空よりも高く遠い場所
気が付くと、見知らぬ部屋のベッドの上だった。窓に見える風景は星が綺麗な夜の空。
ふと誰かに手を握られていると感じ、ベッドから体を起こすと、いきなり抱きしめられた。
「アイリちゃん! よかった、なかなか目を覚まさないから心配したわ……。もう大丈夫だからね……」
ミヤカさんは、泣きながら俺の頭を撫でる。折られた左腕には、サポーターをつけており動かすことは出来ないようだ。
「た、助かったんですか? というか……ここは?」
「私たちの船よ。私の帰りが遅いから仲間が駆けつけてくれたの。ホントに……よかった……」
「お、嬢ちゃん目ぇ覚ましたか」
部屋の出入り口の扉がスライドして開き、オールバックの男がそこから現れる。
「もしやと思ってプラズマカッターまで持っていって正解だったぜ。まさか内部構造が組み変わって出られなくなるとはな。ついでに機械兵まで出てきたとなりゃ、もうあの遺跡には近寄らねえ方がいい。さっさと帰って報告しようぜ」
「いいの船長? 全く調査出来なかったから、多分報酬出ないわよ?」
「いいんだよ。あんなはした金じゃウチの乗組員の命と釣り合わねえし。なーにが簡単な仕事だってんだあの狸オヤジめ」
二人は何か仕事の話をしているようだが、正直まったくついていけない。
ポカーンとしながら話している二人を眺めていると、話が終わったのか、男が俺に話しかけてきた。
「で、だ。嬢ちゃんが遺跡にいたっていうイルフの民か。
俺はこの船の船長、ノーワン・エイベルだ」
「はじめまして、アイリです。いるふ? ってなんですか?」
「んぉ? 嬢ちゃん自分がどこの生まれかわからねえのか? そんだけ整った顔立ちなら多分イルフで間違いねえと思うが」
「アイリちゃん、何であの遺跡にいたのかすらわからないらしいのよ。記憶喪失かしら?」
「んー、まぁそのうち思い出すだろ。次の仕事はイルフィリアでの依頼でも探してみるか。ちょっとグラッツ達にも話してくるわ」
そう言うと、ノーワン船長は扉から出て行ってしまった。
「イルフの民っていうのは遠い所に住んでる長生きな種族でね。アイリちゃんみたいな綺麗な子ばかり生まれるの。多分アイリちゃんもその種族だと思うから、そこに家族がいるかもしれないわ。それにアイリちゃん、遺跡で不思議な力……、魔法を使ってたでしょ? イルフの民にもそんな不思議な力を使う人たちがいるらしいのよ」
長命で綺麗な顔立ち、そして魔法――エルフのことなのだろうか。じゃあやっぱりこの世界はファンタジー? よくわからなくなってきたな。
それと、俺はあの遺跡で突然生まれたようなものだけれども、はたして、この世界に家族と呼べる存在はいるのだろうか?
複雑なことを考えて頭がこんがらがってきたが、俺はふと、あることを思い出した。
「あっ! 俺、じゃなかった。私のポーチと本は!?」
「アイリちゃんが魔法使ったときに持ってたやつね。ほら、ここにあるわよ」
そう言ってミヤカさんは、机の上からアイテムポーチと魔本を、俺の手元に持ってきてくれる。よかった、傷や破損などはないようだ。
手を入れて中身のリストを確認する。機械兵の手を壊したとき落としたアイテムはなかったが、それは仕方ない。
ミヤカさんは手を突っ込んだまま固まる俺を見て、不思議に思ったのか声をかけてきた。
「大丈夫アイリちゃん? 中身、何かないものある?」
「あ、大丈夫です。特に大事な物がなくなったわけでは……」
「それならいいけど――あ、イテテッ」
そのとき、ミヤカさんが怪我した左腕をかばうように右手で覆う。
「だ、大丈夫ですか!?」
「へ、平気よこのぐらい。へっちゃらへっちゃら! あ、イッツツツツツツッ……」
とてもそうは見えなかった。何とかしてあげたいけど――。
「あ、そうだ。確かあの魔法が……」
アイテムポーチのリストからある呪文書を探してすぐに取り出す。明らかにアイテムポーチよりも大きい呪文書が出てきて、ミヤカさんが目を丸くしているが、そのまま魔本に近付け、使用可能にする。
「すいません、ちょっと左腕失礼します」
「え? こ、こう?」
「そのままでお願いしますね。……テクニック・コード」
ミヤカさんの左腕を通すように魔法陣が3つ並び、回転し始める。
「え!? ちょちょちょ待って待って! まさか電気治療!? アイリちゃん! 折れた骨はそれじゃくっつかないから!」
「ち、違いますよ! ちょっとそのまま……光身癒」
キンッという音と共に、左腕に現れていた3つの魔法陣が真ん中の一つに向かって閉じるように消える。ミヤカさんは最初「ひぃぃ」と言いながら目を瞑っていたけれど左腕の無事に気付いて目を開ける。
「……う、うそ? 動く……? まだちょっと痛いけど」
「あ、じゃあもう一回」
先ほどと同じ手順で、ミヤカさんの左腕に魔方陣を出現させ、光身癒を使用する。終わった後、彼女はサポーターを外して手をグーパーさせたり、腕をブンブン振ってみる。
「どうですか?」
「……信じられない。完璧に治ってる……」
下級の回復魔法だったので少し不安だったが、うまくいったようだ。治ったのが嬉しいのか、ミヤカさんはもう一度、俺に抱きついてきた。今度は両腕で。
「すごいわアイリちゃん! ありがとう!」
「へへへ……」
ミヤカさんの胸が顔に当たってきて、正直、思春期ハートが結構揺らぐ。こりゃホンマ鼻血モンやで……。
「このお礼は必ず返すわ。貴方の家族、きっと見つけてみせるから。そうだ! 皆にも怪我が治ったって伝えなきゃ。ついでだし、アイリちゃんも皆に挨拶する?」
「はい!」
ミヤカさんのあとに続き、部屋から出る。廊下の上部には道に続くように窓が設置されており、その向こうに星が輝いている。しばらく進んで階段を上ると先ほどの部屋とは違う、少し大きめの扉が現れた。
「さぁ着いたわよ。ここに多分、皆いるわ」
ミヤカさんが扉についているパネルに触ると、扉が左右に開く。中は広く、窓の下部には見たこともない機械があり、座席が取り付けられている。操縦席なのだろうか?
