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花弁の魔法使い

「人間、それ、全部よこせ」 


 俺の方を見ようともしないで差し出してきた手に、残りの紐を全て手渡すとフィールはそれを摘んで一呑みにした。

 細い喉がゴクリと上下すると、フィールが纏っている炎が数倍の大きさになる。


引き(Tear)裂く(i fyny)

 

 視界が一瞬グラリと揺れて胃液がこみ上げてくる。

 姿を消したと思ったフィールは、瞬く間にルーカのすぐそばに現れ両腕を大きく振った。

 振られた両腕からは爪の跡をなぞるように炎が噴き出してルーカを捉えようとするが、それは一角獣ユニコーンの雷によって軌道をずらされた。

 彼女の放った炎は天井を爪痕の形に抉るだけで終わり、フィール自身も一角獣ユニコーンの体当たりによって壁に叩きつけられ、その衝撃で壁は少し砕ける。


 すぐに修復されていく壁とはちがい、ぼろぼろになったフィールは、肩で息をしながら立ち上がる。一角獣ユニコーンの角がなにかの拍子に刺さったのか穴が穿たれた横腹を片手で抑えているのが見える。


「もういい加減そんな出来損ないは見捨てて僕の使い魔になったらどうだ?このままだといくら不滅の魂といえど魔石に逆戻りだぞ?」


「私はあかがね色のこいつがお気に入りなんだよ。魔力を使いすぎて赤字になろうと……あんたの使い魔になるくらいなら魔石に戻ったほうが何倍もマシだ」


 口元からも出ている血を腕で拭ったフィールが、血混じりのツバを地面に吐き捨てるのを見てルーカが怒りで端正な顔を歪めた。

 こんなときにもまた、俺の頭を例の妙な感覚が襲う。彼女の声が俺の頭の中を撫でる度、なにかを思い出しそうになるがそれがなんなのか思い出せない。


「ならお言葉通りお前を魔石に戻して厳重に封印してやるよ!この学園が残っている限りずっとその姿に戻れないようにな。魔石に戻されたあとに出来損ないの赤頭を選んだ自分を恨むんだな。やれ、メルート」


 雷が一角獣ユニコーンの角に集まる。

 もうだめだ。出来損ないの俺が足を引っ張ってごめん……。何も出来ないと思いながらその場で腕をフィールの方へ伸ばす。


「私はお前を選んだんだ、花弁の魔法使いクフェア・フルプレア!高潔な魔法使いが言霊の呪い如きで自分を見失ってんじゃねえ」


 張り上げられたフィールの声の一音一音が、俺の脳みその内側をザリザリとヤスリのようなもので削っていく。


裁き(Judge)の雷(thunder) 悪しき(Destroy)ものを(evil)貫け(things) 最大級の(With the)威力で(greatest)放て(force)


 一角獣ユニコーンが呪文を唱え終え、魔法を放つために嘶くのがやけにゆっくりと見える。


 花弁の魔法使い。そうだ。俺はフィールと契約する時に確かに自分でそう名乗った。


 脳みその外側にこびりついていた泥の塊が綺麗に削げたような、そんなすっきりとした感覚がして、部屋の中に渦巻く魔力の流れが急に目に捉えられるようになる。

 師匠が残していった羽根つきのペンダントトップが熱を持って形を変え始め、それはいつのまにか一本の杖になっていた。


 俺の髪色そっくりな赤茶けた塗装をされた細い杖を振り下ろし、師匠から教わった数少ない呪文のうちの一つを紡ぐ。

 あの人がいなくなってから、いつの間にか忘れていた俺の魔法。


花弁(Merch)(y)少女よ(petalau)俺に(Rydych)守りの(yn)手段(fy am)(ddiffyn)


 どこからともなく現れた大量の雛罌粟ひなげしの花弁がフィールの目の前に降り注ぎ、一角獣ユニコーンが放った雷を受け止めて地面に落ちる。


「魔法……だと?」


 今ならわかる。この部屋の仕組みも、天井になにか仕組みの中心になっているものが埋め込まれているのも。


「フィール!獅子の絵だ。そこを壊してくれ」


 さっきの爪痕がまだ修復されていない絵の場所には、不自然なくらい魔力の淀みが渦巻いている。

 俺が指差した場所を見て、フィールは無言で頷くと地面を蹴って跳び上がる。

 その魔力の淀みは、俺がよく見知っているこの女……フィールが怒っている時に感じた気配とよく似ている……気がする。


引き(Tear i)裂き(fyny)穿て(drilio)


「無駄だ!部屋をいくら傷つけても封魔の広間から出ることは出来ない!メルートですらこの部屋を突破出来なかったんだぞ」


 高笑いをして攻撃の手を止めたルーカは、天井の壁を何度も炎の爪で殴りつけているフィールを指差して笑った。

 この部屋のすごさを知っていることから来る慢心に感謝しながら、修復が追いつかずヒビが大きくなっている天井を見る。


「部屋の壁を完全に壊すのは無理だろうな……でも俺の目的はそうじゃない。なんたって赤頭野郎(Ginger)は怠け者だからな」


「なに?」


「いくら壊しても壁が直る仕組みの部屋なら、その仕組の根幹をぶっ壊せばいい」


 ふらつきそうになるのを隠しながら俺がルーカに啖呵を切っていると、修復が間に合わないまま崩された天井の壁が瓦礫となって俺とルーカの間に土煙をたてて落ちる。

 瓦礫と一緒に落ちてきた大きなものが、土煙の中から姿を現した。

 それは、頭のない獅子の像だった。

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