第四章 4-5
「よう…待たせたかな?」
そう言いつつサラトガが馬車から出てくる。
今の時間は夜中の2時ごろだろうか。
二人ずつの警戒で、いつもどおり一人ずつずれて交代している。
さっきまではシズカがいたが、実に会話にならなかった。
じーっと焚き火の炎を見ているか、ボーっと周りを見ている。
サラトガのときのシズカとは別人のようだった。
まるでスイッチが入れ替わったかのように…。
なんなんだろうか…。
うーん、二重人格者?
そんなことさえ考えてしまう。
ともかく、待ちに待ったシズカとの警戒番はまったくと言っていいほど収穫なしで終わってしまった。
ただ、日本人らしいという確信はますます高くなったことだけだ。
でも、私は実は異世界から魂だけ召喚された人間ですって簡単にいうわけにはいかないよなぁ。
一応、異世界からの召喚は基本的に違法であり、言うと間違いなくトラブルに発展する版権だから仕方ない。
まぁ、もうしばらくして打ち解けていけば違ってくるだろう。
そう思っている。
おっと…今はサラトガの件を優先させないとね。
そう思いつつ、こっちに来たサラトガにコーヒーの入った金属製のマグカップを渡す。
一応、熱の伝わりにくい金属で出来ているらしく、旅に使うには最適の強度と軽さを備えている一品だ。
なんでも数百年前にある人物がコーヒー豆を使う今の飲み方を始めたらしい。
それまではコーヒー豆は飲用に使われることはなかったそうだ。
その人物に感謝である。
異世界で前の世界とほとんど変わらないコーヒーが楽しめるのはその人のおかげだ。
特に、こっちに来て私好みのブレンドとかできたのは最高といえるだろう。
以前は、いろんなメーカーの豆を飲み比べて選んでいただけだったから…。
「おっ…ありがとうよ」
サラトガは受け取ると私の隣に座ってコーマグカップに口をつける。
湯気がコーヒーの香りを広げていく。
「うんっ。うまいな…。少し癖があるけど…これはいいな。オリジナルのブレンドか?」
「ええ。前お世話になってたところで少しやってみてね。それで偶々だけど私好みのブレンドが出来たんだよ」
私がそう言うと、ニタリとサラトガが笑う。
「謙遜するなよ。こんな微妙な味わいを表現できるんだ。けっこう色々試してみたんだろう?」
「まぁ、いろんなのを結構飲み比べはしてたけどね。でも、ブレンドできたのは偶々よ」
「その偶々も、その前の飲み比べがなきゃ出来ないと思うがな…。私は…」
そう言ってサラトガはじっと私を見た。
「なんかさ、最初見たときは、才能の塊みたいな感じがしたんだけどさ…意外とアキホは努力型なのかもな」
そう言われて少し考える。
確かに、何かを始める時、そこそこにうまく出来るとは思ってた。
それが才能と言うのなら、そうなのだろう。
しかし、本当にその人の力になるのは、努力と根気強い継続の賜物だと私は思っている。
それを体現した人が、私の傍にはいたし…。
「努力に勝る天才はなし…ってことかな」
「どういう意味だい?」
「どんなにすごい才能を持っていても、努力して磨かないと意味がないってこと。私のおじいちゃんの好きな言葉」
サラトガが楽しそうに笑う。
「あっはっはっは…。そりゃいい言葉だ。なんかあんたのおじいちゃんとならますますうまい酒が飲めそうだ」
「私も、サラトガみたいなタイプ、おじいちゃん好みだと思うよ」
「そうかそうか。そりゃ光栄だな」
そう言った後、少し間をおいてサラトガは話し出した。
以前の自分の事を…。
当時、十六歳だったあたしは三つ年上の幼馴染だった男性と結婚した。
私の家は、農家の出で、子沢山のところだったから、さっさと嫁に行ってくれて助かったと最後に両親が言ったのを覚えている。
