神様のケアレスミス
天国魂転生案内所。瀬尾マサトを異世界へ送った神エイディは、専用オフィスで鼻歌まじりに机の上の書類に目を通しては判子を押していた。しかし、そんなご機嫌なエイディのオフィスの扉がいきなりバァン!と音を立てて開けられる。
「エイディ! どういうことか説明なさい!」
扉の向こうから出てきたのはエイディと同じ、世界を管理する女神ホルム。その顔は、強い怒りの感情に染められていた。
「ハハハ! どうしたんダいホルム! せっかくの美人が台無しだゼ?」
「どうしたもこうしたもありません! あの世界のことについてですッッ!」
机を両手でバァン!と叩きながら彼女が怒鳴る。衝撃で積んであった書類が、バサバサと音を立てて部屋中に散乱した。
そろそろ来るかな?というのはエイディもわかっていた。何せ、あの高校生を送り込んだ世界は、凍結処分が決定していたからだ。
「何故新たに魂を送り込むようなことをしたのです!? あの世界が死ぬのはもはや確定事項! どんな手を尽くしても無駄だと言っているでしょう! それもあんなどこにでもいるような魂を――」
「そうでもないサ、あの世界はまだ救える。それにそのまま凍結したら中にいる命達はどうなル? 『あの男』と一緒に輪廻転生の理から外せと?」
「それはッ、必要な犠牲です……『あの男』はすでに神の命を脅かす存在となっているのです。エイディ……私は貴方を心配しているのですよ……」
『あの男』、神に弓を引く者、神殺しの実行者。
ホルムが心配するのは当たり前だ。あの世界の前任者、私の親友は、『あの男』に殺されている。
――だがそれでも、私は親友が愛したこの世界を……。
「あなたの気持ちはわかります。ですが、貴方まで失ったら……私は……」
彼女はその美しい瞳に、涙を浮かべながら弱々しく呟く。
見ていられないなと思いながら、エイディはホルムを抱きしめ頭にポンポンと手を置く。
「泣かないでくれホルム。大丈夫サ。彼が、瀬尾マサトが必ずうまくやってくれる」
「何故あんな少年をそこまで信じられるのですか。贔屓目に見ても、ただの高校生ではありませんか」
「ハハハ! 確かに! ここにもっと笑えること書いてあるヨ! 見てみル?」
そう言いながらエイディは、机の上に残っていた書類を2枚手に取り、ホルムの前でちらつかせる。
「そんなものを見ている場合では――――!」
突然、ホルムはその2枚の書類をエイディから奪い取り、読み進めていく。
その書類は、エイディが送り込んだ高校生、瀬尾マサトの家族構成図と、
ある人物の資料だった。
「な、何故……何故です? 同一人物?」
「私も最初見たときは度肝を抜かれたネ! 我々の管理下でこんなことが起こっていようとは」
「まさか、あの事故を回避したのも?」
「そういう事だろうネ。本来いない人間なら納得サ」
「……これが彼を送り込んだ理由ですか」
「そうサ、彼ならばきっとあの男に辿り着ク。それが因果ってモノさ」
エイディの思惑を聞いた彼女は、しばらくその場で考え込むと何かを決心したのか扉へと向かっていく。
「エイディ、貴方の考えはわかりました。私も時間稼ぎのために、これから最高神にこの事を報告し、掛け合ってみます」
「よろしく頼むよ。私の話じゃマトモに聞いてくれないからナ、あのお爺ちゃん達は」
「ですが、約束してください。貴方に危険が及ぶようであれば、即座にあの世界を凍結、処分すると」
エイディはしばらく考え込んだあと、渋々頭を縦に振る。
「そんな結果には、なってほしくないけどネ」
「私も、信じます。貴方が送り込んだ加護を受けし魂が、必ずや『あの男』を打ち倒し、世界を救うことを」
「ンっ?」
「どうしました?」
今のホルムの言葉に、エイディは何故か違和感を覚える。
「ゴメン、ホルム、今の言葉もう一回お願イ」
ホルムは少し不思議そうに自分の言葉を復唱する。
「え? んーっと、貴方が送り込んだ加護を受けし魂が、必ずや――」
「アー……」
エイディは自分が犯したミスにようやく気付き、汗が滝のように流れ出していた。
「エイディ、いったいどうしたというのです?今の私の言葉、何かおかしな点でも…」
「アッ、いやそノー、えーっとネ……」
言わねばならない。神たるもの誤魔化す事は出来ない。覚悟を決めて、ご自慢のサングラスを外す。
「彼に加護を渡すの、忘れてタ。ハハハッ、ゴメーンチャイッ!」
精一杯の謝罪の意を込めたのも虚しく、エイディの顔面に女神ホルムの正拳が突き刺さった。