3. -太陽-
朝、星方聖は朝の日差しを浴びて目覚めた
目覚ましはなっていないが緊張のせいだろうか、ベットで寝ている気分ではなかった
寝ぼけた頭で着替えをすませ部屋から出る
彼女は眠れただろうか?
廊下に出た辺りでふと、気がついた
あまりにも静か
そして外はまだ『真っ暗』だった
急いで部屋に戻り時計を確認する
3時、夜中の
勘違い?寝ぼけていたのだろうか?
太陽はーーー
「こんばんわ」
外を確認しようとしたところで窓の外から声がした
窓の正面、屋根の上に男が立っている
「窓を開けて貰えるかな?」
断れる空気ではない
窓を開けると男が入ってきた
すらっとした高身長、縮れた短い金髪から爽やかそうな印象を受けた
赤いジャケットと白いジーンズ地のパンツを履いている
「こんなところから失礼。私はソルビオ・フラムシールド。彼女のお兄さんの協力者だ。」
余りにも早い仕掛け
先程まで軽々しく話していたのが嘘の様だ
状況を甘く見すぎていた事への後悔が湧いてくる
死なないゲーム、その中でも命の危険を感じる
シルビオはこちらの怯える様子を見て察したかのように
「大丈夫、今日は君を殺しに来た訳じゃない」
相手の言葉を全て受け入れた訳ではないが少し安堵した
「いいのかい?君を無視して姫様を殺しに来た相手かも知れないよ」
遥か上から見透かした上で諭すような物言い
俺の考えなんて読み切ってるとも言いたげだ
「少し話がある、近くの公園について来てほしい」
太陽の男に呼び出されるまま俺は近場の公園へと移動した
星に言われた通り相手からやや距離を取りプロキオンを左右、やや斜め前に配置
太陽から思いつく限りの熱や火球の攻撃に対しての対策を取る
家から公園までの間、戦う覚悟はしてきたつもりだったのに
緊張で視界が震えている
「さて、何から話そう」
「この戦いの意義についてはお姫様から聞いているね?」
「意義?」
そんな事を話すためにわざわざ呼び出したのか
「君の想像の通り、僕は君の敵としてここにいる」
「なんなら、今から君を殺してもいいと考えている」
相手はまるでどこかのカフェで女の子と団らんをしているような雰囲気
優しい笑顔と言葉の不和があまりにも気味が悪い
「だけどね、僕が彼女のお兄さんから一体どんな命を受けてここにいるかわかるかい?」
どんな?聞かれるまでもない
精一杯の勇気を振り絞って叫んだ
「彼女は俺が!」
「違うよ」
「全然違う」
「僕はね、彼女のお兄さんに『妹を頼む』と言われてここに来たんだ」
理解が出来ない
「戦いの意義について話したいと言っただろう」
「王位継承権を持つ王族の中でこの戦いの勝者が王となり国を統べる」
「このゲームはね、国の命運に関わる由緒と歴史、権威と業に塗れた儀式なのさ」
「始まりは400年ほど前、誰かがこのオモチャを権力争いの道具にしたただそれだけ」
「でも我々は真剣にそれを執り行ってきた」
その男の爽やかで柔和な佇まいとは裏腹に体の奥底に秘める強い何かが空間を伝播して伝わって腹の底に重くのしかかる
まるで赤く熱された鉄の塊から発する熱の様に
「彼女…、エリィとは幼い頃からの付き合いでね」
「よく王宮のイベント、舞踏会とかで会話したものさ」
「もっとも僕は彼女の兄、アレスとは同級生で元々組んで遊んでたから彼につくことにした」
「僕にも由緒正しい『家』があるからね」
「僕は王家を補佐する六家が一つ、フラムシールド家の産まれなんだ」
「国を守る『責任』があり、幼い頃からそれを教えられて来た」
「さて…」
「そう、これが聞きたかったんだ」
「君が戦う理由を教えて欲しい。なんの関係もないのに、たまたま出会った彼女を守る理由なんてないだろう。この戦いを続ける『責任』はあるかい?」
ソルビオは更に畳み掛けるかの様に言葉を押し付けて来る
「ここに一本のナイフがある」
彼はそのナイフを自分の心臓の上に突き立てる仕草をした
「後は君がそのかわいいお星様で押すだけ」
「君は僕を殺せる?」
あまりにも
その言葉はあまりにも自分に重かった
『責任』…?
