0. -開幕-
エリステーゼは複雑な心境で廊下を歩いていた
産まれた時から住んでいるこの城、明るさと白がモチーフの優雅さの象徴のような城がまるで敵地の様に陰鬱で殺意で満ちた緊張感で満ちているように思えた
城の名は《巨大な白爪》
その歴史は古くメインホールは建国以前からある由緒ある建築、その後増築を繰り返し今の形となったが名の表す通り白が主体の堅牢な城である
それでも胸の中には私が負ける訳がないと言う気持ちを秘めていた
「大丈夫ですか?エリステーゼさま」
彼女はアリエッテ、赤毛で六家の一つフラムシールド家の産まれ
クラスでも頼りにされ人望のあった女
「私達がついています、安心して下さい」
ミラニア、ボスコウェルデ=ガィド家の産まれ
落ち着いた雰囲気をとは裏腹に自分の意見を貫きたがる女
二人とも人の気も知らないでお気楽そうに、といった思いが無いわけではない
それともうひとり、堅苦しそうな雰囲気で窓の外を眺めているのがティーナ
ブルマリーナ=セィル家の産まれ
成績は学年でトップ、校内のイベントを企画する部署にいた女だった
「私達の代でこの儀が行われるなんて本当に光栄ですわ」
「そう、ましてや参加させていただけるなんて」
「ちゃんとやりなさいよね」
「「はい~」」
参加できる事が光栄、これが彼女たちの本音
自らの命運に関わりがないからそんなに軽く笑えるのだ
でもこれが今回私の用意した『札』(カード)
人材としては悪くない、むしろいい方だと考えている
弱気な姉や人望のない弟に比べればの話だけど
そしてもう一人
「大丈夫ですぞ姫様、私めがついております」
黒い執事服に身を包んだこの男はジョルジュ・リートレイク
昔は父のお付きをしていたが私が軍学校に行きだしたくらいからずっと面倒を見てくれていた
普段はそんなに明るくない癖に彼も緊張しているのかも知れない
そうこうしている間に中央のホールに着いた
ここと大広間だけはあまり手が入れられておらず狭っ苦しいと思う気持ちがないでもなかった
そこから会議室へ入るとメイドが誘導してくる
「エリステーゼ様、あちらの席にお座り下さい」
奥長の部屋に合わせた楕円形の円卓、そこの一番手前の席に私は座る様だ
他の兄弟は既に席に付き終えている
傍らにジョルジュを立たせ三人には帰らせた
ドアの向こうから楽しそうに手を降って去っていく
憎たらしい、と思わなくもない
「さて全員揃った様ですね、始めましょうか」
部屋の一番奥、光指す窓を背景にさも厳格な姿勢で話し始めたには国の執政にしてリートレイク家の長サリアン・リートレイクだった
彼女は十代の頃から城に勤め、真面目な姿勢と国のしきたりを厳格に守る姿勢から父に認められ女性でありながら執政を務める様になった人物
「まず最初に亡くなられた前王アズリエル・フォン・エステリア様とその妃ラクサーナ・エステリア様へのご冥福を祈らせていただきます」
少しの黙祷の後執政が口を開いた
「さてこの度招集致しましたのは王位決めに他なりません」
「我が国のしきたりは当然ご存知のこととは思われますが王位は《タロット》によるゲームで行う《王位継承戦》で決めるようになっております」
そう、この国の王はゲームで決まる
もちろんテーブルの上でタロットを使ってポーカーや大富豪の真似事をするのではないのだけど
魔力を持つ《タロット》を使って擬似的な殺し合いを行い人間の本質を覗く
この国の国民であれば当然知っているし特に王家とそれを守護する六家はそれの歴史を幼少の頃から教わってきた
昔はおとぎ話かの様に感じていたけど目の前で現実にそうなってる
「そして今回、私が《運命の輪》と契約し審判を務めさせて頂きます」
「審判なのに《運命の輪》なんですね」
唐突にメディルが質問を投げかける
私達からすれば散々教わってきた事、弟にはこういう場で茶化す癖がある
優しそうな笑顔の裏で何を考えているか弟なのにわからない
「メディル様、何度も私共が教えた様に思いますが」
「《審判》は人、《運命の輪》は人の理で縛れぬ物」
「それ故に《王位継承戦》の審判は《運命の輪》が務めるのですよ」
「はい、先生。忘れていました。」
にこやかな場、腹の底では二人の熱いせめぎ合いが見える
「まずは参加の意思を伺わせていただきます」
「第一子 アレス・フォン・エストリア様から」
「当然」
私の兄、アレス
華奢な長身、長い髪を持ちながらいつも真剣な面持ちで堅苦しそうにしていた
そのわりに古くから友人もいて人望の厚い面もある
妹として優しくされはしたが、どこか壁があってきっとこの男は自分が一番好きなんだろうと思っていた
「第二子 マリアン・リ・エストリア様」
「参加いたします」
昔から気弱で病弱だった姉
しかしそのせいか城の人間には愛されていた
勝ちようもないのになぜ参加するだろう
「第三子、エリステーゼ・ヴィ・エストリア様」
私の番
今日のために準備をし札を揃えた
私が必ず勝つ、なんて思いは伏せておくに限る
「ええ、参加するわ」
そもそもこの戦いが起こった際に敵となりえるのは兄だけだと理解っていた
兄が友人から誰を選びどう配するか想定済みだ
そのためにジョルジュ、アリエッテ、ミラニア、ティーナを揃えた
必ず勝てる、私は今腹の底で微笑と共に舌を出している
「最後に第四子メディル・ジ・エストリア様」
「はい、先生」
「一つ確認したいんだけど」
「僕は参加もする、タロットも貰う、その上で兄さんにつこうと思うんだけど構わないかな?」
は?
弟の唐突な提案に焦りと怒りが沸き起こる
止めなくては
「あなた、勝つ気はないの?」
「勝つ気?あるよ。僕は兄さんを勝たせたいんだ」
「そんな気で命を…」
「それは別に構いません」
遮られた
執政が抑揚もなしに答える
「ルールはあくまで王位継承権を持つ人間の中で、タロットを所有している最後の一人になること。それまでの過程については関知しません」
「例え途中で裏切るとしてもです」
「そんな気はない、そんな気はないです兄さん。兄さんには勝てないから、僕は勝てる側に付くよ」
「好きにするといい」
勝つことを考えて来た私にその発言は理解が出来なかった
兄は眉一つ動かさず即答した
「それでは《タロット》を配らせていただきます」
執政がアレスから順に時計回りに配って行く
兄に6枚、姉に5枚、私に5枚、弟に5枚
私に来た札は《戦車》《月》《節制》《星》《世界》
誰にどれが合うかを考える
状況も変わった、急いで作戦を練る必要がある
「それでは私が《運命の輪》と契約したその瞬間から《王位継承戦》を開始させていただきます」
契約は一瞬、執政の手からタロットが消えまたすぐ現れた
方法は《タロット》を持って祈るだけ
「契約する」でも野望でも希望でもなんでもいい
ただし相性と素養が求められる
私はなんとなく《世界》を選ぼうかなという気になっていた
「契約は完了しました」
「なおこれより一時間はタロットによる戦闘は禁止です」
「それでは皆様のご武運をお祈りしております、解散!」
「ジョルジュ、行くわよ!」
私は一番に席を立ち部屋を後にした
もう一度自分で策を考え直す必要がある
それと私が契約する《世界》は私に何を出来るかを知る必要がある