ともかく、あたしんちは、子沢山で貧乏で、何とか生き延びていくのに精一杯の生活だったから、思わず本音が出たんだと思う。
まぁ、薄々感じてはいたけど、はっきりと口にされるとショックだったさ、そりゃ…。
だからさ、旦那が行商人をやっていた事をいい事に、それ以降家にはもう戻らなかった。
未練がないって言ったら嘘になるけど、また会いたいとも思わなかったからね。
そして、二人でこつこつやり繰りして三年が経ったころ、とある町に小さな店を持つことが出来た。
なんでも、旦那の知り合いの商人が引退して田舎に行くから、店を買わないかって言われたんだ。
相場に比べれば、べらぼうに安いけど、当時の私達にとっては大金だったさ。
でもさ、旦那が言うんだ。
あたしと自分の子が欲しいってね。
だけど、行商人をやっている以上、それは難しい。
それこそ、馬車持ちのある程度規模の大きな連中なら別だろうけど、あたし達は二人で歩き回って行商してたからね。
だから、私達はそれまで飲まず食わずで貯めていた全財産をつかって店の権利とその町で商売する権利を買った。
幸せだったさ。
これで腰をすえて生活できる。
盗賊や狼や魔物に怯えて夜をすごすこともない。
そして、旦那とあたしの子供を生み、育てることが出来るってね。
最初こそ大変だったけど、以前いた商人が親切にいろいろ教えてくれてたし、かっての取引先にも声をかけていてくれたからね。一年もしないうちに商売は軌道に乗ったさ。
今までとは違い、少しずつ余裕が出始めた。
そして、あたしは子供を生んだ。
双子だったよ。
かわいい男の子でさ。
旦那によく似てたさ。
旦那も喜んで、ますますがんばるようになった。
そのおかげで、うちの店も繁盛していき、まさにこれからも幸せの連鎖が続いていくと思えるほどだった。
だけどね…。
坊や達が五才になるころ、町の領主が変わったんだ。
以前の領主は、とても温和な人で、領民を大事にされていた。
税金だって安くはなかったけど、ちゃんと町に還元されているって目に見えてわかっていたからだれも文句は言わなかった。
それどころか、領主様を慕っていたんだ。
だから、領主様に祝い事があると、町を上げてお祝いをしたもんさ。
でも、新しい領主は、まったく逆の人だった。
税金は高くなり、それでいて町に還元されている様子もなく、ただ、領主とその取り巻きだけが豊かになっていく。
そんな状況だった。
以前の領主の孫に当たる人だったから、みんな、若さゆえの過ちだろうって言う事で、代表が何度も説明しに行ったし、抗議もした。
しかし、それは改善される事はなかった。
それどころか、文句を言う元気があるならもっと働けといって税金を上げる始末だった。
一気に生活は苦しくなった。
理由があればそれでも我慢できた。
だって、必要な事なら皆協力してやっていこうという意思が町のみんなにあったから。
でもね、領主や一部の取り巻きだけの贅沢のために、誰が協力するんだい?
あっという間に、町の人たちは領主の言う事に反抗するようになった。
あたしらは、領主のために働いているんじゃない。
あたしらは、あたしらが大切なものを守るため、維持する為に働いているんだし、税金だって納めてるんだ。
そして、何度目かの代表が領主に抗議に向かった。
そして、彼らは帰ってこなかった。
言う事を聞かず、抗議を繰り返す町の人達に、領主はついに手を上げたんだ。
翌日、町の広場に抗議に向かった代表者達の死体が大きな木の杭に縛られて見世物にされていた。
そして領主の取り巻きの一人が兵を連れて現れ、町の人々に宣言したんだ。
これからは抗議したもの、反逆したものは処刑する。
処刑されたくなければ、素直に従えってね。
まぁ、お約束な展開だろう?
