03 生活の難点
新しい生活の朝は早い。
水樹は枕元にある目覚まし時計が二回音を立てた時には既に体を起こしていた。
水樹が寝ているのはリビングの隅。
丁度楓とは対称の位置に布団を敷いて寝ていた。
まぁそれもそのはずで、昨日の掃除から楓の水樹に対する好感度は既にマイナスを突っ切り氷点下の域に達している。(主に下着を掘り当てたことが原因)
水樹は自分の寝ていた布団を軽くたたんでから、顔を洗い制服に着替え、キッチンに立った。
用意するのは二人分の朝食と弁当。
昨日は掃除の疲労もあり、買い出しは出来ていない。故に大したものは作れない訳であるが、ここが水樹にとっての腕の見せ所だった。
予め準備していた鞄の中から水樹は沢山の調味料を取り出した。
正直なことを言えば、食材が少なくても調味料さえあれば料理の幅は格段に大きくなる。
手を洗い、換気扇を回し、手際よく作業が始まる。
それから小一時間後。
机の上には味噌汁、白飯、小鉢に入った野菜から、卵焼きと非常に健康的な食事が並んでいた。
その時の時間は丁度午前7時。学校に行くために起きる時間にしては十分の時間だ。
水樹はテーブルから離れ、楓の眠るベッドの前へ。
そしてミノムシの如く布団に身を隠した楓を見つめる。
「あの~水面さ~ん。朝だぞ?」
「ん…………」
返ってきたのはまだ寝足りないと訴える可愛い返事。
どうやら楓は朝にも弱いらしい。
「はぁ~。にしても寝てるのにこの可愛さって罪だよな…………」
まさに天使だった。寝返りを打ち、顔が見えるとそこには相変わらず綺麗な人形みたいな顔が転がっている。
内心起こさずに愛でたいという、感情が水樹の心の中に芽生えるも、水樹は顔を横に振って下心を振り払った。そんな下心やら丸出しの感情のままではこの先一か月やっていけるわけがない。
「水面さん、起きないと遅刻するぞ?」
「ん」
ちょっとイラっと来た水樹は、ゆったりと眠る楓の小さな鼻をつまんだ。
「んん…………、ん、ん~んん!!」
ばっと勢いよく体を起こす楓。
「…………ど、どうしてでしょう。私今窒息する夢を見ました」
「そうですか。それは良かったですね」
平然と答える水樹に楓はジト目を向ける。
しかし、それはほんの数秒。すぐにテーブルの上の朝食の存在に気付き、楓のお腹が可愛く鳴った。
少し顔を赤くする楓に対して、水樹は苦笑し、
「朝食できてるから。顔洗ったら早く食べるぞ?」
「は、はい」
それから数分後、いつものようにぱっちりの二重で、目が覚めた様子の楓がリビングに戻ってきた後、二人は小さな丸テーブルに向かい合って座り、朝食を食べ始めた。
「まさか、貴方がここまで家庭的とは思いませんでした」
楓は水樹の作った卵焼きに箸を伸ばしながら、そう呟いた。
「まぁな。俺にとって家事は唯一人よりも少しできる特技だからな」
「この卵焼きもとても美味しいです」
「それは良かった」
一つ一つの料理を美味しそうに食べる楓の姿を見ると、水樹もどこかほっこりしてしまうのはどうしてだろうか。
「ごちそうさまでした」
「はいよ」
そして二人が朝食を食べ終わった時、時計の針は7時50分を指していた。
8時にアパートを出ることができれば8時半の学校には10分の余裕をもって登校できる。
水樹は食器を軽くゆすぎながら楓に声をかけた。
「あのさ、流石に一緒に登校するのはまずいと思うから俺は先に行くからな?弁当は玄関に置いておくから忘れずにな」
水樹がそう言って立ち上がろうとしたとき、楓が水樹の制服の袖を掴み引き留めた。
「あの~水面さん?」
楓の顔は赤く、何かを言いたそうな表情。
「…………手伝って下さい」
そしてボソリと呟かれた言葉は、水樹を混乱させるのに丁度よかった。
「は?何を?」
「じゅ、準備をです…………」
「あの~一応聞くけど、今までどうやって生活してきたの?」
「専属の者が…………」
「専属!?」
もはや返す言葉が思いつかいない。流石にこれは想定外の出来事だった。
こうして水樹の朝の戦闘は第二ラウンドへと突入した。