第参章 3-1
南雲さんのところから出発して、実に半日が経った。
最初こそ、ワクワクしていた私だったが、今はもううんざりしてしまっている。
南雲さんの領地は治安がしっかりしている上に、いろんな村々や働く人たちなんかが見れて本当に見て飽きる事はなかった。
それに道路もある程度加工されていたりしてて快適だった。
しかしである。
南雲さんの領地から出て、それは一変した。
荒れた畑や荒廃した村、活気のない人々の様子、未舗装のまま放置され、獣道のような主要道路…。
馬車は大きく揺れてお尻は痛いは、外の風景は見てて面白いどころかうんざりするものばかりだ。
いかに南雲さんが自分の領土に気を配って運営しているかよくわかる。
「ねぇ…この辺て誰の領地なの?」
馬車の中でなにやら本を読んでいるミルファさんに声をかける。
「ああ、この辺は、ボスのライバルを自称する貴族の領土ですが、手が回らないか、或いは手を入れるつもりがないのか知りませんけど、ここ10年近くそのままの荒れ放題ですね」
本から目を離さずにそう言うミルファさん。
目を悪くしないといいんだけどね…。
「ふーん…。手を入れれば南雲さんとこみたいになるかもしれないのに…。そうすりゃ、お金も回って税金も入ると思うんだけどなぁ…」
そんな私の言葉に、すーっと本から目を上げて私を見るミルファさん。
背中から怪しげなオーラーが溢れ、目が据わっている。
「ふふふっ。そんなこと出来るものですかっ。ボスがどれだけ苦労して今に至ったのか…。あんなアホ貴族に真似出来るはずないじゃありませんか」
笑っているはずなんだけど、ミルファさん、すごく怖いです。
なんか恨み辛みがあるって感じがバリバリしてます。
聞かないほうが無難なんだろうけど、興味に負けて聞いてしまいました。
「えっと…もしかして…そのアホの貴族様となにかあったの?」
私の問いに、よくぞ聞いてくれましたって感じで怖い笑いをますます強烈にしつつミルファさんの口が開く。
「あのアホでバカな貴族の野郎は…よりによって…私を妾にしたいと言いやがったんですよっ。それも…エルフの妾がいるというステータスが欲しいだけでっ。私が好きなわけでもなく、ただの自分の自慢にするためのステータスのためにですよっ。私の人格、全面否定して性処理のモノとして使ってやるからありがたく俺の所有物になれとかほざきやがったんですよっ」
うわー…。
そりゃ、引くわ。
確かにそれは嫌だし、なんか根が深そうだ。
聞かなきゃよかった。
しかし後悔先に立たず。
ミルファさんの話は止まらない。
「そう言われて、さらに、お尻まで触ってくるんですよ。超ムカムカしたから、怒りに任せてその場で股間蹴り上げてやりしたよっ。そしたら、まるでバッタみたいにその場で飛び上がって、そのまま倒れてひっくり返ってましたよ。そのまま悶絶して泡吹いてざまぁみろって感じですよ。ああいうのは、女性の敵ですっ。殲滅すべき対象ですっ」
ああ、なんかその光景が脳裏に浮かぶ。
確かにミルファさんならやりそうだ。
しかし、相手は貴族だ。
それで無事に済むわけがない。
「でも、それで無事だなんて…どういう方法使ったの?」
そう聞くと、ミルファさんは普通ににこりと笑って恐ろしい事を言った。
「ええ。追手差し向けてきましたから、全員半殺しで、その貴族の館に乗り込んで一暴れしてきました」
「うわーっ…」
思わず一気に引いてしまった。
私も人の事は言えないと思うんだけど、人の話として聞くと引きまくりです。
「でも、それって…犯罪とか法律関係で訴えられたりしない?」
私の言葉に、「ええそうですね。法律に引っかかりましたね」とミルファさんはさらりと言う。
なに、そのなんでもないって対応は…。
「なら…」
「ふふふっ。そのころからボスとは交流がありましてね。彼からその貴族の表に出せない情報とかを使って、圧力をかけてもらいました。おかげでボスには頭が上がりません…」
つまり、南雲さんがいろんなヤバめの情報を使って脅したという事ですか…。
まぁ、あの人はやる時は当たり前のようにやる人だからなぁ。
それにどっちかというと、権力者を嫌っているイメージがあるし。
ましてや、嫌な相手にはとことん潰すって感じの…。
本人にとってはそう思われたくないだろうが、私の中ではそんな感じだ。
だから、最初に殴りつけて、殴り返されただけですんでいる私はラッキーなのかもしれない。
そこでふと思った事を聞く。
「もしかして、南雲さんって結構世話焼きな人?」
