第参章 3-6
今回は区切りいいとこで切ってますので少し短いです。
「ハルカの葉?」
私はよくわからずそう聞き返す。
「そのままだと葉は問題ないんだけどね…」
ミルファが苦虫を潰したような顔でハルカの葉を見て言う。
「ええ。葉だけだと普通にハーブと同じ扱いですから…。ただし…」
「ただし?」
「搾ったハルカの実の汁と葉を混ぜて煮込むとね、まずいお薬になっちゃうのよねぇ…。だから、ハルカは基本栽培禁止。一部の国の機関のみが栽培し、乾燥させてカラカラにした上に刻んだ状態でハーブとして販売されてる。ちなみに…無許可の栽培は即刻死刑」
ミルファの説明で、加工のされていないこの葉があることの危険性がわかる。
この国では、死刑があまり実施されていない。
ほとんどの場合は、奴隷として鉱山や危険な仕事を押し付けられて死ぬ。
つまり、楽に死なせてくれないのだ。
犯罪者は少しでも国や人々に利益や富を還元して苦しんでから死ね。それがこの国の方針だ。
つまり、そんな方針の国が、即刻死刑をするほどやばい品物で、非常にまずい状況なのはよくわかった。
「ともかく、この事は秘密に…」
頷くミルファとリーナさん。
「あと、リーナさん。情報収集とか出来ますか?」
私がそう聞くと、苦笑して頷く。
「わかってたんだ…。私がそういう汚れ仕事してたの…」
私とミルファは頷く。
「情報屋って言う割には一部の情報にしか精通してなかったからね。基本、情報屋は情報が売り物だから、どんな情報でも貪欲に求めるし、知ろうとする。だから、よほどの専門知識だけ取り扱う情報屋かなと思ったけど、そんな感じはしないし、それに……その隙のない動きや周りの警戒の仕方なんか見てるとねぇ…」
ミルファがそう言って苦笑する。
ミルファの言葉の後に私も続けた。
「足音、立てなくて歩いてたでしょ。その足の運びは戦士と言うよりも盗賊っぽい感じだったから、そんな関係者かなと…」
私たちの言葉に、情けない表情を曝してため息を吐き出すリーナさん。
そして、すーっと表情から感情が消えて、真顔になる。
「私、リーナ・カサブランストは…、いえ、二人には隠し事はしたくないから本名を言うわね。私の本名は、リーナ・エルロ・ブローラント」
その名前に、ミルファが驚いた表情を浮かべた。
「ブローラントって…この国の諜報機関の名前じゃないっ…」
「ええ。私は、ブローラントの元エージェントだったの。主な仕事は諜報。まぁ、何回か必要に迫られて暗殺なんてこともしたことあるかな…」
私は思わず口の中にたまった唾を飲み込む。
いきなりすぎな話だったが嘘だとは思えない。
それほどリーナさんは真剣で、言葉には真実という重さがあった。
「そんな人がなんでフリーランスとかやってるのさ」
ミルファが目を細め、伺うように聞く。
その目には警戒している光があった。
いくら国の組織とはいえ、南雲さんの味方と決まったわけではない。
利害が絡み、表面上は何もないようにしておきながら、裏ではもしかしたら敵対しているかもしれないのだ。
だからこその警戒なのだろう。
ミルファのそんな視線を平然と受け止め、リーナさんは苦笑しつつ言葉を発した。
「身内のミスで私の身元が一部バレちゃってね…。ほとぼりが冷めるまで暇を言い渡されたの。だから、あの街から問題なく出るためには、あなたたちの話は渡りに船だったわけ」
そこまで話して、「まぁ、信じられないと思いますけどね」と付け加えた。
その最後の一言は、今まで偽善の世界で生きてきたツケを払っている最中とばかりにおどけた口調だった。
「信じましょう」
私がそう言うと、ミルファも「そうね」と相槌を打つ。
そんな私たちの様子に、リーナは驚いた表情になる。
「なんで?」
「私が信じてみていいと思ったからよ」
私がそう言うと、ミルファは「何よそれ」と言って苦笑する。
「そういうミルファは理由あるの?」
そう聞くと少し自慢げに答えた。
「彼女のセカンドネームは、エルロだったわよね。エルロっていうのは、もしかしてエルロ家出身てことでいいんでしょ?」
ミルファの言葉にリーナは頷く。
「エルロ家?」
