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2. -星-

この辺りか?

星方聖は高校の前の坂から脇目も振らず走り抜けた

光の柱の根本は駅前の繁華街、カラオケ店を抜けてその裏路地辺りだったような気がする

辺りを見渡しても何もない

やはりただの妄想として帰ろうかと思った


しかし、路地の裏へと続く道で何かが聞こえた様な気がした

子供から遊ぼうよ、とでも誘われたかの様な感覚を覚える

前にもこういう感覚があった様な記憶がある

デジャビュ?

気の所為でも良いからとりあえずそちらへ行ってみる事にした


路地を突き当たりまで進んだが何もなかった

テナントのゴミ箱がいくつか、後は捨てられたペットボトルくらい


「ニャーーーーーーーー!」


猫が俺に驚いて悲鳴をあげる

こちらも驚いて数歩下がってしまった


 踏まないでくれないか?


ん?どこからか声が聞こえる


 君が僕を踏んでるんだけどね


周りには人なんていない

足元を確認すると一枚のカードが落ちていた

トランプより縦に長く少し大きい


 それを拾ってごらん


手を伸ばしてカードを拾う

タロットカードの様だ

書かれている紋様、アルカナは《星》


《星》を見た瞬間、視界が白く開けた

何も見えないくらいの光を受けながらまったく眩しいと感じないそんな感覚

気がつくと夜になっていた

空には満点の星空

天穹一面に地と空の境まで星々が煌めいている

ふと建物がなくなっている事に気づいた

床はまるで漆黒の大理石

星の光をすべて吸い尽くす闇の様だった

どこだここは?


「やぁ、よく来たね。ようこそ僕の世界へ」


後ろから声が聞こえた

「誰?」

振り向くとそこには大きめのアンティーク調のティーテーブル、傍らに似た雰囲気のアームチェアに腰掛ける一人の男がいた


「こちらへおいで」


男の方へ近寄る

細身の黒のスーツに身を包んだ背の高い男、くしゃくしゃの白のワイシャツを着ていて赤のネクタイをつけている

髪は明るめの茶色、凛々しい顔つきに余裕ある笑みを浮かべている


「はじめまして、僕のことは星と呼んでほしい」

「星?」

「そう、君の名は?」

「星方聖」

「星方聖と言います、だ。まぁいい。星が入ってる、いい名前だ。聖と呼ばせてもらおう。」


「さて聖、契約するかい?」

「契約?」

なんの事だかわからない

「君が何も知らない事を僕は知っている。言い方を変えよう。君は星は好き?」

さっぱり要領が掴めないがその質問に対する答えは決まっていた

「星は、好きです。子供のころからよく親父と見てました。星座とか神話の話を聞かせてもらってたから」

「好きな星座は?」

「オリオン座」

ベテルギウスとリゲルの二つの一等星を持ち腹部の三連星が特徴的な星座

天性の狩人でありながら恋人アルテミスに殺された悲しい巨人

「それだけわかっているならいいだろう」

まるで心を読んでいるかのような物言いだ

「最後の質問。あの星座は何座?」

星の指差した方向でいくつかの星たちが応える

星座盤には載ってなかった星たち、きっと名前のない星なのだろうと思った

「わからない、でも」

「でも?」

「オレンジの樹に見える」

「オレンジ?」

「昔どこかで見た絵画の…、そこに書かれていたオレンジの配置がよく似ているなと思いました」

「なるほどね、まぁいいだろう。君にはこれをあげよう」

目の前に星が二つ現れた

つるつるで石細工のような風合い、大きさは野球の球より少し大きいくらいだろうか

クリーム色で光をほんのり反射している

「これは『星座』だよ。二つで一つの星座。片方は一等星だ、わかるかい?」

「こいぬ座?」

「そう、こいぬ座だ。呼びたいときは《こいぬ座(プロキオン)》と呼ぶといい」


星がそう言うとまた視界が白くなる

唐突な非現実実と共に現実が帰ってきた

向こうにどれだけいたかはわからないがあまり時間は経ってないように見える

手の中のタロットは何も言わない


「それは私の物よ!返しなさい!」 


唐突に声をかけられ振り向くと一人の少女がいた

華奢な体型に金色の髪、目は青くまるで人形の様だ

小学生くらいだろうか?服装は少し擦り切れた子供服のような印象

服装以外の彼女は日本語が話せるのが不思議なくらい世界から浮いている


 それはちょっと遅いかな


星の声が自分の中から聞こえる

まるでもうひとり自分の中にいるかの様に


 星が好きだって言ったろ?

