13 とある休日の二人の生活
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「あの、話って何ですか?」
休日の午前中。水樹と楓は丸テーブルを挟んで会話をしていた。
「水面さんには今日、買い物に行ってもらおうと思う」
「それ、改まって言うことですか?」
「いや、一大イベントだろ?」
「何がですか」
「買い物」
「…………」
楓は不満げに水樹の様子を見る。
確かにわざわざお互いが正座して話し合うほど大した話ではない。
だが楓の脱・生活破綻者のためにはとても大事な、通らざる負えない重要なことであるため水樹はこういう場を設けたのだった。
「買ってきて欲しいものはこのリストに書いてあるから」
「あの、流石の私でもこのくらいは出来ますからね?」
「じゃあ心配ないな。頼んだぞ?」
「過保護すぎます」
そう言って楓は家を出て行った。
そして一時間後、
「おい。どうしてこうなった?」
水樹のほんの少しの希望は見事に打ち砕かれたのだった。
「キャベツが何で白菜になってる?豚肉も鶏肉になってるし…………極めつけはどうしてジャガイモがサトイモになってるんだよ!確かに見た目は似てるよ?だけどそんなピンポイントで外すか?普通!!!」
見事に楓はリストとは違うものを買いそろえてきたのだった。
そして現状、楓はリビングの中央で正座させられていた。
「う…………初めての経験で…………」
「うん、分かってた。お前ならきっとそうなるって」
休日のアパートの一室。季節はまだ6月だというのに気温は28度。当然おんぼろアパートにはクーラーも無く、扇風機が一台、二人に風邪を吹き込んでいる状況。
窓は前回に開けられ、外には水樹の声が響いていた。
「はぁ~まさか食材の区別がつかないとは…………俺が付き添おうにも学校の奴らに遭遇したらまずいんだよな」
「そうですね…………最悪の場合は同行を願いますが」
「最悪の場合って…………」
楓にとって水樹の動向は最終手段、打つ手がなくなった時の『最悪の場合』らしい。この言葉には水樹も多少へこむのだった。
そして数分、水樹は盲目し考えると一ついい案が思い浮かんだ。
「俺だって分からなければいいよな?」
「まあ…………そうですね」
楓はクラスの男子からも女子からもいい目で見られる存在。例え誰と歩いていようと軽く噂になる程度。しかし水樹の場合、水面楓という存在の側を歩くだけで男子の痛い視線や殺気を引き付ける。教室に一緒のタイミングで入った以前ですらクラスの男子に囲まれ尋問されるくらいなのだから。
だがここで引き下がれば楓の脱・生活破綻者から前進するどころか現状維持で止まってしまう。
時間は有限なのである。
「だったら一ついい手があるな」
「いい手、ですか?」
「そう。いい手。さっきの通り俺だと分からなければいいだけのことだ」
そう言って水樹は笑みを浮かべた。
そして午後、最寄りのスーパーには再び楓の姿があり、その隣には帽子にマスク、サングラスに長袖長ズボンのジャージ姿の水樹がいた。
「正直、その格好の方が注目を集めていませんか?」
「いや大丈夫だ。水面さんのルックスで中和できるはずだ」
「それは流石に無理では…………」
一体どんな理論から生まれたのかは不明だが水樹にはこれしか方法がなかった。一時はスマホで連絡を取りながらという手も考えたが買い物中に常時通話は楓の負担になると考えたが故に至った結論だった。
「じゃあ改めて、キャベツはこっちな?」
「は、はい」
野菜売り場で懇切丁寧に水樹は楓に食品の特徴を伝えた。
時々、鮮度のいい野菜の見分け方も交えつつ。楓は水樹の説明を真剣に聞き、傍から見れば不審者が美人に野菜の特徴を語ってる図。まことに異質な光景だった。
そして買い物は30分程度で終わり二人は帰り道の道中、公園に立ち寄りスーパーで買ったアイスで静かなひと時を過ごしていた。
「相変わらず、貴方は色々なことに詳しいのですね」
「まぁ家事全般に限られるけどな」
「それでも凄いと思います」
「そうか?俺からしてみれば何でもできてしまう水面さんの方が凄いと思うけど」
「そうですか。でも実用的でないと意味がないですし」
「確かにな」
少し納得してしまった。