私の問いに、呆れた表情のミルファさん。
「今更何言ってるんですか。散々世話になってて、それを聞きますか?」
確かにその通りだが、周りの人たちはどう思っているのか知りたい。
だからお願いする。
「仕方ないですね。ボスは、あなたの想像通り、とっても世話焼きですよ。ある意味、異常と言っていいほどのね。アーサーさんだってそうだし、マリサさんだってそう。ボスに使えている人の多くは、彼の異常なまでの世話焼きに感銘を受けたり、借りを返そうと思ったり、そんなんで大丈夫かって心配になったりで集まっている人だね。まぁ、他人をどうこう言う権利はないけどね。だって私もそのうちの一人だからね」
苦笑しながらそう言うとニタリといやらしい笑みを浮かべて私を見ながら言葉を続ける。
「もしかして…今頃になって恋心に気が付いてしまったとか…」
「いやいや。違いますったら違います」
「あら、全面否定ですか…残念…」
「恋かどうかなんてわかんないけど、素敵な…そうね。尊敬できる人だと思う。私の周りにはあんな人はほとんどいなかったし。まぁ、おじいちゃんくらいかな。尊敬できたのは…」
「おじいちゃん?」
「ええ。私に武術を教えてくれたの。そして、武術家としての心構えもね」
そこまで言って、苦笑いを浮かべる。
「もっとも、実戦なんてやった事なかったし、前いた世界では、命を懸けることなんてほとんどなかったからね。だからぴんとこなかった。だから、おじいちゃんが言ってた意味がわかってきたのは、最近の事かな…。以前はたいして思っていなかったし、なにより必要ないと思ってたしね」
「じゃあ、おじい様のおかげで霧島さまは強いのですね」
そのミルファさんの言葉に指を立てて左右に振る。
「ちっちっちっ。ミルファさんっ。今からはお客でもなんでもない、友人としての私があなたの前にいるんです。そんな他人行儀は止めてください」
私の言葉に、一瞬、えっ?って顔をしたミルファさんだったが、今度は、ニタリと笑って言い返される。
「じゃあ、私のことも、さん付けなんてなくて、ただのミルファって呼んでくださいよ」
互いに見つめあい、どちらかともなく笑いあう。
そして、その様子を少し離れたところでラクラットのニーがじっと見ていた。
結局、私達以外にもかなりの荷物を積んでおり、また道路の悪さも手伝って、途中一泊野宿する事となった。
小川の流れる広い場所に出ると、業者の人は馬車を止めて馬を休めている。
私も馬の傍に行くと頭を撫でてやる。
「お疲れさま。明日もよろしくね」
私がそう声をかけると、業者の人は笑いながらも「よかったな。明日もがんばらないとな」とか馬に話しかけていた。
どうやら、かなり馬好きの人らしい。
それに馬もかなりこの人には気を許しているように感じる。
その間、ミルファは、馬車の周りのちょっと離れた場所に結界の基石を置いて警戒網を作っている。
この辺は、獣も出るが、何より山賊がよく出るらしい。
まぁ、治安が悪いし、畑や村は荒れているはで、まともな仕事が馬鹿らしくなってしまう環境だから、手っ取り早く犯罪に走るのは現代もこの世界も変わらない。
そんなわけで、ミルファは念入りに警戒の結界を準備しているようだ。
私は、馬に挨拶が終わると周りを回って乾いた木々を集めてくる。
湿ったやつや生木は焚き火として使えないので、よく選ばなければならない。
まぁ、ぼんぼん燃やすわけではないので、そんなに大量には必要はないものの、途中でなくなっても困るのでちょっと多めに集めておく。
それに料理にも使うしね。
それで薪のための木を集め終わるころ、ミルファの方も設置が終わったようで、中心になる基石に魔力を注ぎこんでいた。
「これって…警戒だけ?」
「そうよ。生物が近づいたら警報がなるようにしてる」
「罠が発動したりとか…」
私がそう言うと、呆れ顔で睨まれる。
「そんな複雑なのがすぐにできるわけないじゃない」
そうでした。
ここの世界の魔法はシンプルな事しかできませんでしたね。
複雑な事をしようとすると、それにあった触媒と媒体と魔力が必要になるんでした。
魔法が使えないので、ころっと忘れていましたよ。
「そうよね…。はははは…」
笑って誤魔化す。
「あ、そういえば、今日は誰が料理する?」
ミルファが恐る恐る聞いてくる。
「そうだねぇ…。私がするよ。この前教えてもらった料理したいし…」
私がそう言うと、ミルファがほっとした様子を見せた。
