答える。
考えてみると今の母はとっても自分を愛してくれる。
前世の母もきっと小さい頃は大切にしてくれたのかも知れないが、元気になっては、また病気の繰り返し、ずっと期待を裏切っていた。
きっと、母も疲れたのだろう・・・自分が死んで、まだ、漂っていた時に、周りの人達は両親に『お疲れ様。ゆっくり休んでね。』と多くの声をかけていた。
『自分が両親のお荷物でしかない・・・』
もしかしたら、また、病気になる事がこの人生でも起こったら、その時は潔くこの世を去りたい。今の両親にまた苦労をかけたくない。
今の両親はいい人達で誠実な人だから、何でもしてあげて、楽に暮らして行けるように努力を惜しまない。とにかく、今は、一人での留守番が一番の親孝行だ。
大人用の高い椅子に座って、父親の本や新聞を読むことが一番の暇つぶしで、暖かい日差しの中で、小さい足をブラブラさせて、紅茶を入れて、母の手作りのクッキーを頬張る、至福の時間。
新聞のちょっとエッチな記事を真剣に読み込んでいると、背後から声がする。
「お前、字が読めるのか?」
(いや~~~~、振り返る事が出来ない!!! )