二人はアイスを口にしながら他愛のない会話を繰り返した。
「ま、買い物は少しずつやっていくとして…………次は料理だな」
「あの、まさかとは思いますけど今日するなんて言いませんよね?」
すると水樹の顔が今まで見たことないくらいの笑顔で、楓は一歩後ずさるのだった。
そして数分後には二人の姿はキッチンにあった。
「まさか本当に料理を作るんですね」
「何を今更。いつかは絶対にやる予定だったんだからいいだろ?」
「まあそうなんですけど…………」
「はい、さっさとやりましょうか」
おんぼろアパート故にキッチンスペースは大した広さも無く、二人の方は時々ぶつかったりした。
しかしここでときめきほど純情な二人ではない。互いに一言ごめんと口にして終了。良くも悪くも一定の距離を保っていた。
「それで今日は何を作るのですか?」
「ん~無難にカレーかなって思ってる」
「カレーですか」
実に基本的な料理だ。具材を切って炒めて煮込んで盛り付ける。料理に必要な最低限度の基本中の基本がすべて詰まった魔法の料理。それがカレーだ。
「カレーぐらい小学校の調理実習で作ったことぐらいはあるだろ?」
「はい、一応は」
「じゃあ具材から切ってくか」
そう言って水樹はシンクで買ったばかりのジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを洗いまな板の上に置いた。
「皮は切るの危ないから俺が切る。でも一口大に切るのは水面さんに任せるからな?」
「は、はい」
楓は緊張した様子で皮の剥かれた野菜を受け取った。
左手は猫の手、包丁は短すぎず長すぎず、最低限度の知識は持ち合わせているらしい。
しかし慣れない作業に戸惑う楓。
そんな楓の様子を見て水樹は、
「失礼」
一言だけそういうと、楓の後ろに回り楓の手に水樹は自分の手を添えた。
「これくらいは我慢してくれよ?怪我されても困るから」
「別にこれくらいでは気にしませんよ。貴方がこれくらいのことで変な気持ちを持たないことくらい分かってますから」
「んーそれは男として褒められてるのか?」
「信頼はしてます」
「そりゃどうも」
「あ、でも少しでも怪しい動きを見せればうっかり手を切るかもしれません。貴方の」
「それうっかりじゃなくて故意だよね!?それに何もしないから!」
「どうでしょう」
「あれ?さっき信頼してるって言ってなかった?」
水樹は細心の注意を払いながら包丁を持った楓の手を動かした。
その際に二人の距離はとてつもなく近く、シャンプーの香りやらで水樹は顔を赤くした。
「ふ~疲れた…………」
勿論包丁を動かすことにではなく、怪しまれない身の潔白を示しながらスキンシップを取ることにだ。
「ありがとうございます」
「ど、どういたしまして?」
「では、次は何をやればいいのでしょうか?」
「えっと次は切った野菜をいためてから、煮込む」
水樹は一から細かく楓に説明した。
そこから先、二人の間には特に大きな問題も無くカレーを作ることに成功した。
見た目はごく普通のカレーだ。水樹監修とは言え、ジャスミンティーを謎の液体に変えてしまった頃に比べればとても大きな一歩だ。
お互いに盛り付けたカレーを丸テーブルに並べ、二人は少し遅めの昼食を取った。
そして各々がカレーの感想を口にする。
「すこし苦いですね」
「苦いな」
「具材の大きさもまばらですね」
「そうだな」
正直、本音を言えばおいしいカレーとは言えなかった。
だが水樹はそんなあまり美味しくないカレーでも黙々と口に運んでいた。
「あの、美味しいですか?」
「正直に言えばおいしくはない」
「そ、そうですよね…………」
「でも、いいんじゃないか?」
「はい?」
楓はスプーンを止めて水樹を見た。一方の水樹は今も尚カレーを食べている。
「大体、誰だって最初は失敗するもんだろ?俺だって最初に作った料理なんて到底食えるもんじゃなかった。だからこれを作った水面さんは凄いよ」
「は、はい…………」
水樹の言葉を楓がどうとらえたかは分からない。
だがその時の楓はどんなものよりも真っ赤に顔を染め、水樹の顔を直視しようとはしていなかった。
「ありがとうございます」
そして最後にぼそりと一言感謝の気持ちを述べたのだった。