俺には彼を殺すだけの理由がない
彼から伝わってきた熱の様な重圧
おそらくそれは彼の立場から来る物なのだろう
今の自分はそこまで熱くいられない事は理解できる
確かあの時彼女はこう言った
(大丈夫、殺し合いって言ってもあなたは死なないわ)
(死んでもね代わりに《主》が戦ってくれるの)
(だから私のために死になさい)
無責任にも程がある
でも彼女にだって『責任』なんて
「そう、その通りなんだ」
「エリステーゼ、彼女もまたその意義を理解していない」
「本当に君に伝えたかったのはそこなんだ」
「僕の本意を理解してくれて嬉しいよ」
ソルビオは真剣な表情でこう言った
「さて、ここからが本題だ。君を試したい」
「どうやって?」
そう言ってから会話だけでも消耗している自分に気付く
しかし気持ちを切り替え星に教わった戦い方を思い出す
距離を取りながらボクシングのように、上手く対応出来るだろうか
「テストの方法は単純さ、とある人間に会ってもらうだけ。《太陽》にね」
ソルビオはジャケットの内側から先程のナイフを取り出す
使用者が死ぬと《反転》が起こり《主》が出てくる
まさか…
「おい!」
「いいかい、『責任』とは『逃げない』事だ」
そのままソルビオは自身の心臓を突き刺し、抜いた
彼の体は膝から崩れ落ち黒い液体が地面に広がる
濃厚な血の匂い…
動けずにいるとソルビオから星の世界に行く時の様な白い光が球状に広がる
しかしその光は敵意を持って熱さをはらんでいた
視界が開けるとそこは空の上だった
雲よりも上、遥か下に地面が見える
透明な床があるかの様にその場に立っている
「来たか、小童」
声のする方を見ると一人の大男が宙にあぐらをかいて座っていた
「ソルビオから事情は聞いておる、お前を試せとな。時に小童よ、ここをどう思う?」
空の一番上、《太陽》だから太陽が一番近いところが好きなのだろうか
「…太陽がよく見えます」
「そう!わしは太陽が好きでなぁ。しかし一番肝要なのは空よ!白い光と空の青さのコントラストこそ至高。特等席を用意したという訳だな」
確かに空は青く澄み渡っている
しかし下を見たほうがまだ見るものがたくさんあって飽きないんじゃないかと聖は思った
「小童、セルビオの話は理解出来たか?」
「責任…、ですよね」
まだピンと来ていない自分がいる
俺に求められている物…?
「彼女のために戦う必要がある」
「それではつまらんな、どう戦うか、どう守るか、どう尽くすか。お主何が出来る?」
出来ることと言えば星を投げる事くらいだ
この状況で何を答えていいかわからず返答に戸惑う
「ははは、まぁ自分に何が出来るかなんて事、早々わからんわな。」
笑いながら《太陽》は立ち上がりこちらへ歩み寄ってくる
「何も出来ぬのであればお主、せめて死んで見せよ」
話の急展開に理解が追いつかなかった
「これより儂が少し力を使う、その場から動くな。しかし、どうしても逃げたいのであればそこから飛び降りれば良い。雲が拾ってくれよう」
足下を見ると数メートル下に雲が広がっていた
あそこに?まるでお伽噺の様だ
「徐々に、熱くして行くからな」
《太陽》が腕を組みこちらを睨みるつける
吹き出した熱がまるで風のように自身の体を熱し始めた
「責と言うのはな、言うなれば鎖の様なものよ」
ちりちりと皮膚が熱される
徐々に徐々に体の前面が熱くなる
「その鎖が重ければ重いほど身動きが取りづらくなる。多ければ多いほど前に進み辛くなるのよ。しかしまた前に進む事も責。わかるか小童、お主は《星》と契約する事で楔を一つ打ち込んだのよ」
顔が赤く燃えそうになる
溶鉱炉が目の前にあるような熱のプレッシャー
今にも逃げ出したい気持ちに駆られる
「しかしなぁ、今ならまだ逃げれるかも知れん。立場を捨て《タロット》を返せばまだ普通に歩むことが出来る。命を捨ててまでそこにいる理由がお主にあるか?」
命を捨ててまで…
セルビオは命を捨てて俺をここに連れてきた
その意味はなんなのだろう
国のため?戦いのため?『妹を頼む』という約束のため?
俺はなんのために命を捨てれるのか
そこまで考えを進めた時、星の声がした
おいおい、相手の話に乗るな。自分のペースを大切にしろ
星!?お前なら勝てるんじゃないのか?代わりに…
それはそれで構わないけど、君がまずやるべき事があるだろう?
