神様からの贈り物
暗い廊下を、ただひたすらに走る。
休んでいる暇など無い。後ろから響くガギンッガギンッという重い足音が、鋼鉄の殺意が迫ってくる事を伝えてくる。足音は遠のいてはいるが、このままでは追いつかれるのも時間の問題だろう。
道が分かれている場所もあったが、迷っている余裕は無いので自分の直感を信じて進む。
というかこの新しい体、走りにくい。ただでさえ慣れていないスカートな上に、必要以上に育った胸がバルンバルン揺れる。
「だぁァッ! なんだこの必要以上なデカさはよォ! こんなデカくしたの誰だよッッ!」
自分である。しかし、今更小さくなど出来はしないので両手で押さえつけながら走る。
いつの間にか、後ろから迫ってくる音は消えていたが、戻ればまた機械兵に出くわすかもしれない。
息を切らしながらしばらく走っていると、壊されたドアのようなものが見えた。そのまま中に飛び込むとそこは、広間だった。燭台の光で薄く照らされているだけの部屋で、机のようなものがいくつか置かれており、その上にはボロボロになった紙やファイルが散乱していた。壁には棚が並べられ、割れたビンが何個も仕舞われている。そしてひときわ目立つのが部屋の中央に置かれた欠けたアーチ状の機械。どのように使う物なのかさっぱりわからない。
「なんだここ? 研究室?」
男の子特有の好奇心に駆られたが、ガキンッという音で我に返る。機械兵だ。音がどんどん入り口の通路から近づいてくる。
急いで別の出入り口を探すが見つからない。この部屋で行き止まりのようだ。隠れてやり過ごすしかない。そう思った俺は一つの机の裏にしゃがみこんだ。
見つからないようにそっと机の裏から覗いていると、入り口からぬうっと頭が出てきて腕、胴体、足の順番で屈みながら部屋に侵入してくる機械兵が見えた。頭に付いたレンズで広間を見渡し始めたので慌てて身を隠す。
(頼む……そのまま気付かないで行ってくれ……)
しばらく動きが無かったが、機械兵は、部屋から出て行こうとしていた。
ふーっ危なかった。と安心しきった俺は、
割れたビンの破片を、思いっきり踏んだ。
「あっ」
パキッという小さい音だったが、ほぼ無音だった広間には、十分すぎるほど響いた。
機械兵は俺に気付き、即座にその太い腕を俺に向け、発射してきた。
「――ウッソッ!?」
机が吹き飛ばされ、それに巻き込まれる。避ける事が出来ず、もろに胴体に受けてしまい、そのまま壁に叩きつけられ、床に落ちる。
「カヒュッ」
肺から空気が一気に抜け、視界が揺らぐ。
意識が薄れていく、手や足に力が入らない、前世での死を思い出す。
俺また死ぬのかな……この世界来てからまだ何もしてないのに……。
まだ……自分がやるべきことすら…………見つけてないのに…………。
……………………。
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「ハァーイ! ミスター……じゃなかっタ。ミスセオ!」
「エ、○ディ・マ○フィー! じゃないや神様!」
真っ白な空間で、眼前に神様が現れた。いきなりドアップで現れるの正直やめてほしい。しかし、神様がいるって事は俺また死んだのか。
「ン? あぁ大丈夫だよミスセオ、君はまだ死んではいなイ。気を失っただけサ」
「本当ですか!?」
「あぁ平気サ、こちらから君の見ている夢を使って連絡しているだけだヨ」
しかし、あの状況で生きていてもそのまま殺されるだろう。
「アー……それで今更連絡しに来た理由なんだけド――」
「それは私から説明いたします」
女性の声がしたかと思えば神様の横、何もない空間からすうっと、音も無く美しい女性が現れた。
「はじめまして瀬尾マサト。私は、エイディと同じく世界を管理する神、ホルムと申します」
「は、はじめまして。お、おぉぉ……」
凄まじい美人だ。つい見蕩れてしまうほどに。短く束ねた髪が黄金の輝きを放っている。服装も、隣のスカジャンジーパンの神と比べて、かなりそれっぽい。
「今回、貴方にあることを成し遂げてもらうため異世界へと転生してもらったのですが、どこかのバカでアホなノータリンの使えないクズのチクショウなゴクツブシのデキソコナイ――」
「あ、あのー、ホルム様。心当たりがあるのか、エイディ様が泣き崩れているのでその辺で」
