神話の残滓ー2
「そうじゃないよ。こっちのちびよりもあんたの物言いが気に入らないだけさ」
「ならば、力尽くで奪ってやろう。稲妻の網 小鳥の檻 矢のようになれ」
薄い唇を歪ませて見たこともないような邪悪な笑みを浮かべたルーカが片手を横に突き出すと、石室の壁にビリビリという音とともに蒼い稲光が走る。
横に突き出した両手をこちらに向けたかと思うと、壁から無数の鋭い稲妻が俺たちの方へ真っ直ぐに向かってきて足元に大きな穴を幾つも穿つ。
「次は当てる。死にたくないなら空の炎を置いていけ」
こいつマジかよ……。攻撃用の魔術を使ってくるなんて反則だろ。
嫌な汗が背中を伝う。ここで死ぬよりは金をもらってこのわけのわからない女を置いていくほうがどう考えても得だ。
髪色を馬鹿にされたのは腹が立つ。でも、攻撃用の魔術を使ってこられたら俺に勝ち目はない。
「……こんな子供騙しで脅そうってのかい。ったく今のガキは躾がなってないね」
何を言ってるんだこの女は。
そう思って俺の横で大きな欠伸をして不遜な態度のまま立っている空の炎を見る。
こんなの食らったら人が死ぬんだぞ?人間は石でできた床よりも柔らかいんだ。
「……人間、あんたがちびたちに渡してるものをあたしにも寄越しな。心臓とまではいかないけど目玉とか腕とかあるだろ」
「は?」
突然のゴア表現に思考が阻まれる。さっきも思ったけどこんなときに何言ってるんだこの女。
腕とか目玉なんてそうそう誰かにやるものでもないだろう。
ルーカはさっきと同じ呪文を唱えたのか、石室の壁に再び蒼い稲光が走る。
「死にたくないならさっさと渡せってば。あの花のお嬢ちゃんに渡したもんと同じでいいんだよ」
「例え方が悪いんだよ!脅かすな」
花のお嬢ちゃんという言葉でやっとピンときた俺は、少し前にクレマチスの隣人《妖精》にしてやったときと同じように自分の髪を数本抜いて空の炎が差し出している掌に乗せた。
「最期の痴話喧嘩は終わったか?僕の魔術を馬鹿にしたんだ。空の炎といえど容赦しないぞ」
苛立たしさを隠しもしないルーカが再び横に伸ばした手をこちらに向ける。
ハッとしたときにはもう目の前に真っ青な光が迫っていた。
「守りの壁」
熱風と共に真っ赤な壁が目の前に出来上がって光とぶつかり合う。
俺の髪先を少し焦がした壁は炎で出来ているみたいで、金色と赤を水面のようにゆらめかせながら浮かんでいる。
「あはっはあ!こりゃあいい。下手な魔術師の腕よりも燃費がいいじゃないか」
高笑いをしたかと思うと空の炎は両手を腰に当てたままふぅっと吐息を吐き出す。
吐息だったものは唇の少し先から真っ赤な炎になると部屋中を炎で埋め尽くした。
もう一度吐いた吐息が、今度は蛇のように変わると空中を這ってルーカに向かって進んでいく。
ローブを焦がすことなくいけすかないルーカを捉えている炎の蛇を見ていい気持ちになっていたはずが、急にこみ上げてきた吐き気で視界がぐらつく。
「……ありゃ。そんなうまいことはいかないか」
空の炎は、倒れそうになる俺をひょいと片手で担ぎ上げると、空いている方の手でパチンと指を鳴らした。
パッと赤い光が目の前に広がってあっという間に目の前から石室だった場所が消えていく。
頭が割れるかと思うくらい痛いし、視界はやけにぐにゃぐにゃする。どこかで見たような部屋が目に入ったかと思うと俺の意識はそこで途絶えた。