なんで権力持ったら、人は駄目になるんだろうなぁ…。
そこまで話して、サラトガは飲み終わったマグカップをこっちに差し出す。
お代わりということだろう。
私はお代わりを用意しつつ、口を開く。
「確かに、人は権力だけに限った事ではなくて、力というものに弱いと思う。でも、それはその人が弱いんであって誰でもではないと思うんだ。理性と常識、それに思いというものがあってこそ、力というものは制御できるんじゃないかな。だって、以前の領主はすごくいい統治者だったんでしょう?」
「ああ。そうだね。言い方が悪かったよ。私の言い方じゃ、全員駄目ってなっちまうな」
お代わりのコーヒーを受け取りつつそう答えるサラトガ。
その表情は複雑そうだった。
「まぁ、結局はその人の生活してきたことが関係するからね。血じゃ駄目なんだと思うよ」
「でも、今の世の中…血が全てじゃないか。どこを見たって、親の後を子がついで…」
「でもさ、それって権力だけじゃないんじゃない?」
私の問いにサラトガの言葉が止まる。
「私は、結婚もしてないし、子供もいない。でもさ、子供が生まれたら、できる限りの事はしてあげたいと思うし、残せるものは残してあげたいと思うよ。ただ、それが財産や権力でも同じであって、大きい小さいの違いでしかないんだよ」
私の言葉に、サラトガはじっとコーヒーを見つめている。
「そうだね。そうだよ…。あたしだって子供達に何が残せるか常に考えていたからね」
そう呟くとコーヒーを口に含む。
しばらくの沈黙が辺りを包む。
聞こえるのは、ぱちぱちという木が燃える音。
静かな夜だ。
空を見上げると二つの月が重なるように出ている。
ああ、ここは異世界なんだ…。
そう実感する瞬間だ。
ふうっ…。
サラトガはため息を深く吐き出すと、ゆっくりと口を開いた。
「それでも、あれは許せなかったんだよ…」
サラトガの言葉に怒りが混じリ始め、そしてまじりっけなしの怒気になるのはあっという間だった。
「私達はただ、旦那と子供達と幸せに暮らしたかっただけなんだよ…」
重い怒りに満ちた言葉を呟くとサラトガは続きを話し始めた。
ともかくだ。
そんな感じでその出来事から一気に街の中の空気が変わったんだ。
そして、町全体の領主への反抗運動になるのはあっという間だった。
領主も最初こそタカをくくっていたんだろうが、町全体となるとどうにもならない。
あっという間に町から命からがら逃げ出したよ。
取り巻きの連中も一緒にね。
そして、以前の領主に連絡を取ってまた収めてもらおうということになったんだ。
でもさ、それは遅かったんだ。
領民の領主への反逆。
あたし達以外はそうとしか取らなかったんだ。
理由を誰も知ろうとしなかった。
なんなんだよ、この世界はっ…。
あたし達は愕然としたよ。
領主たちの言い分だけが広がり、ついにあたしたちは王の討伐の対象となってしまった。
そして、町は王の軍に包囲されてしまったんだ。
降伏したら許される。
そう思っていた一部の町の人達が降伏をした。
しかし、その連中は、翌日、死体となって曝されていた。
もう、死ぬしかない。
なら戦って、足掻いて死んでやる。
誰もがそう思った。
でもね、うちの旦那…私達だけでも思ったらしくてね。
家の下に地下室を作って、そこに私と坊や達だけで隠れろって言われたよ。
二、三日隠れて隙を見て逃げ出せって言ってさ…。
あたしはそれを守って地下に篭ったよ。
そして、三日後、恐る恐る出てきた私達が見たのは、焼け野原になった町と無残な姿になった町の人たちの死体だけだった。
王の軍は、町の人たちを殺しつくし、町を破壊し、全てを略奪して帰って行った。
なんとか、地下に隠してあった荷物とお金を持ち、あたしは坊やたちを連れて逃げ出した。
だけどね。ツテがあるわけじゃない。
ましてや、あの町の生き残りとばれたら殺される。
だから、まずはこの国を出よう。
そう思って、あたし達は、国境沿いの山を進んだのさ。
途中、捕まりかけたことも何度かあったけど、なんとか国境を超えた時、安心したのと疲労であたしは力尽きて倒れてしまったんだ。
子供二人を残してね…。
無念だったさ…。
でもね、運がよかったんだろうね。
偶々通りかかった行商人に助けられたんだよ。
それが、シズカの父親さ。
父親も薬師で、薬の行商をして生活していたらしいね。
だから、あたしがかなり酷い熱病にかかっていたけども対処できたといっていたっけ…。
