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鬼姫異世界放浪記  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四章 混乱の街カンロ

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第四章 4-3


うーん…困ったな…。

午後からは業者席にはリーナが座り、私は馬車の中で待機している。

もちろん、だらけてはいない。

何かあった場合のためにすぐ飛び出せるように入口近くで座り込んでいた。

そして奥の方には黙々と作業をしているシズカがいる。

しかし…二人きりになってよくわかった。

間が持たないのだ。

シズカはただ黙々と作業をするだけで話しかけようとはしてこない。

うーん…。

何を話せばいいんだろうか。

昼の味噌汁の件で、シズカは日本人と言う確信は高まったものの、手詰まりだった。

あなた、本当はホムンクルスの肉体に日本人の精神が召喚されたんでしょう?

まさかそんなことを聞くわけにはいかず、そんな事を聞けば、私がこの世界の本来いるべき人間ではないといっているようなものだ。

それに、本気にしなかったとして奇人変人程度で済めばいい。

狂人認定でもされれば大変な事になる。

それに、私の事情を知っているのはこのチームの中ではミルファだけだ。

それに、よほどのことがない限り他の人に教えたいと思わないし、教えるつもりもない。

そんなわけで、手詰まり状態なのだ。

仕方ないから、リーナから借りた本を読むことにした。

まず最初に読み出したのは『世界の伝承 ミステント編』だ。

これは、ミステント・エンダルシトという魔術師が書いた本で、まぁ、言うなれば各地に伝わる古い言い伝えや伝承を集めたものだ。

ただし、宗教色の強いものは削除してある。

やっぱり、こっちの世界も私の元いた世界と同じで、宗教が絡むと狂人みたいになってしまう一定の人たちがいるらしく、トラブルになるのを避ける為みたいだ。

そういや、私の元の世界でも、宗教批判みたいな感じの本書いたために狂信者に命狙われた著作者がいたなぁ…。

やっぱり、宗教は、精神的な麻薬みたいな要素があるのかもなぁ…。

何も信仰していない私としては、そんな事を考えてしまう。

別に宗教批判しているわけではないが、歴史を紐解いてみると宗教に狂って大虐殺なんて平気でやっている血みどろの歴史がバンバン出てくるのだからそんな事を思ってしまう。

まぁ、トラブルの元だから言うつもりはないんだけどね。

そんな事を思いつつ、パラパラと流し読みする。

そんな中、ふと気になる項目を見つけた。

それは…『鬼』という項目だった。

まさに『鬼』であり、オーガーとかの事ではない。

その項目によると、まれに人の中から、強靭な肉体と精神を持つ角を持った異種が生まれるという言い伝えがあると記されている。

その力は、人を凌駕し、化け物と呼ぶに相応しいとまで書いてある。

その為、その力に溺れて、ほとんとが自滅、或いは人によって退治されたといわれている。

そこまで読んでぞくっとした。

つまり、私も力に溺れる可能性がとても高いということだ。

実際に、怒りに支配された時、私は嬉々として自分を浚い、友人を殺した相手ではあるが人を殺しまくっている。

あの時、私は殺す事に、血を浴びて、肉を潰し、骨を折る行為に夢中になっていた。

快楽さえ感じていた。

あれは…不味いと本能的に感じていた。

あんな体験を続ければ、あの快楽に依存してしまうに決まっている。

それが裏付けられたという事だ。

ただ、それしかないのなら絶望しかない。

しかし、その後にこう書かれている。

ただ、一部まれに人と共存し、人と共に生きた鬼もいると…。

そして、その鬼の血筋をひく一族が治める地域もあるという。

いろんな伝承や言い伝えを簡単にまとめてある為か、或いは名前を載せることで一族批判になる恐れを考えてか詳しい一族名などは書かれていなかったが、私は世界を回ってその一族に会えたら、色々聞いてみたいと思った。

