5. -こいぬ座-
ジョルジュが家に来た次の日、彼の勧めで星と修行をする事にした
幸い土曜日だったので時間はたっぷりある
初老の執事によれば《タロット》を使う力は慣れと発想によるという
まず《星》の世界で使いこなす事を優先した練習をすべきだと教えられた
自室から《星》の世界に入る
相変わらず星空しかない
「星、ちょっといいかな?」
「聞いてるよ、練習するんだろ」
ぶっきらぼうな物言いだ、機嫌が悪いんだろうか
《こいぬ座》を呼び出し動く姿を想像する
「もっと早く動かすんだ、テニスでそんなゆっくり球を打ってても勝てないぞ」
「ボクシングだったんじゃないのか…?」
「君にはまだボールみたいなものだからね、さぁ早く速く」
やってみると以外に速く動いた
縦にくるくる、横に流れるように、体の前から放っては戻してを繰り返した
「うん、悪くないね。次は対人戦を想定しよう。僕に投げてみな」
少し遠慮しようと思ったがキャッチボールみたいなものだと思い直し思いっきり放ってみた
星はそれを軽々とキャッチする
「そう、今野球を想像したな。そういえば君は野球をやっていたのだっけ。忘れていたよ」
「なんでも知ってるって感じだな」
「契約した時に魂の一部を貰ってるからね、大体のことはわかるよ」
そんな話は聞いてない
「魂の一部…?」
「あれ?言ってなかったっけ?まぁ、そういう事さ。死ぬまでは関係ないよ。死んだら君の魂が《タロット》の中に取り入れられ魔力の源として使われるんだけどね」
そういう仕組みだったのか…
その後は星とキャッチボールをして過ごした
「今後戦闘が起こった場合の話だけど、今のままじゃ何も出来ないな。もっと殺意を込めることは出来ないか?」
「殺意って急に言われても」
セルビオと話した時、何も出来なかった自分を思い出す
「相手は姫を殺しに来るんだ。止めようとか思わないのか」
「それはそうだけど」
「止めるじゃぬるいよな、やっぱり殺す、だ。さてどうしよう」
「星は今までどうやって戦って来たんだ?」
「これを相手に叩きつけて、全方位から、ミサイルみたいに。人に教えるって案外難しいよな。じゃあ見せようか」
星が手を軽く上げると空の星が紅く色を変えた
「僕はあまり技っていうのは恥ずかしくてさ」
少し離れた位置に鈍い音と共に《こいぬ座》と同じくらいの星が地面に突き刺さった
地面は大理石のような風合いで決して柔らかくはない
「隕石がもし自分に当たったらと考えてごらん、それを想像に込めるのさ」
先程より近くに突き刺さる
「相手に当てるのではなくその空間を貫くイメージをしてみて。その結果グシャっと行くはずさ」
半笑いで言うような内容じゃないだろう
しかし先程より理解出来ている
わざと頭にデットボールを投げろと言うような話だ
「じゃあ、行くよ」
視界に白い影が通り過ぎ地面が揺れた気がした
一瞬何が起こったかわからなかった
自分を中心に円状に星が刺さっていた
「まだ対応すら出来ないだろ。相手が本気ならこのくらいはやってくるって事さ」
確かに自分の脳力のなさは理解できた気がした
成長できるイメージはまだ持てない
「まぁ、実戦を積まないとこういうのはわからないものさ。《こいぬ座》ほら、返すよ」
そう言って星が手を
吐き気がする
内臓が軋んで悲鳴を上げる
まるで胃を握りつぶされた時のように
肋骨の節々に鈍い振動が鳴りつづていた
「そういう事、油断しちゃ駄目だよ」
星の放った《こいぬ座》は鳩尾に直撃し痛烈な痛みをもたらした
痛い…
「それが『痛み』、それを込めて相手にぶつけるんだ」
ぶつける、なんて生ぬるい言い方をする辺りが意地悪だ
「今日のところはこれでお終い。ゆっくり休むといい。明日も来るんだよ」
そのままの姿勢で現実へと戻された
「キツかった…」
部活なんて比ではないくらいの疲労感
これを毎日続けるのか、という想いがないでもない
リビングに戻るとお姫様が偉そうに音楽を聞いていた
どこかで聞いたようなクラシック、執事が淹れたのであろう紅茶と海外製のようなチョコレート
「終わったの?」
「あぁ」
「どうだった?」
「疲れたよ」
「そう、頑張りなさい。私のためにね」
「君はしないのか?」
「私の《世界》は…、少し違うのよ」
「違う…、ねぇ」
少し苛立ちがなくもない
「お茶でも飲む?」
「もらうよ」
冷めた紅茶をカップへ移し折角なので彼女から彼女の国の事をいくつか聞く事にした
「エストリアと言う国は…、本当にあるのか?」
「まだ信じてなかったの?!」
「だって地図にも載ってないじゃないか」
「ふふ、我が国は秘匿されているのよ」
「そんな事…」
「あるわよ。エストリアはね、あなたが使ってる《タロット》以外にも数々の魔法具を所有しているの。それ故に特権を与えられているのよ。言ってみれば伝説の管理を任されているの。そんな話表に出せる?」
確かに目の前にある《タロット》は常識の範囲外、超常のものとも言っていい
「その《タロット》はね、千年以上前に作られた魔法具なの。いや魔法具とは違うのだけどそういう物よ」
「…?何か違うのか?」イマイチぴんと来なかった
「魔法具と言うのは精霊の入った宝石が使われているんだけど《タロット》は人の魂を糧に動いているのよ」
「そういえば契約したら魂を取られるって星も言ってたな」
「勝手に契約したあなたが悪いのよ。私に無断で、勝手にね!」
相当根に持つタイプらしい
他にジョルジュへの信頼が籠もった愚痴と彼女の軍学校時代の話を聞いた
こちらも自分の事をいくつか話はしたが興味はなさそうだった
彼女の過去を知りセルビオから頼まれた話を思い出した
エリステーゼの『責任』になって欲しい
…彼女が負うべき『責任』とは一体なんなのだろう
まったくイメージが掴めないと無責任な結論を出して一日を終えた
明日もまた星の世界へ行く必要がある




