4. -節制-
星方聖が学校から帰宅すると玄関に見慣れぬ靴が置かれていた
黒い先細りしたデザインの男性用の革靴
ピカピカに磨かれており手入れが行き届いている
リビングへ向かうと例のお姫様の周りで初老の男性が忙しそうに家事をしている
なぜ勝手に…
「…ただいま」
「おかえりなさいませ、聖くん」
初対面だと言うのにくん付けで呼ばれ不信感より勢いに押されてしまった
「私はエリステーゼ様の面倒を看させて戴いておりますジョルジュ・リートレイクと申します。しばらくお世話になります故よろしく」
「はぁ…」
昨晩の話をしようかと迷っているうちに向こうの方から話を振ってきた
「ソルビオに会ったんですって?」
「なぜそれを?」
「私めが空港でお会いしまして。とても君を褒めておりましたよ」
「褒めてはないでしょう」
「いえいえ、今までの二人は彼に認められず消されてしまいしたからな。そう、私は通常の便で姫様のあとを追いかけております故いつも先を越されてしまっていたのです」
「ここに来る前はどこにいたんです?」
「南米です」
「ジョルジュは無能って訳ではないのよ。兄の勢力が早すぎるの。うちの国の軍部も抑えてるから仕方ないのよ」
「もしかして始めから勝ち目がなかったりするのか?」
余計な質問をしたらしく彼女の機嫌が悪くなった
それを察してかジョルジュが答える
「逃げざるを得なかったのです。その辺りの経緯は聞いていないのですか?」
「聞いていません」
「話してないわ」
「なれば現状整理も含めてお話しましょうか、我が国の歴史、今回の《王位継承戦》の経緯、そして今後の方針についてなど」
「歴史の話は長くなるからやめてもらえるかしら」
そこから一時間くらい歴史の講義を聞いた後、彼女が俺と会うまで何をしていたかを知った
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×歴962年5月9日
ジョルジュ・リートレイクは《王位継承戦》の儀の後お茶の支度をしていた
姫様とお仲間の皆で方針会議を、主に弟であるメディルの動向について話をする必要があったからだ
アッサムを淹れ温めたミルクと城のシェフ特製のシフォンケーキと共に部屋へと向かった
アレスに付いたソルビオ、ストゥディオ、ファレーナ、ブランダン
これらの相手ならおそらく我々で十分だったはず
それほどまでにお三方、そして我らが姫君は優秀だと考えていた
廊下を曲がるとセルビオ・フラムシールドがそこにいた
周りに数人の警察官の服装をした男達を引き連れている
何かあったのかと不安な心を抑え冷静に尋ねる
「何かありましたか?」
「少々エリステーゼ様にお話がありましてね」
内容は察しが付いた
「ここから先は行かせませんぞ」
「通らせてもらわないと困りますね」
若造の生意気さが面白く思わず笑顔になってしまう
すると部屋からエリステーゼが出てきた
「ジョルジュ!ジョルジュ!部屋に誰もいないの!」
「行け!」
セルビオが警官達に吠えた
まずいこのままでは…
「姫様!お逃げください!」
タロットを戦闘に使わなければいい
《世界を渡る地球儀》
彼らの目の前でエリステーゼは忽然と姿を消した
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「それからと言うもの非常に大変な数週間でございました」
ジョルジュはわざとらしく涙を拭きながら熱く語っていた
「あのフラムシールド家の若造が追われては逃げ捕まっては逃げ、姫様のご心労と言えば計り知れないものがお有りでしょう」
まだ涼しいというのに扇風機を独占してるこの女が疲れているとは到底思えなかった
「その間に二人協力を得たのだけど…、ジョルジュ」
「わかっております、厚く弔うよう指示をしております」
「その二人はセルビオに…、焼き殺されました。《タロット》を奪った状態で殺されれば『保険』は利きません。先に聞いておいて幸運でしたな!」
その情報は果たして幸運と言っていいのか疑問だった
「それにまぁ、セルビオと話した時、自分は正当防衛だと言っていました。攻撃しなくて正解でしたな」
それについては違う、そういう事ではないと思った
きっと彼の国に対して、エリステーゼに対して俺が何を出来るかと言った話なんだと思う
「そう、すっかり忘れておりました。セルビオから聖くんに手紙を預かっております」
そう言うと白い便箋に今どきは珍しい蝋で封のされた手紙を渡された
蝋を封じてあるの紋章は盾の中に炎、おそらく彼の家の物だろう
中身を開けると手紙は入っていなかったが一枚のタロットが入っていた
《月》、おそらくエリステーゼから奪った一枚
「ほう、粋な事をしますな」
「私に返すならいいけど、あなたが持つなら使う人間はあなたが探すのよ」
彼女はもう仲間探しは懲り懲りの様だ
「俺が預かるよ」そういうことになった
「さて昔話が長くなりましたな、今後の方針について話をしましょう」
気づけばもう六時だった、夕食の支度はどうしようと考えを巡らせているとジョルジュが言った
「夕食の仕込みはもう済ませてあります。今後は私めにお任せ下さい」
こんな楽をしていいのかと感動してしまう自分が悲しい
「それで今後の方針なんだけど…」
昨日の夜、星と話している時に勧められた策を提案してみようと考えていた
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「君はさ、巻き込まれたと思っているだろ」
「それはそうじゃないか、こんな空想でも思いつかないような事…」
「それはそれで良いんだけど、折角だからお姫様にやり返してみないか?」
「敵に差し出してみるとか?」
「違う違う、もっとユーモアを持って。思いついたんだがお姫様を君の学校に入れてやるんだ」
「乗らないと思うけど」
「仲間を集めるって言ってたろ。それに敵の動きが見れる。勝つためのコツは相手の理解できない事をやる事なのさ」
「無理じゃないかな…」
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「エリステーゼ、うちの高校に通ってみないか?」
「様は?」
「エリステーゼ様、うちの高校に通ってみないか?」
「あなた馬鹿なの?」
「フフフ、面白いですな。早速手配しましょう」
ジョルジュまで乗ってきた
「はぁ?やめなさい!私は!命を!狙われているのよ!」
凄い剣幕で怒っている、やはり彼女は怒りやすいらしい
「人が多い方が安全じゃないか?それに星によると「相手の理解できない事をやる」のが勝つためのコツらしい」
「あいつは人に理解できない事しか言わないじゃない!」
「話した事あった?」
「契約してなくても持ってるだけで話すことはできるの。お断りよそんな事」
「では決まりという事で」
悪ふざけの様な作戦がジョルジュによって決まってしまった
どの道仲間を集めるのであれば一番大切なのは彼女との相性だ
実際ぶつけてみないとどうなるかわからない
その後はジョルジュさんの作った夕食を食べ休んだ
何より学校にいる間、わがままな姫に家を荒らされないのは一番助かることだったかも知れない




