炎で暁を満たす者-1
「出来損ないに仕組みがわかったところでこれは誰にも壊せない!それこそこの器の持ち主がその身体に戻れば話は別だがな」
天井から落ちてきたにも関わらず傷一つ付いていない首なしの獅子像は、魔力の渦を纏いながら異質な存在感を放っている。
天井から降りてきたフィールは、一角獣が放った雷をうまく避けると、そのまま首なし獅子像の、本来は頭がついているであろう場所に着地した。
「こいつを壊せば部屋から出られる!出来るか?」
正直、魔力の使いすぎで体調は最悪だ。今にも倒れそうだけど、あと一息でなんとかあのルーカを出し抜ける。
そう思って抜け殻と共に落ちてきたフィールの顔を見る。
「神代にいた魔物の抜け殻……まさかそんなうまい話はないだろうと思っていたが、どうやらうまい話があったみたいだねぇ」
金色の目を爛々と光らせたフィールの髪の毛がふわりと下から風でも吹いているかのように浮き上がった。
「壊す必要なんてないよ。そこの金髪の坊やが言ってただろう?器の持ち主が身体に戻れば話は別だって」
トンっと軽やかに地面に降りたフィールは、呆気にとられている俺たちの目の前で首なし獅子の石像の首に腕を回し、つるりとした首の切断面にそっと薄く形の良い唇を押し付ける。
ゴウっと熱風が吹き、とっさに目を閉じる。
目を開くと、巨大な炎の柱がフィールがいた位置に立ち上っていた。
「どうなってるんだ?」
俺とルーカが同時に同じ言葉を発した。
すると、炎の柱はスッと消え、獅子の艷やかな金色の毛並みが目に入る。
ドスンと重みのある足音を立てて前に踏み出す獅子の身体を見上げると、頭があるはずの位置に見覚えのある赤い腰布がある。
更に視線を上に上げていくと、獅子の首から生えていたのは頭ではなく、フィールの上半身だった。
「やっぱり身体があるってのはいいもんだね。魔力はすっからかんのはずだけど身体が軽く感じる。それに……」
背中に二対の猛禽類のような褐色の翼を生やしたフィールは、ストレッチでもするように腕を動かすと、自分を見ている俺に気がついて微笑んだ。
「誰かを気遣いながら動かなくて済むのは気楽だね」
「そんな……ただの古くからいる……知識があってそれなりに便利なだけの使い魔じゃなかったのか……こんな化け物だなんて聞いてないぞ……」
その場にへたり込んだルーカへ駆け寄ってきた一角獣は、頭を下げて角に雷をまとわせ威嚇の姿勢を取る。
そんな一角獣の威嚇など意に介さないとでも言いたげなフィールは、ゆったりとした動きで俺の隣まで来ると、へたりこんだままのルーカを見て微笑んだ。
「そりゃ……私がこの器を出たのはそれこそあんたらが神代と呼んでる時代だからね。魔法や呪いの知識を与える代わりに魔力を頂戴していた私しか知らないのは仕方ないさ」
四枚の翼を畳んで小さくし、長い焔色の髪をかきあげたフィールが俺の肩に腕を回して美しい声で囁く。
「さぁ、花弁の魔法使い。こいつらをぶっ潰すついでに世界の終わりでも本格的に願うかい?お前とならかつての力を全て取り戻すのも夢じゃない気がしてきた」
「願いはこの用事を済ませてからちゃんと言ってやる」
頭がすっきりしたことで思い出したことがいくつもある。
俺の記憶を少しずつ奪っていたのはなんなのか、師匠は何故いなくなったのか……それを知ったあとでも世界の終わりを願うには遅くない。
「そうだな、あんたとの結婚でも願おうか?」
「そりゃあ面白い冗談だ。じゃあ、さっさとこいつら始末するぞ我が夫よ……なんてな」
「さぁ、決着をつけてやろうじゃねーか」
一角獣の身体を掴みながら立ち上がって、こちらを睨みつけているルーカへ俺たちは視線を向けた。
いつも俺のことを見下していたやつの悔しそうにする顔を見るのは正直気分がいい。
「出来損ないに僕が負けるわけにはいかない。メルート、さっさと起きろ。加減なんてもう必要ない」
バチバチと蒼い火花が見える。ルーカの足元に発生した稲妻はそのまま彼の手に一度宿り、そこから一角獣へと稲妻が吸収されていく。
魔術師としてすぐれているルーカといえど、魔力は無限ではない。多分向こうもそろそろ限界が近いはず。
それなのに、プライドからなのか一向に戦意も敵意も失わない姿に内心少しだけ感心する。
恵まれていて努力もせずに俺をバカにしているだけで、根性がないやつだと思っていたけど根性はあると認識を改めてやろう。
「……我が司るのは憤怒。主人から賜った名ではなく我の真名憤怒の光 の名に於いて……今から貴様らを聖なる雷で裁いてやろう」
角に雷を纏っていた一角獣が嘶くと、角の部分に集まっていた青い稲光が広がって一角獣の全身を包む。
眩い光から出てきた一角獣の真っ白だった身体は仄かに蒼く光り、目の周りや鬣の根本は身体を覆っている色を濃くしたような鱗で覆われている。
怒りに満ちた赤い目を輝かせ、蹄を地面に打ち付けた一角獣は頭を大きく上下させた。
「怒れる七本の柱は悪しきものを討つ」
俺が杖を振って防御をする前に、轟音と共に部屋のあちこちに雷が落ちる。
雷の柱はそのまま消えずに残り、その周りをパチパチと小さな蒼い火花が漂っている。
「安心しな。器を取り戻したお前の剣はもっと強い」
あまりの威力に呆然としている俺に、そう告げたフィールはククッと肩を揺らして笑うと、背に生えている二対の翼を大きく広げて一度だけ羽ばたいた。
強い風が吹いた瞬間、七本の雷の柱も、部屋に浮かんでいた蒼い電気の火花も最初からそこになかったかのように綺麗に消え失せた。