雷の魔術師-2
あまりの眩しさに閉じていた眼を開くと、見知らぬ広い部屋の中で不敵な笑みを浮かべているルーカが一人で立っていた。
殴りつけてやろうと身じろぎをしたが、体が動かない。改めて自分の体を見回してみると、青い茨が幾重にも絡まって俺を拘束していた。
そのままよろけて倒れて地面に這いつくばる俺を愉快そうに見たあと、ルーカは嗜虐的な光を帯びた視線をフィールへ向ける。
「やあ、空の炎。それに……泥棒鼠くん」
辺りをのんきに見回していたフィールの金色に光る両眼に怒りの炎が宿る。
「無粋な名前で呼ぶなと言ったのがわからなかったか?」
「見習いとはいえ、魔術師100人の魔力を投じた封印を受けてもまだ喋れるなんて素晴らしいよ空の炎。それでこそ僕が認めた最高の使い魔だ」
「私を使い魔呼ばわりだと?」
針のように瞳孔を細めたフィールの身体から、彼女の髪色と同じ真っ赤な炎が静かに噴き出すと青い茨はブスブスと黒い煙をあげながら彼女の足元に落ちた。
「邪魔だ。焼き払え」
それでも怒りが治まらないと言った様子のフィールは、俺に巻き付いている茨に火を放つと、そのままルーカを睨みつけた。
立ち上がった俺の手を取ったフィールの唇が小さく動く。なにか呪文を唱えたみたいだが、何も起こる様子はない。
眉間に皺を寄せたフィールを見たルーカは、唇の片側を吊り上げてニヤリと笑うと両手を広げて得意げに話し出す。
「ここは学園内でも限られた人間にしか知らされていない封魔の部屋。神代に存在した化け物の抜け殻を利用して造られた特別な広間なんだ。内側に足を踏み入れたら特別製の鍵を使わない限り外に出られない」
ルーカが指を指したアーチのように弧を描いた高い天井を見上げる。
綺麗な広間の壁の中でそこだけやけにボロボロになった壁には巨大な赤い魔物から一人の女性が引きずり出されている様子が描かれていた。
全身赤い毛に覆われた二対の翼を持つ獅子の化け物は恐ろしい顔をして、女性を自分の口から引きずり出している二人の巨人を睨みつけている。
「……あの絵は」
「さあな。この部屋が造られた時に描かれたらしいが、お前なんかが知っても無駄なことだろう。ここで空の炎を僕に引き渡してお前は学園を去るんだからな」
「僕は出来損ないに舐められるのが一番嫌いなんだ。空の炎、君を限界まで弱らせてから、そっちの赤頭くんと交わした契を上書きさせてもらおう」
「人間の餓鬼が使う魔術で私を傷つけられると思うなよ」
フィールが低く唸るように放った言葉をニヤニヤとしながら聞いたルーカは、胸元からなにかを取り出してこちらに見せてくる。
それは、小指の先程の大きさの蒼い宝石のようだ。
「紹介するよ。これが最近手なづけた僕の使い魔だ」
ルーカがそっと宝石を放り投げると、バチバチという音と共に稲妻が光る。
「稲妻よ怒れる獣を喚起する 悪しきものを圧倒するために」
ルーカの呪文のあと、大きくなった蒼い稲光の間からゆっくりと出てきたのは真っ白な躰に金色の立派な角を持つ一角獣だった。
「メルート、殺さない程度に痛めつけろ」
「……卑しい魔の者よ。主の命令通り我が裁きの雷で矯正してやるとしよう」
あの小柄な男に集めさせていたのはフィールの魔石だけじゃなかったのか。
一角獣を扱えるのはそれこそ魔術師として超一流の一部の人間だけだ。ルーカがそこまでの力を持っているとは思わなかった。
「人間に主従するために造られた獣か。哀れだね」
見上げるほど大きな一角獣を見て後ずさりをする俺の背中をポンと叩いて笑って見せたフィールは、髪をかきあげながらまるで一角獣を挑発するようにそういった。
「雷光よ 悪しきものの手足を正しく 貫け」
「守りの壁」
俺が髪で編んだ紐の束を手渡すと、フィールはそれを菓子でも食べるかのように頬張り、手を前に突き出す。
最初に出会った時のような炎の壁が浮かび上がり、一角獣が角から放った雷は消された。
「大したことないねぇ」
「雷光よ 悪しきものの手足を正しく 貫け」
挑発に乗せられるように一角獣が次々と魔法を放ち、フィールは俺を抱えながら炎の壁で魔法を掻き消しながら部屋を飛び回る。
この前のように視界はぐらついていない。派手に炎を放たないのは俺の身体に負荷をかけないためだろうか?
一角獣の放つ雷は部屋中を傷つけていくが、不思議な力があるのか欠けた壁や床はキラキラとほのかな光を放ちながら修復されていく。
「下等なやつらが言っていたが、赤いドブネズミとはうまい表現だ。しかし、逃げ回るのを見るのもそろそろ飽きたな」
「稲妻の網 小鳥の檻 ここは罠の中」
壁を駆け上がり、一角獣が角から放つ雷を避けようとしたフィールの足元が蒼く光る。
足を捉えられたフィールの身体が硬直し、そのまま床に叩きつけられたところを一角獣が新たに放つ雷が襲った。
全身が内側から棘に貫かれるみたいに痛い。
そのまま情けなく床に蹲る俺をかばうように、よろよろとフィールは立ち上がって一角獣とルーカを睨みつけ、瞳孔を針のように細める。
「ったく。あかがね色の髪を悪くいいやがって……」
長い髪を逆立てて重心を低くするフィールの姿は、いつもの優雅な踊り子といった立ち振舞とはまるで違う。どちらかというと野生の獣のようだ。
チリチリと音がして彼女の腰布に付いているコインの装飾が揺れていることに気がつく。