まぁ、会える事はほとんどありえないかなとも思ったりしていたが…。

そんな事を考えているとするすると器用に柱を伝わりながらニーが降りてきた。

どうやら小腹がすいたらしい。

今まで上に張り付いて周りを警戒していてくれたのだろう。

本当にこの子は頭がいい。

まるで人のようだ。

そんな事を思いつつ、バッグの中からステック状のものを出す。

乾燥クッキーだ。

これは硬めに焼いた野菜を練り込んだクッキーみたいなもので、もちろん人が食べても問題ない。

ある意味、携帯の非常食として扱われているものだ。

もっとも、塩味しかしないので進んで食べたいとは思わないのだが…。

しかし、実はニーはこれが大好物だということがわかった。

てっきり野菜とか果物の方がいいかとも思ったのだが、ある時、保存食のパックからこぼれ出た乾燥クッキーに興味があったみたいでじっと見ていたので、試しに少しやったところ、ぼりぼり食べて喜んでいるようだった。

それ以来、ニーは乾燥クッキーに夢中だ。

塩味しかしないこの硬いクッキーの何がニーを夢中にさせるのかよくわからないが、私達の間では、乾燥クッキーはニーのおやつという事になってしまった。

そんなわけで、ぼりぼりと乾燥クッキーをほおばるニー。

なかなかかわいいやつだ。

頭を撫でてやると目を細めて食べるのをやめるものの、手を離すと自分の握り締めているクッキーにかぶりつく。

そして、ふと気がつくとさっきまでこっちを気にせずに作業していたシズカがじっとこっちを見ていた。

「あ、ごめんなさい。邪魔かな?」

私がそう言うと、慌ててシズカは答える。

「そ、そんなことはありません」

しかし、そう言いつつも、視線はニーに向けられている。

「うちのメンバーの一人で、ニーって言うんだ。最初に会った時いたでしよ?」

そう言うと、少し考え込んだ後、思い出したのだろう。

「ああ、テーブルの上にいましたね…。でも…てっきり宿のペットかと…」

シズカの言葉に一心不乱でクッキーを食べていたニーの動きが止まった。

じっとシズカの方を見ている。

ああ、やっぱり反応したか…。

私は苦笑する。

「ニーは、ペットじゃないよ。仲間だよ。ねー、ニー」

そう言うとニーが私の方を見て頷く動作をする。

実に賢い子だ。

その様子に驚いたのか、シズカの無表情の仮面が崩れ、興味心身の表情でニーを見ている。

そして、我に返ったのだろう。

慌てて言った。

「ご、ごめんなさい…ニー」

その言葉に満足したのか、クッキーを抱えたままシズカのところにいくと座り込んでいるシズカの膝の上に飛び乗った。

そして、ぼりぼりとクッキーを食べ始める。

驚いたもの、じっとニーを見つめるシズカ。

その表情は、興味津々の女性そのもので、多分最初にこういった表情を見せていたら、私の中の彼女の印象は大きく変わっていただろう。

ともかく、シズカの膝の上でクッキーを食べるニーに、私は苦笑しつつ言う。

「ほらっ、ニー。こっちにおいで。製薬作業の邪魔になるでしょ…」

すると慌ててシズカが言った。

「い、いいえっ。ちょうど休もうと思ってたんです。大丈夫です」

そして、おろおろしているものの、ニーを驚かさないようにしている当たり、かなりの動物好きなのかもしれないと思った。

そして、彼女の右手が変な動きをしている事に気がつく。

ニーの頭を撫でようか迷っているといった動きだ。

だから私は微笑んで言う。

「大丈夫ですよ。撫でても…」

「で、でも…」

「心配しないで。ニーもあなたが気に入ったみたい。そうでなきゃ、甘えて膝の上になんて乗らないわよ」

私の言葉に押されるかのように、恐る恐る手を下ろすシズカ。

ニーは現金なもので、食べるのをやめてじーっとシズカを見ている。

まるで早く撫でろとでも言わんかの態度だが、それさえもかわいらしい。

うーん…。

かわいさは正義だ。

なんかそう言いたい心境になる。

シズカの手がニーの頭に触れ、ニーが気持ち良さそうに目を細める。

それで一気にシズカの顔が不安から笑顔になった。

「か、かわいいっ…」

自然とシズカの口から呟きが漏れる。

多分、本人は自覚していないだろう。