まだ確認してないが、噂によるとミルファは料理があまり…いやかなりうまくないらしい。
以前、保護された時に食べたシチューみたいなやつは、彼女作ではなかった。
そして、南雲さんの領地に行く途中も、なんかみんな自分で料理当番を買って出ていた様子だった。
だったら、初日から地雷を踏む必要はないだろうという私の判断である。
「じゃあ、ちゃちゃっとやりますかね。業者さんも準備しますから食べてくださいね」
私がそう業者さんに言うと、すごくうれしそうだった。
「やっぱり女の子が一緒だといいねぇ」とか言っている。
よく聞くと、こういう野宿の場合、乾パンに干し肉、あとは飲み物といった感じで済ませることがほとんどらしい。
ふっふっふ…。
腕が鳴る。
と言っても、南雲さんから教わった簡単料理なんだけどね。
まずは鍋に油を軽く入れ、戻しておいたきのこを何種類か入れる。そしてその後、レモンに似た果実の刻んだものと干し肉を刻んだものをいれ、香辛料とワインで軽く味付けし、ハーブの刻んだものをはらり…。
出来上がったそれを、木の皿にのせて一品完成。
そして、鍋は、別に沸かしておいたお湯を洗わずにそのままいれ、乾燥野菜とイモと干し肉を入れて、南雲さんお抱えの料理長が作った固定香辛料の塊を削って入れる。
この固定香辛料ってカレーのルーの塊みたいな感じの香辛料の塊で、かなり使い勝手がいい。
元いた世界のカレールーのブロックみたいに柔らかくないが、ナイフでざくざく削って鍋に入れる。
白い感じだった鍋の中身がとろみの付いた茶色のものに変わる。
ふむふむ。なかなかいい感じだ。
そろそろいいかな。
木の食器に入れてスプーンと一緒に各自に配る。
そして、保存が利く固めのパンを用意して本日の夕食は完成である。
「まぁ、たいしたものではないけどね」
私はそう言ったが、業者さんはすごく喜んでいた。
ミルファも、むむむっ…これはっ…とか言いつつも、ぱくぱくと料理を平らげていく。
なんか、イメージと食いっぷりのギッャプがすごい事になってる…。
そんな事を思いつつニーの分を別の食器に用意してニーの前におく。
ニーがこっちをじっと見る。
「どうぞ、召し上がれ」
そう言うと、ニーは料理に飛びついていた。
どうやら気に入ったようである。
ふふふっ、かわいいやつめ…。
そんな事を思っていたら、おっと、このままだと私の分がなくなりそうだ。
私は慌てて自分の分の料理を確保し、食べ始めた。
「美味しかったですよ」
業者の人は、そう言うと馬の方に歩いていった。
どうやら馬が気になるらしい。
多分、休む時は馬と一緒に休むからお構いなくといってたっけ。
彼にとって、馬は家族みたいなものらしい。
そして、ミルファはと言うと、おなかいっぱい食べた反動か、そのまま寝そべって寝息を立てている。
まぁ、最初の見張りは私がすると決めてたから問題ないけど、このままじゃ風引くかもと思ってマントをかけておく。
そして食器を片付け終わると、焚き火を維持しながらのんびりと考える。
お湯は沸かしているからコーヒーを用意して…。
ちらちらとうごめく炎を見ていると、まるでここが元の世界じゃないかとさえ思えてしまいそうになる。
しかし、自分が身にまとっている装備やマントがそうではないことを教えてくれている。
何でこうなったんだろうか…。
てっきり普通のOLとして生活していくと思ってたんだけどなぁ…。
まぁ、でも波乱万丈な人生になったけどそれはそれで悪くないと思う。
ふっと昔の記憶が頭をよぎる。
ふふふっ…。
そういえばこんなキャンプみたいな事、小学生以来じゃないかな…。
あの時は、カレー作って…みんなで食べてたな。
おじいちゃんがいて、おばあちゃんがいて…両親がいて…妹がいた。
でも…今は…。
すーっと涙がこぼれる。
いけないけない…。
目を擦るが、涙は止まらない。
この世界で生きていく。
そう決めたはずなのに…。
すると私の気持ちを慰めるためだろうか。
ニーが私に身体をこすり付けてじっと見ている。
それはまるで俺がいるから安心しろって言ってるみたいだった。
「くすっ。ニー、ありがとね」
こうして、私の旅の初日の夜は何事もなく過ぎていったのだった。
旅編スタートです。
これからじっくりやっていきますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
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