「王族の分家の一つよ。王家には三つの流れがあってね、今の王家はカーフシュタイン家。そして、残りの二つのうちの一つがエルロ家よ。そして、公になっていないけど、エルロ家は諜報や謀略、情報を司るって聞いたわ。それにね…実はね、ボスの協力者であり、後ろ盾でもあるわ」
そこまで言って、ミルファはリーナを見る。
その瞳には、警戒の色はもうないが、それでも冷たい色がまだあった。
「多分だけど…ボスの身内であるアキホに協力する事で、ボスに借りを売り、またボスの身内が騒ぎを起こさないように監視の意味を含めてってところじゃないかな…」
その言葉に、リーナは苦笑する。
「あなたは実に諜報部向きの人だ。まぁ、そんなものと思ってくださって結構です。ただ、身元バレっていうのは本当で、上司が私を現場から外したがっていたのは事実ですから…」
そこまで話してリーナは私を見る。
ミルファの視線も感じる。
つまりは、私に決断せよってことだ。
なら、最初から決まっている。
「さっき言ったとおり、私はリーナさんを信じます。それでいいでしょ?」
その言葉にミルファは「アキホらしいな」と言ってお手上げのポーズをとる。
そして、リーナはあきれ返った表情で口を開く。
「アキホさまはもう少し疑う事を覚えたほうがいい」
「あら、疑って欲しいんですか?」
皮肉を籠めてそう言い返すと、リーナは苦笑した。
「あははは。手厳しいですね」
そう言って右手を差し出す。
「リーナと呼んでください。私はあなたのその度胸と器の大きさに感服しました。もしよければ、これからは友として付き合いたいものです」
私は、差し出された手を握り締め、笑いながら言う。
「なら、私の事はアキホと呼んで欲しいものです。『様』も『さん』もなしでね」
「わかりました、アキホ」
ミルファは、握手している私達を面白そうに見ている。
「まぁ、アキホらしいって言えばらしいかな…」
そう呟くとくすりと笑ったのだった。
その後、明日の打ち合わせを終えるとリーナは自分の部屋に戻っていった。
「さて、少しは休んでおきますか…」
そう言いつつ、ミルファは部屋の入口や窓に警戒用の結界を張るのを忘れないのは、さすがというか、なんというか…用心深いというか…。
まぁ、この村自身が胡散臭いのだから、仕方ないといったところか。
ともかく、全ては明日の行動からだ。
そう思って布団にもぐりこんでから、ふと気がついた事を言う。
「ねぇ、ミルファはリーナのこと、もしかしたら最初会った時から疑ってたんでしょう?」
私の言葉に、ミルファは「まあね…」と返事を返してくる。
「本当に信じられる事なんてそもそもそんなにないし、世の中は嘘で塗り固められてしまった泥の壁のようだし、何よりすぐに相手のことがわかるなんてそんな便利な能力も魔法もないからね」
その言葉に私は苦笑する。
「そりゃそうよね。そんな力があったら周りの人はたまらないし、なによりその程度でわかるような簡単なものじゃないからねぇ…人の心って」
「そういうこと」
「ならさ…」
私は聞きたくてたまらなかった事を聞く。
「なんでミルファは私の事を信じてくれるの?」
しばしの沈黙があり、反対に私はミルファに聞き返される。
「ならさ、アキホはなんで私を信頼してくれるの?」
まさかそういわれるとは思ってなかった。
だから、少し考え込む。
しかし、考えても答えは出ない。
だから、私は自分の気持ちに素直に言った。
「そうね。信頼できると私自身が思ったからかな…」
私の言葉に、くすくすくすとミルファが笑う。
「そこ笑うところ?」
「ごめんごめん…。でもさ、そういうのは好きよ。だって私もそうだもの」
その言葉に私もほっとする。
「ならさ…今のリーナは?」
「そうねぇ…。信用してもいいかなって感じかな…。信頼まではそう簡単にはならないわよ」
笑いながらミルファはふざけたような口調で言う。
「手厳しいわね」
そう言いつつも、私も笑う。
「さて…そろそろ休みましょうか」
そのミルファの言葉に、私は同意し、ゆっくりと意識を睡眠という闇の中に沈めていったのだった。




