8. -偽月-
ファレーナ達が帰った後、聖、エリステーゼ、瑠奈の三人は保健室で話をした
「いたならいたって言いなさいよ」
「それじゃあ面白くない」
エリスが顔を真っ赤にして怒っている
こんな表情をするんだと思った
「だいたいあなたも来るべきだったのよ、私を一人であいつらと一緒にいさせるなんて正気なの?」
「ニールと話がしたかったのさ」
「自分の役割がわかってる訳?」
二人の掛け合いはかなり馴染んでいる様子だ
「聖、エリィさんと知り合いなの?」
「瑠奈、それは…」
「彼女にも話してもいいかしらね」
「それは…、瑠奈を仲間に入れるって事か?」
「そうなるわね」
早計すぎるのではないかと思ったが彼女なりに理由があるのではないかと思った
「さっきね、《月》の《主》が彼女に反応したのよ。その子に使わせろって。きっと相性がいいのよ、あなたと《星》みたいに」
星とはまったく相性がいいとは思えないが俺も確かに選ばれた様なものだ
「瑠奈さん、聞いてる?」
「えっと、あのなんの事だか」
そこからエリステーゼは瑠奈に《王位争奪戦》の経緯を話した
大分簡単に説明したので伝わっているかはわからない
彼女はそういうところがある
「それで、私もエリィさんを守る仲間になるって事?」
瑠奈は少し震えているようだ、先程命を危険に晒したのだからしょうがない
「やっぱり気が早すぎるんじゃないか?」
「じゃあ誰にしろって言うの?《月》が他の人間を選ぶと言い切れないのよ」
「誰でも持てるんじゃないのか?」
「持てはするけど、相性は大切なのよ。きっとね」
エリステーゼは《世界》を選んだと言っていた
しかしもしかしたら彼女も選ばれたと思っているのかも知れない
「瑠奈は…、どう思う?」
「うん…、いいよ。やる」
「良いのか?」
「エリィさんも危険なんだよね?私が力になれるなら協力したいんだ」
「決まりね、使いなさい」
そういうとエリステーゼは《月》を瑠奈に手渡した
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ファレーナから《月》を受け取った瞬間蒼月瑠奈の視界が白く広がった
何もないのに何かの暖かさを感じる
無音、暗闇、空に月
「ようこそ、私の世界へ」
聞き慣れない男の声がする
優しい声だと思った
周りを見ても誰かがいる様子はない
「上を見てごらん」
そう言われ上を向くと宙に人が浮いていた
映画でしか見ないような水色と白の長いローブ
月と三日月をモチーフにした杖
顔は満月の様な金色の面で覆われている
「あ、あの、あなたが私を…?」
「そう、私は満月。しがない魔術師さ」
「魔法を使えるん…ですか?」
「フフ、魔法は使えないね。逃げるしか出来ない頼りない奴さ。敬語は使わなくていい、好きに話しなさい」
「はぁ…」
いまいち掴みどころのない相手だ
姫、タロット、魔法、月、そしてこの男
理解できない事ばかりでなんだか混乱してきた
「徐々に説明してあげるよ、さて契約したからには何か渡さないとな」
「契約ってその、なんなんですか?」
「おや、上手く行かなかったか。《タロット》が君の魂の一部をもらう、代わりに君は戦う力を得る、簡単だろ?」
「それって…」
頭の中で先程【】永久に首を吊らされかけた記憶が蘇る
「そうだけど、君は誠実そうだからさっきみたいな陰湿な力は渡さないよ。ほら」
満月の男がどこから持ち出した物なのか大きな銀色の板を投げて寄こした
「…これは?」
私の腰くらいまである大きさで正面から見ると円型、やや中心が膨らんでいて分厚いボウルの様な形をしている
材質は古びた金属のようだが軽くて私でも持てる重さだった
裏面を見ると何か手をはめれそうな取っ手があった
「それはね、盾だよ。《│偽月の盾》と言ってね、持ち手の部分に手を入れてごらん」
言われた通り《偽月の盾》を使ってみたがボクシングのガードの様な姿勢を続けなければならずどうも使いづらい
「これで合ってますか…?」
「しっくり来ないのはよくわかるよ、そのまま腕を広げてごらん」
広げる…?
この姿勢のまま?
《偽月の盾》は先程までは一枚の板のようだったが腕の動きに合わせ自然と二つにわかれた
「すごい…」
「そう、凄い材質だろう?それを作るのには苦労したんだ、まず素材を手に入れる所から…」
満月の男は延々とその作り方について語り続けている
「あの…、そろそろ戻らないと」
悪いとは思ったがかれこれ一時間近く話をしている
聖たちを待たせているのだと思い話を遮った
「あぁ、そうだね。またおいで。ゆっくり話をしよう。」
また先程の様に視界が白くなる
居眠りをしていた時の様にハッと目を開くと先程の保健室だった
私が意識を取り戻した事に気付いたのかエリステーゼが話かけてきた
「終わったかしら?」
「えっと、うん。終わったみたい」
「次からは戦えるって事ね、期待してるわよ」
エリステーゼとは対象的に聖は難しい顔をしていた
「エリィさん、任せて」
「私の本当の名前はエリステーゼ・ヴィ・エストリアなの、覚えてね」
「エリステーゼ?」
「そう、次からはエリステーゼ様と呼んで頂戴」
「いや、呼び捨てで構わないよ」
「あなたはもう少し私に敬意を持ちなさい!」
「敬意と言ってもね…」
聖が鼻で笑うような仕草をする
あまり見たことのない聖に少し心がざわついた
「それじゃあ引き続きエリィにするね!エリステーゼはちょっと呼びにくいかなって」
「好きにすれば?瑠奈」怒るかと思ったがエリステーゼは軽く笑ってそう言った
その語しばらくファレーナへの対処について話し合った
聖はニールと話をした時に彼の持つ《タロット》についての情報は入手していた
《戦車》、佐々木永久の持つ《吊られた男》、そしてファレーナ
当面の間エリステーゼを一人にはせずどちらかがそばにいる事
それから聖がニールから引き続き情報を引き出せないか試す事が決まった
外はもう暗くなっていたので三人で下校しその日は解散した
家で《月》の世界へ入り事情を再認識する
本当にお姫様である事、《タロット》の能力、そして明日からエリステーゼを守り敵と戦わなければいけないという事
我ながら大変な役割を引き受けてしまったと思う
それでも満月の男と話をしているとなんとかなると思えてしまった
「いやぁ、契約してくれて助かるよ。君で良かった」
「そういえば契約するとか言ってないけどしちゃったんですか?」
「《偽月の盾》を受け取ったろう?あれでしちゃったんだよ」
「は?」詐欺だーーーー!と叫びたかった
「ふふ、大丈夫さ。さてそれよりも月の持つ重力的な性質について話がしたい」
「はぁ…」
満月の男の話は難しい話題のようでわかりやすかった
しかし思ったよりも長く終わりがないので聞いているうちに眠ってしまった
「おやおや…、現実へ返してあげないとね」
満月の男はすっと杖を振ると瑠奈は消えてしまった
ちょうど現実ではベットの上、起こす必要はないと判断した
「おやすみ、蒼い月の娘よ…」
彼女には長い一日だったろう
死を体感しよくわからないまま運命を選んだ
明日からまた辛い戦いが待っている
窓から見える夜空には大きな満月
そして、その手前には佐々木永久の首吊り死体が宙に浮いていた