やるべき事?星を呼ぶためにはまず俺が…
僕が死ねとか逃げろとか教えたか?違うだろう?
星から教わったのは《│星》の使い方、星を腕に見立て相手を殴る
なるほど、そういう事かと理解した
「《こいぬ座》!」
《こいぬ座》を呼び出し《太陽》に向けて放つ
「そうだ…、俺はまず戦う必要があるッ!」
《太陽》は二つの《こいぬ座》の星をなんなく受け止め高笑いした
「良いッ!そう!何もせぬのであれば逃げているのと同じよ!」
豪快な笑いと共に先ほどとは比べ物にならないレベルの熱が照りつける
聖の髪は溶け、皮膚は焼け落ち、骨まで黒く炭になる
「あっ…」
バツが悪そうに《太陽》が硬直する
《反転》
聖のいた場所から死体が消え星がふらっと現れた
「君は相わからず馬鹿だな」
「少し興が乗っただけよ」
「そういう所が馬鹿なんだ、帰っていいかい?」
「うむ、構わんが…少し遊ばんか」
「フフ、構わないよ」
《主》同士の戦いは世界観の衝突から始まる
蒼天に活発な太陽を主とする《太陽》
満点の星空を主とする《星》
聖が星の中で目を覚ました時、空は異様な様相を為していた
天穹のうち半分は日中、《太陽》の世界
もう半分は夜、《星》の世界
中央にはただ唐突な昼と夜の境目があるだけでまるで夕暮れという概念がこの世から喪失したかのような空だった
その境を中心に睨み合う二人
聖が目覚めた事に気付いたのか話しかけて来た
「おはよう、聖」
「小童、すまなかったな…、少々調子に乗ってしまった」
《太陽》の熱で焼き殺されたのだと思い出す
しかし意識はあり会話が出来る不思議な感じ
俺はどうなるんですか?
「大丈夫、現実に戻れば元に戻るよ」
「そう、双方が納得すれば《反転》を戻す事が出来る。たまに決着の着かない時があるのでな、そういう時のための決まりなのだよ」
「はぁ…」
聞いた事ないルールばかりで準備不足な感じが否めない
「星とも久々に話したでな、儂は満足した」
「僕はこんなのと話をしなくてはいけなくて退屈だったけどね」
「やるか?」
「また今度ね」
星がそう言った時点で世界がまた白くなり始めた
今度は柔らかい暖かさ
ふと気がつくと自分の体に戻っている
朝方だからか肌から現実の寒さを感じる
先程と同じ位置でソルビオがこちらを見ていた
彼もまた戻れた様だ
「お疲れ様、《太陽》の中で見てたよ」
《星》の中にいる時を思い出す
意識はあるのに目線はいつもと違う高さ、体を動かしてないのに勝手に動く違和感、今後もまたあぁなるのだろうか
「今までエリステーゼについた人間は《太陽》に《タロット》を奪われて殺されたんだ。逃げなければいいと言う言葉を信じたんだろうね」
ソルビオは少し寂しそうにそう言った
彼の素の表情が見えた様な気がした
「今日のところはこの辺で帰らせてもらう。次に会う時までには自分で僕を殺せるくらいの『責任』は背負っていてほしいね。さようなら、良い人生を」
そう言うと公園の近くに止めていた車に乗って行ってしまった
周りを見渡すと朝日が射し始めていた
終わったかい?
あぁ、これで良かったのかな
良いんじゃないか?良いチュートリアルだったろ?
俺、死んだんだけど
自分の周りには無責任なヤツしかいないのだろうか
いざと言う時に死ねないよりはマシじゃないか?次は怖くないだろ?
いや、怖いけど
どの道君が向き合わないといけない問題だった。相手が優しくて良かったね
優しかった?
確かに事実だけを見れば俺は生かされて現実へ帰って来た
しかし何か、重い何かを背負った様な気がしてならない
さて、そろそろ家へ… 現実へ帰ろう
日々生活を送り学校へ通う君、魔法の国のお姫様、想像の力で戦うタロット
君にとっての現実とは、責任とは果たして何かな?
時間はたっぷりあるようであまりない、よく考えるといいよ
こうして初めての戦いは終わった
帰路につき眠る時間もないまま朝食と学校の支度をする
いつもどおりの生活
もっとも学校に行く直前に起きてきて「朝食は?」と尋ねてくるお姫様がいなければ、の話だが