「あぁ失礼しました。続けますね」
……凄まじい美人だ。
エイディ様はというと、体育座りでシクシク泣いていた。サングラスの下に涙が輝いている。
「オホンッ、という訳で転生してもらったのですが、加護を授けていないということでして」
「加護?」
「簡単に言うと異能の力や特異な力を持つ道具のことです。」
神様にこの世界へ送られたときになりたい姿のイメージは聞かれたが、どんな力がほしいか等は聞かれていない。
「確かに、この体は、見た目相応の能力だったかと」
「でしょうね。変えたのは本当に姿だけのようですし」
「ハハハハ! ゴメンチャーイッ! 忘れてたんだヨ! 許してネ♡」
「フン゛ッ゛ッ゛!」
ホルム様の下段突きが綺麗に、座っていたエイディ様の顔に入り、ドゴォッという鈍い音がした。拳を放った女神は、何事も無かったように話を続ける。
「フーーッ、という訳なので今から貴方に加護を与えます。ここのクズが」
「あ、じゃあ、ついでに見た目変えたりとか」
「それは出来ません。一度世界に降り立った肉体を作り変えるのは禁忌とされています」
キャラクリエイト変更券は、神に仇なす行為らしい。
「君に渡す加護はこれサ」
割れてしまったサングラスを予備のサングラスに交換しながらエイディ様が右手を差し出してくる。
その手の中には、小さなウエストポーチが握られていた。
今の俺の体に合わせて作られたのだろうか、
市販で売っているものよりも少し小さめだ。
「このアイテムポーチを受け取りたまエ。中のアイテムや武器は君をきっと手助けしてくれることだろウ」
「あ、ありがとうございます! って、この大きさじゃ武器なんかは――」
入っていたとしてもナイフぐらいだろうか。そう思い、受け取ったアイテムポーチを開けて中を覗いたが、そこにあったのは暗闇。いろんな角度から覗くが、中身を確認することは出来なかった。
「中身が多いからネ、そのアイテムポーチを少し弄らせてもらっタ」
「これ、どうやって中身の物を取り出すんですか?」
「手を入れれば、中身のリストが君だけに見えるようになるかラ、後はその名前を頭に浮かべながら、手を引き抜けばそのアイテムが出てくるヨ。中は完全に時間が止まった別空間になっているかラ、食べ物をその中に仕舞ってもオッケー!」
四次元○ケ○トか何かか。
「○次元ポ○ットみたいですね」
ホルム様○ラえ○ん知ってるんだぁ……。
「では瀬尾マサト。そろそろ貴方の目が覚める時間です」
「それじゃーネ! ミスセオ! バイバァーイ!」
「えっちょっと待ってください! まだ心の準備が――」
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言い切る前に夢の世界は霧散し、俺は現実へ引き戻された。
目が覚めると、腹部に痛みと圧迫感を感じたので視線を落とすと、
機械兵の腕に、俺の体がガッチリと掴まれて持ち上げられていた。
「ヤベッ――」
先ほどのミヤカさんの左腕が折られたことを思い出し、背筋に悪寒が走る。か細い両手を必死に機械兵の腕に叩きつけるがビクともしない。機械兵はそんな俺を、頭のレンズでじっと見つめてくる。
そのとき、自分の手に、夢で渡されたあのポーチが、いつの間にか握らされていることに気が付いた。
「こ、これ、さっきの夢の!」
藁にも縋る思いで、アイテムポーチを開けて、乱暴に手を突っ込む。目の前にゲームのウィンドウのようなものが現れ、少し戸惑ったが、それを片っ端から目で確認していく。
何かこの状況から助かるモノ……何か……何……か…………あれ?
神様から渡されたはずのアイテムポーチの中身のリスト。何故かどこかで見たことがある気がした。
『深緑銃ゼルクォーツ+5』、『光剣フィルマージ+7』、
『セローブレード』、『ユニコーンホルン+10』、
『蒼穹の弓矢+2』、『呪文書「ウル・ザント」』、
『中級レッドメイト』×32、『下級ブルーメイト』×117、
『家具「アンティークチェア」』、
『イベントアイテム「ケイのチョコ」[期限切れ]』etc...。
そこで俺は気付く、この名前、
全部ゲームで見た。
「これ、まさか……」
正確に言うと、ゲーム『ピース・ゼロ』の今の俺の姿のアイテム倉庫で見た。
「『アイリ』の倉庫内アイテムじゃねえかああああああああーーー!」