結局、見つけられて一週間近く寝込んでいたらしい。
看病するほうも大変だったんじゃないかな。
ともかく、なんとか命を取り留めたあたしが気にしたのは子供達のことさ。
でもね、子供達は見つからなかった。
シズカの父親も一緒になって探してくれたけどさ。
でも、見つからなかった。
死んでいるかも、生きているのかもわからない状況。
旦那の遺言さえも守れない自分自身を見限って死のうとさえ思ったさ。
でもね、死ねなかった。
父親と一緒に旅をしていたシズカがね…言ったんだ。
「死ぬ事で逃げるのか」ってさ…。
それでね、あたしは生きる事にしたんだ。
せっかく助かった命だ。
生きて、生きて生き抜いてやろうってさ。
もしかしたら子供達は生きているかもしれないしさ。
希望は捨てないってことにしたんだよ。
それにさ。
必死になって生かしてくれたシズカの父親に報いたいと思ったからな。
だから、あたしはシズカと共にあるんだ。
そこまで言うと、サラトガは空を見上げる。
その横顔を見つつ聞く。
「もしかして…あの大量の武器は…」
ゆっくりとサラトガが私を見た。
「あんたの思っているとおりさ。で…どうするんだい?」
真剣な表情で私を見る。
その目には信念が篭っていた。
私はそれを受け止めつつ、苦笑する。
「商売するんでしょう?」
私の予想外の問いにサラトガの表情が崩れる。
「あ、ああ…」
「別に武器を配って援助したりするんじゃないなら、文句は言わないよ。私達に危険にならない限りはね。それにあくまでも商売なら、サラトガの領分だしね」
その言葉にサラトガは苦笑する。
「ああ。もちろんだ。私は商人だからね。利益にならない事はするつもりはないさ」
そう言って笑う。
しかし、私はサラトガの笑いを止める。
「でも、その前に一騒動起こりそうだし…」
私はそう言って、視線の先を指差す。
サラトガもそっちの方を向く。
そこには、こっちに近づいてくる人影があった。
「よくわかったな…」
「気配を消してないからね。それに…」
言葉を言い終わらないうちに、馬車の中に低めの音が響く。
だが、まだ距離があるため、向こうには聞こえていないだろう。
そして、その音はすぐに収まった。
「ミルファの警報にひっかかったね。さて、皆起きているかな…」
軽く近くのあった木をトントンと叩く。
すると馬車の中から、微かだが木を叩く音がする。
「皆起きて準備してるみたいだね。あっと…サラトガはそのままで…」
私はゆっくりと立ち上がると人影に近づく。
二、三十メートルほど進んだだろうか。
人影が人であり、ざっと十五人程度いることが月明かりでも確認できる。
統一された装備はしていない為、傭兵当たり、或いは盗賊か…。
それぞれが思い思いの武器を身につけているのが見える。
「あ、その辺で止まってくださいますか?」
私がそう言うと、連中は動きを止めた。
「俺たちは、領民の味方をする者だ。今、領主の軍の生き残りを掃討中なんだが、知らないか?」
そう言いつつ下卑た視線が私と少し後ろの焚き火の傍に座っているサラトガに向けられる。
「なんかあったんですか?」
何も知らない風を装って聞く。
「なぁに、この辺を治める貴族があまりにも酷い祭りごとしかしなくてさ。領民が立ち上がったんだよ」
「それはそれは大変ですね」
「そういうわけだから、協力してくれよ。お嬢さん方…」
「協力したくても、私達は領主の兵士を知りませんから、別のところを探してみては?」
「そうか…。匿っていたりしてないか?」
「匿ったりするつもりも理由もないので…」
「ふうん…」
そう言ってじろじろと私を見る。
「なら、領民のために別の協力をお願いしたいんだが…どうだろう?」
一気に視線と言葉にいやらしさが増す。
「遠慮しますよ。関係ありませんし…」
「そう言うなよ。ここは領民の為にさ…」
私はそう言いかけた男を睨み、静かに言葉を放つ。
「どこの傭兵か盗賊かはわかりませんけどね…。いい加減にしないと痛い目にあいますよ」
しかし、その言葉を相手側は単なる脅しと取ったのだろう。
下卑た笑いが彼らの口から漏れる。
私はそんな彼らを見て言う。
「警告はしましたよ…」
その言葉を聞き、彼らの笑いがより大きくなる。
ふう…。
この手の連中は、本当にどこも同じだわねぇ…。
そんな事を思いつつ、私は行動を開始した。




