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私とコロナと長電話

作者: 折本装置

 三月が、もうすぐ終わろうとしている。

 新型コロナウイルスが猛威を振るい、外へ出ることが容易でなくなった。

 せっかく入試が終わったというのに外へ出ることもままならない。

 なにしろ、学校への報告すら行けなかったのだ。

 電話で合格の報告自体は済ませているが、そういうことではない。

 大学受験のために浪人して、どうにかこうにか合格して、やっと高校の同期やら部活の仲間、果ては小学校の同級生にようやく会えると思った矢先にこれである。

 ウイルスが蔓延している中で外に出歩くつもりはないが、これはつらい。

 ウイルスの潜伏期間を考えれば、入学式や新歓はおろか、授業すら危うい。一年間、同級生の顔も見ない生活を送ることになるかもしれない。

 いや、もしかすると最悪、テストが実行できず、全員留年の可能性もある。

 赤信号、みんなで渡ったって怖いものは怖いのである。

 大体今この状況で赤信号の例えを皆が持ちだしたら、医療崩壊待ったなしである。



 入学祝いに買ってもらったスマートフォンを取り出す。

 連絡先は引き継いでいるため、まだ合格を教えていなかった知り合いは誰かいないかな、とメアドと電話番号が並んだ連絡先を見ながら考えて。

 


「……あ」



 一人の人物が目に留まった。

 その人物には、まだ自分の近況を伝えていなかった。

 もとより、さほど頻繁に連絡を取り合う仲でもなかったのだが。

 彼は小学校の同級生であり、私の初恋の相手である。






 小学校三年生の時だったと記憶している。

 彼はクラスの人気者、という立ち位置だった。

 私はどちらかといえば、悪目立ちしてしまうタイプで、いわゆるはじかれる側だったわけだが、彼はそんな私に対しても優しかった。

 そんな私は、彼に身の程知らずにも告白し、玉砕した。

 そんな感じだったのだけれど、小学校を卒業してからも、一応は連絡を取り合っている。

 少なくとも、私のほうは数少ない異性の友達だと思っている。

 向こうもそう思ってくれていれば、いいのだけれど。

 メールこそしているけど、一度も卒業後あっていない。

 携帯の番号は知っているのに、電話したことすらない。

 地元の公立中学に行った彼と違って、私は私立の女子校に進学したから、会う機会はなかったのだ。



「とりあえず、メールしてみるか」



 まずは、久しぶり、最近どう、という定型文に始まり、大学合格の報告。

 うん、これだけで、十分。

 これだけで、十分なはずだ。



「……怖いな」



 連絡すること自体が久しぶりだ。

 浪人している間、誰とも連絡を取らずに勉強に専念していたから。

 返信が返ってくるかどうかもわからない。

 そもそも、スマホユーザーの多くはメールをいちいち見ないと聞いたこともある。



「とりあえず、件名に本名を入れて」

 


 迷惑メールと間違えられることだけは避けないと。

 あとは、タイトルになるべく早く返信求む、と追加して、いやこれはさすがに変だから、変だと思われたらいやだから、無し。

 それから、本文にSNSのIDを添付して。

 それから。

 それから。



「今度、電話しませんか、と、送信!」



 恐怖心と羞恥心で自分が縮こまってしまう前に、送信ボタンを押した。

 そして、少し画面が停滞して。

 送信が完了した。

 後戻りは、もうできないのだ。

 


「はー」



 自然と口から、ため息が漏れる。

 漏れたのはため息だけじゃなくて、多分感情もこもってる。

 憂鬱と不安、そしてほんの少しの期待。



「とりあえず、お風呂入るか」



 浪人生活で随分と増えた独り言とともに、私はお風呂場に向かった。






「さて、お風呂あがりましたー、と」


 

 風呂から上がってすぐ、スマホをチェックする。

 あ、三件メール来てる。

 えっと、通販サイトからのメルマガと、よくわからないメールが来てる、これフィルターかけたほうがいいかな。

 で、最後のが……。



「…………」



 彼だった。

 慌ててかつてないほどの速度で画面をタップし、メールを開く。

 そこには、久しぶり、という言葉と合格を祝う言葉。

 そしてメールの文面の最後に、今ちょうど暇だから、電話出来るけどどうする、と書かれていた。

 私は、そのメールが七分前についたことを確認して。

 トイレに駆け込んで、出て、大急ぎで自分の部屋から戻って、電話をかけた。



「もしもし」

「おう、久しぶり」

「……うん、久しぶり」



 年月が経って、声も変わっているのに、その明るい口調は変わっていない。

 それから、いろいろ近況を話した。

 すでに就職している彼は、職場のことや、同僚のことを。

 私は、予備校のことや、受験のことを、それぞれ語った。

 一時間以上、私たちは話し続けて。



「そういえばさ、珍しいよな、電話くれるなんて」

「え、あ、うんそうだね」

「どうしたの?」

「えっとね……、本当は会うつもりだったんだけど、ほら、コロナがさ」

「ああ、なるほど」



 嘘だ。

 多分、コロナがなくても、怖くて恥ずかしくて、多分会えなかった。

 多分、コロナがなくても、私は電話をかけていた。

 彼と話したくて、会いたくて、でも緊張してしまう、臆病な心が邪魔をしてしまうから。



「まあ、収束したら、会おうぜ。夏でも、成人式でも」

「ほんと?」

「当たり前じゃん!」



 そのあと、何事か聞こえて。

 どうやら、お風呂が開いたから入るように言われたらしい。

 じゃあ、また、と互いに言い合って通話が切れた。

 ……また、話したいな。





 その十五分後、電話料金がいかに高額かということを滾々と母にお説教されるのだが、それはまた別の話である。







 

 

 

あなたもきっと、誰か、電話したい人がいる。

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