扉が開いてすぐの場所の座席に先ほどの船長が座っており、こちらに気付いたのか、心配そうに近づいてくる。
「ん? ミヤカお前……腕怪我してんだから、素直に寝とけって――」
「大丈夫よ。ホラ見て!」
ミヤカさんは左腕を上げながらパンパンと叩く。船長も怪我が治っていることに気がついたのか、目を見開いていた。
「ハァ!? お前さっきまで、骨バッキバキだったじゃねーか!?」
「アイリちゃんが治してくれたのよ。すごいでしょ! 持ち帰った映像にあった、魔法ってヤツよ!」
「あー、嬢ちゃんが機械兵の土手っ腹に風穴開けてたアレ? 電気治療でも骨ってくっつくんだな」
「あ、いや魔法にもいろいろ種類があって――」
魔法のイメージが、ほぼ電気で固定になってる。何とか先ほどの回復魔法の説明をして、ようやく船長に納得してもらえた。
「ほー、傷を治す魔法ねぇ。にわかには信じがたいが、さっきの映像もあるし、怪我して半べそかいてたヤツがこんなにピンピンしてるとなりゃなぁ」
「なっ、別に泣いたりしてないわよ!」
「どうしたんスか、騒がしいッスよ」
「船長、どうかしやしたか」
別の座席に座っていたポニーテールの快活そうな女性と、筋骨隆々でスキンヘッドな男が騒ぎに気付いたのかこちらにやってきた。
「あぁ、聞けよ二人とも。ミヤカのヤツ、怪我が治ったらしい」
「え? さっきまで、もう動かないかも! とか言って泣きじゃくってたのが?」
「だーかーらー!」
「まぁまぁ落ち着いてくださいよ姉さん。ホントに怪我治ったんで?」
「ぐぬぬ……ハァ……そうよ。この子、アイリちゃんが治してくれたの」
二人が一斉にこちらを見てきたのでお辞儀で返す。
「へぇぇ、かわいいッスねー。しかもおっぱいデッカイ。
私はニーナ・ハルベルト。よろしくッスアイリちゃん」
「ほぉ、この子が例の魔法少女ですかい。俺はグラッツ・ゴラッツ」
握手を求められたのでそれぞれに笑顔で返す。これから遠いイルフィリアって場所まで送ってくれるのだから、感謝しなければ。
「んじゃ、まず調査結果報告と、新しい仕事見つけるために惑星アルスアに戻るとするか」
は?
「え……ノーワン船長、今なんて言いましたか……? 惑星?」
「おう、惑星アルスア。なぁにこの船なら2日もすりゃ着く。マーク、目的地アルスア」
『了解ですキャプテン。目的地を惑星アルスアにセット、発進前システムチェック開始』
急に男の声がブリッジに響き渡る。周りを見回すが、紹介された人物以外は見当たらない。
「そうだ、こいつも紹介しとかねえとな。こいつはマークライト。この船に搭載されてる制御コンピュータさ」
そういってノーワン船長は、先ほど座っていた座席の前にある丸い画面を、コンコンと叩く。
『ようこそアイリ、ハルベルト・テック社製、汎用多目的宇宙船、アストラへ。私はマークライト、マークとお呼び下さい』
またも、ブリッジに声が響き渡る。皆の真剣な表情を見ると、どうやらドッキリなどではないらしい。
この世界がどのような世界なのか、今ので理解できた気がする。近未来的な服装、光線銃に機械の巨人、そして……宇宙船。
神様が言っていた、少し不思議な世界という言葉。
そう、この世界は、
「SFの世界だ……」
「よっし全員座席に着いたな。嬢ちゃんはニーナの隣に、補助席あるからそこ座りな」
『キャプテン。全システム異常なし、安全確認完了。シフト・ドライブ・ジャンプ、いつでも行けます』
「発進!」
船は少し前に進んだ後、2本の光の筋を残しながら、強い光の中にその姿を消した。