 あれになんの意味が?

 契約したのさ

 それだけで?

 十分さ。さぁ、「もう契約しました」って伝えるといい


「それがその…、もう契約してしまったって伝えろって」


彼女はしばらく無言で目を見開いて怒りを抑えていた様に見えた

その後おもむろに口を開いた


「あなたは?」

「俺は…」

正直言ってこういう相手にどう答えていいかわからなかった

「星守聖と言います。えー、近くの高校の生徒です」

気まずさからか敬語になってしまう


「私はエリステーゼ、エストリアという国は知ってるかしら?」

「そんな国は…、わからない」

「そう、そうよね。私は少し落ち着けるところに行きたいの。どこかあるかしら」

喫茶店?ファストフード店?

「んー」

「あなたの家は?」

「俺一人暮らしなんだけど」

「ちょうどいいわ、行きましょう」

理外のとんでもない話がトントン拍子に進んでいく

でもこの星とかいう頭の声、それから彼女の素性については知る必要があると感じた


そこから彼女を連れ帰宅し話を聞いた

彼女の名はエリステーゼ・ヴィ・エストリア

エストリアという国の王族であり王位をかけたゲームの最中らしい

ふざけた冗談にしか聞こえなかったと伝えたら彼女は怒り出した


「あのね、ちゃんと説明したじゃないの!」

「だから信じられないって思うんだけど」

「私は!エストリアの!王位を!」


彼女は少々怒りやすいタイプなのかも知れない、そういうことにしておこう


「そう!《(スターズ)》と契約したでしょう!聞いてみなさい」


《星》、そうだった未だにこっちも信じられない


 星、今の話は本当なのか?

 んー、すまない聞いてなかった

 おい

 フフ、冗談さ。こっちへおいで


目をつぶりタロットに集中する

段々と《星》の世界に入り込んで行く

満点の星空と優雅なお茶会セット以外なにもない世界に


「星!」

「やぁ、どうかしたのかい」

「彼女がエステリアって国のお姫様というのは本当?」

「あぁ本当だよ。それがどうした?」

知っている者の優位さから来る意地の悪さだ

思わず白けた表情になってしまう

「大概の場合、最初は信じられないものさ。徐々にわかってくる。それよりさっきあげた星たちは使ってみたかい?」

「まだだけど」

「やってみてごらん」


「《こいぬ座(プロキオン)》」

空間から2つの星がどこからともなく現れた

「こいつらは君に与えた《こいぬ座》だ、動かしてみてごらん」

動かす?動けと命令すればいいのか?

「違う違う、想像するんだ。例えば君の前をくるくる回っているところとかをね」

星がそういうと《こいぬ座》が車輪の様にその場で回転しだした

「そうじゃなくて彼ら自体を時計の秒針のように動かすんだ」

「すみません」

思わず謝ってしまった

「ふふ…、今のは僕が動かしたのさ」

心底性格の悪いやつだ

頭の中で《こいぬ座》の動くイメージをしてみる、万華鏡の様にくるくると

「よく出来ました」

星から子供を褒めるような言葉が贈られた

それでもどうやら出来たらしい

「それで、これはどうやって使えばいい?」

「え…、なんだろう」

星が答えに詰まった、何も考えていないのだろうか

「僕は主に相手にぶつけるとか叩きつけるとか動かさず相手をぶつけるとかそういう使い方しかして来なかったなぁ…。まぁ演出次第でかっこよく見えるよ、色々考えてごらん」

そういう問題じゃないと思う

「とりあえず簡単な戦い方だけ教えよう。ボクシングを想像してみて」

「ボクシング?」

「自分の顔と体の前に腕を構えて右手で殴るときは左でガード、逆もまた同じだ。二つの星を君の腕だと思うんだ。星を動かして遠距離の相手を殴る。殴ったらすぐ戻す。いいね?」

なぜ魔法の力だと説明をしておいてボクシングが出てくるんだ…

「何事も応用さ、敵が来たらやってみるといい」

「そう、敵って何者なのか教えてもらえないか」

星は呆れた様に椅子にもたれかかった

「彼女は…、何一つ説明していないんだな」

「えぇ…」

「正直言って王位だお姫様だなんてのはどうでもいいのさ。重要なのは彼女がどういう状態で君が何をすべきかって事。彼女は王位継承権を持つ王族の一人だから当然命を狙われている、他の王位継承者かその手下からね。君はそいつらから彼女を守るんだ、単純だろ?」