たっぷり撫でられた後、シズカの膝の上でクッキーを食べ終わったニーは、とっとこと~という擬音が似合う動きをして屋根上に上っていった。

多分、警戒再開するのだろう。

よく働くいい子だ。

そして、その場には、ぽややーんとした幸せそうな表情の座り込んだシズカが残されていた。

ああ、多分しばらくはあのままかな…。

ちなみに、私はならなかったが、リーナとミルファには同じような事があり、しばらく使い物にならなかった。

まぁ、今ではだいぶ慣れたのか、そうはならなくなったが…。

うーん…。

ニー…。

あれはある意味、女性キラーのたらしかもしれない。

そう思ったが、そういや、ノーラには懐いてないなと思いつく。

ニーにも好みがあるのだろうか…。

でも、ノーラの名誉のために、この事は黙ってよう。



そして、その日の夕方にカンロに向かう間に通過する三つほどの町や村のうち、最初の村に到着した。

全体的にそんな大きな村ではない。

しかし、村の真ん中を走る道には結構な人通りがあり、そこそこ露天売りがいたりする。

その上、村の規模に比べて宿が三軒もある。

この手の村なら、一軒あれば御の字だし、ないのが普通だ。

しかし、街道から外れているとはいえ流通する人たちは多いのだろう。

この村はかなり潤っているように見えた。

だが宿が三軒と言う事はどこにすべきか決めなきゃ駄目かなとも思ったが、サラトガ達は何度も来たことがあるのだろう。

モーガンは迷わず馬車を進めている。

「もう泊まる宿は決まっているの?」

「ええ。もう何回もここの村には来てますからね。いつもの「柏木の祝い亭」っていう宿に決まってるんですよ、あねさん」

「理由聞いてもいい?」

「そうっすね、宿代は結構高いんですけど、まぁ、大きな馬車が停められる場所や馬を管理する馬舎があるということと信用できて安全だって事でしょうかねぇ」

そういった後、小声で言葉を続ける。

「ここら辺からは、夜盗とかちょくちょく出るんですよ。その点、その宿はフリーランス組合の提携店だから、警備もしっかりしてるんで…」

そう言われ納得する。

堀や城壁のある大きな都市ならともかく、何もない、或いはせいぜい掘程度の村なら夜盗が入り込んでもおかしくない。

ましてや、旅の商人なら大金や高価な商品を持っている可能性は高いし、自分達にとってはたいしたことがないものでも、別の人たちから見れば価値がある場合だってある。

元の世界で住んでいた世界的に異端的なほど治安がいい日本の時の感覚は危険ということである。

わかっているつもりでいたが、こうして実際に話を聞いて体験するのでは雲泥の差を感じる。

『百聞は一見にしかず』とはよく言ったものだ。

そんな事を思っていると、どうやら宿に着いたようだ。

二つの建物のうち、大きい方が宿屋で、隣の少し小ぶりの建物が馬舎のようだ。

また、建物の後ろの方に開けた場所があり、そこにはもうすでに何台か馬車が止まっていた。

そして、それらを覆うように胸当たりまでではあるが木の板で作られた簡単な壁が張り巡らされ、フリーランス組合から派遣されれてきたフリーランサーらしき人たちが二人一組で、何組かごとに宿の周りを警戒している。

結構、厳重と言ってもいい警戒だ。

これなら、確かに少々値段が高くても馬車持ちの商人なんかはここを選ぶだろう。

「確かに、ここなら少しは安心かな」

私がそう言うと、モーガンは苦笑して言う。

「そうですね。少しは安心できますよ。もっとも、馬車の方は、俺とカラヤンが交代で一人残って警備しますがね」

「私達はいいの?」

私が聞くとモーガンは笑った。

「あねさん達は、道中の警備をしてもらってるんです。せめて街中ではのんびりしてくださいな。それに…」

そう言って馬車の柱を軽く叩く。

「これらはうちら商会の財産ですからね」

「でも、手に負えないときは…」

「もちろん、手を貸してくださいよ、あねさん」

「わかったわ。ただし…別途有料ね」

私の言葉に、やられたって表情をして笑うモーガン。

そしておどけて言った。

「なるべく安くお願いしますよ」

今度は私が笑い出す番だった。

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