第1話 連れてこられた店
「轟さん、久しぶりですね」
都心の路地裏にある雑居ビルの地下一階に、俺がこの男に連れてこられた店がある。
店といえるかどうか分からないが、中にはカウンターと奥に続く鉄の扉があるだけの殺風景な内装だ。
そのカウンター越しに声をかけてきたのが、この店にいた唯一の受付嬢。
広いとは言えないこの店の中で、銀行員のような制服に身を包んでいた。
その金髪青眼の彼女は、笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「ああ。今日は、久しぶりに案内してきたんだ」
「はい、毎回ありがとうございます。
では、そちらの方、この用紙にお名前をご記入ください」
カウンター越しに、轟という男があいさつし、たった一人しかいない受付嬢が一枚の紙とボールペンをカウンターの上に置いた。
「本田さん、この紙に必要事項を記入してください」
「は、はい……」
轟という男に勧められ、俺はカウンターに近づいて置かれたボールペンを取り紙を見る。
そこには、名前、性別、年齢、職業、そして借金額を記入するようになっている。
借金。
そう、俺はとうとう返済ができなくなった借金を返すためにここに連れてこられたのだ。
俺の名前は、本田誠司。32歳のフリーターだ。
ある日、妹が詐欺師に騙され借金を背負うことになってしまった。
警察に、被害届は出したものの借金はなくならない。
親に相談したものの、妹と親だけでは返済することができず俺も協力することに。
だが、額が額だけに両親と俺のお金では返済できない。
詐欺師に騙され、憔悴しきっている妹には出せるお金もない。
そこで親の知り合いの弁護士に相談したところ、この轟という男を紹介された。
この轟という男、初めの印象からまともな人とは思えなかった。
待ち合わせ場所に指定されたファミレスに、サングラスをかけて黒のヨレヨレのスーツで現れたのだ。
話し方も、受け答えも真剣みが感じられなかった。
とてもじゃないが、俺は信用できない。
しかし、親の知り合いの弁護士が紹介してくれたのだからと今までの経緯と借金の話をすると、いきなり俺に覚悟があるかを問うてきた。
『覚悟、ですか?』
『ああ、家族の借金全部背負って返済する覚悟があるか?ということだ』
『あの、言っている意味が……』
この時の轟という男は真剣だった。
真剣に、俺に覚悟を決めろと言っていたように見えたのだ。
『本田さんが、借金全部俺が返してやるという覚悟があるなら、俺も利用した返済方法があるんですよ』
『それって……』
『もちろん、危険な方法ではあります。
でも臓器を売れとか、犯罪をしろとかいうことではありません。合法だけど体を使う返済方法です』
……今冷静になって考えれば、別の方法もあったんじゃないかと思える。
でも親はすでに年金生活だし、妹は詐欺師に騙され精神的に参っている。とてもじゃないが、これ以上の返済生活は無理だろうと思えた。
ならば、俺が何とかするしかないと覚悟を決めると、ここに案内されたのだ。
今も、カウンター越しで受付嬢と何やら話をしている轟という男。
用紙に記入している俺に、聞こえないように声を落として内緒話をしているようだ。
……いったい、どんな話をしているか?
▽ ▽ ▽
「それで、今月はあの御一人だけですか?」
「ああ、最近は詐欺が多くてな。
ネットでは集まらないし、なかなか信用してもらえないんだよ。
今回も、前お世話になった弁護士先生に紹介してもらってやっとだった……」
受付嬢は、ため息を吐く。
「借金返済だけじゃなくて、稼げると分かれば人も増えるんでしょうが……」
「そんなことになってみろ、裏の連中に利用されるだけだ」
「……どこにでも、裏と呼ばれる組織はあるんですね~」
「それよりも、そろそろ手続きを頼む」
「はいはい、分かりました~」
そう言うと、受付嬢は視線を本田に移し、書き終えたか確認をする。
▽ ▽ ▽
受付嬢が近づいてきたので、書き終えた用紙とボールペンを返す。
それを受け取ると、ざっと見て確認し何度か頷く。
「……フムフム、名前は本田誠司さん。
性別は男性で、年齢は32歳。
職業はフリーター、ですか?この歳で?」
用紙から俺に視線を向けると、不思議そうに聞いてくる。
「まあ、人間関係がうまくいかずに……」
「なるほど……」
一応納得したのか、再び用紙に視線を戻し確認し始めた。
「えっと、借金額が650万円。
これは、すべて合わせてですか?」
「はい、そうです。
最初は1000万からあったんですが、親と協力して何とかこの額まで減らせましたが……」
「これ以上は、今のままでは無理だと?」
「はい……」
「なるほど、なるほど……」
この受け答えの後、受付嬢は用紙にいろいろ書き込み、それを持ってカウンターの奥にある扉に入っていった。
俺と轟という男がそれを目で追うが、受付嬢が扉の中へ入ると手持無沙汰から店の中をキョロキョロと見渡す。
……しかし、この店は本当に何もない。
観葉植物や、ポスターすらないのだ。
あるのは店の中を半分に区切っているカウンターだけ。
こうやって待たされる時があるなら、椅子ぐらい用意すればいいのだろうけど……。
そんなことを考えていると、受付嬢がカウンター奥の扉から出てきた。
「お待たせしました。
本田さんの借金は、こちらで全額受け持つことになりました」
「……は?」
俺は、この金髪の受付嬢が何を言っているのか理解できなかった。
全額受け持つ?どういうこと?
「セーラ、説明」
隣の轟が、苦笑いで受付嬢に説明不足を注意する。
「あ、失礼しました。ご説明させてもらいますね?」
「……お願いします」
「私どもの会社は、お客様の借金を肩代わりして『ある方法』で返済をしてもらって利益を上げている会社です。
轟さんのような『案内人』と呼ばれる方たちが、本田さんのような借金に苦労している方を私どもの会社に紹介していただき報酬を受け取る。
本田さんは、ある方法で私どもの会社に返済していただき完済していただく、という流れになります」
「……それで、ある方法とは?」
「はい、『ダンジョン探査』です!」
受付嬢が、満面の笑顔で答えた。
……ダンジョン?