「星を動かすしか出来ないのに?」

「まぁ、弱い相手が来るといいけど…、そのままでは勝てない。このままだと君は殺されるかもね」

星は嫌味な笑顔を浮かべながら他人事の様にそう言う

「死ぬ?」

「そう、死ぬ。でも大丈夫だよ。それがこの戦いがゲームと言われる所以だったりする。例えば敵と相対して君が負け命を失うとする、そうすると《タロット》は《反転(リバース)》するんだ。」

「《反転》…?」

そういえばタロットの斜め半分のデザインが反転していた事を思い出す

「君が死ぬと君の世界が《反転》して僕の世界になる。そして僕が君の代わりに戦う。勝っても負けても君は死なない。わかっただろ?安心していいよ」

わかりもしてないし安心と言われても死にたくはない

そもそも星の言うことが本当かどうかもわからない

「まだ星は動いてないって事さ」

唐突によくわからない事を言い出す

意味を訪ねようかと思案していると星が続けてこう言った

「さて…、まずは君は仲間を探すところから始めるべきだ」

「仲間なら彼女が…」

「君が見つけてもいいだろう。参加した以上一蓮托生さ、もっと意見を出して彼女を導くべきだよ。それにまぁ、数日でもすればお付きの爺さんが来るだろう」

「彼女の仲間が来る…?」

「いや、手下…でもないか。彼女に忠誠を誓ってる変わった人間だよ。往々にして王族なんかと関わるとそういう人種が囲いたがるものさ。僕には堅苦しくて我慢できないよ」

星は考え直したかの様に目を細めた

「言い過ぎたかな…。まぁいい、今日の授業はこの辺で終わりだ。また会おう。」


唐突に視界が開く

追い返されるように自分の世界へ帰ってきた

長時間話していた様な気がしないでもないが現実では数分しか時間は過ぎていないようだ

待ってましたと言わんばかりに彼女が話しかけてきた

テーブルの上には冷蔵庫のジュースと来客用のクッキー、勝手に食べていたらしい


「このクッキー美味しいじゃない、うちの叔母のマーマレードクッキーには勝てないけど」

「それで、事実だったでしょう?」

なぜそんな自信満々なのか不思議だ

「あぁ…、でも…」

言葉に詰まる

俺が死ぬ?

それを聞くのはかっこ悪い様な気がした

「君は命を狙われているんだって?」

「そうよ」

「その割には軽い物言いだと思うけど」

「いいじゃない、当面はジュルジュと合流するまで小休憩なの。それまではあなたが私を守るのよ」

「殺し合いなんだろ?」

「大丈夫、殺し合いって言ってもあなたは死なないわ。死んでもね代わりに《主》が戦ってくれるの。だから私のために死になさい」

死になさい

この女は人の命をなんだと思っているのか

荒唐無稽な現実感で困惑してしまう


「いい忘れていたのだけど、あなたにとって大切な話が残っていたわ」

「それはね、私が勝ってあなたが生きていたならなんでも好きな物が手に入るって事」

「それを聞くとますます胡散臭く感じるけどね」

「本当よ、お金でも地位でもなんでも。いい?この《タロット》の本質はね、審判の役目を果たす《運命の輪(フォーチュンリング)》にあるのよ。」

「《運命の輪》は彼なのか彼女なのかわからないけど、人で非ざるものである事は確かなの。その恩寵であなたの人生を望み通り変える事が出来るの。だから私を守り、私を勝たせなさい」

彼女は自信満々でそう言い切った

願い…

良い大学へ入るとか、良い会社に入るとか、そういう物だろうか

わざわざ口に出して言うには下らないもののような気がした


その後は二人分の夕食の準備をして一日を終えた

母親が使っていた部屋に彼女を案内し余っていたパジャマを貸した

男性用のパジャマはぶかぶかだったが彼女は文句は言わなかった


「私のために死になさい」


これが仕える事になった姫の言葉

ついてないなと思いながら明日の予定を考える

朝食は二人分、洗濯も増え彼女の服も用意しなくてはいけない

そもそも敵がいつ来るかもわからない

今のままでは情報が少なすぎると思えた

彼女からもっと情報を引き出す必要がある

しかし彼女に何を訪ねたらいいかもわからないまま眠りに落ちた

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