これが俺?じゃなくて私?
異世界に到着した俺が目覚めた場所は、倉庫のような場所だった。
6畳ほどの部屋だろうか、あらゆるものが積み上げられ、埃が積もっている本棚が部屋の隅に間を空けて2つほど配置されている。部屋の出入り口に扉は無く、そこから顔を出すと、ところどころ見たこともないような燭台のついた廊下が続いていた。壁はファンタジー世界のダンジョンの石壁などではなく、金属質で表面に細かい凹凸が付いている。また、転生の間も少し薄暗かったが、辿り着いた場所は更に暗い。そして何より寒い、寒すぎる。あまりの寒さに体を縮める。
その時、自分の体に違和感を感じた。服が神様に指定したキャラと全く一致していない。よく見たらメイド服だこれ、なんで?
また、前かがみで組んだ腕に、何か柔らかいものがムニュっと当たっている。
胸板……ではない。柔らかすぎる。
そして、更なる違和感が俺を襲った。その柔らかいものが自分の胸にくっついている。
自分の胸に、思春期の少年が夢見るものがあった。
……巨乳だこれ。
「はぁぁッッ!?」
いやいやいや、待って待って。俺だって思春期の少年だけど自分にくっついてるものじゃ意味ないよ?太っている人が自分の胸見ても喜べるはずがないよ?
自分は確かに、先ほどまで生物学上男だったはずだ。
神様にだって、ちゃんといつも一番上にあるはずのイケメンのセーブデータを指定したはず――。
そこまで考えて思い出した。死んだ日の朝、日課であるゲームのクエスト消化を、途中で切り上げたことに。
『ピース・ゼロってゲームなんですけど、一番上のセーブデータでお願いしまぁぁぁぁぁぁぁす!』
『ピース・ゼロ』のセーブデータの並びは、キャラ選択画面で最後に選んだキャラが一番上に来る。昨日の夜はイケメンキャラでヨシフミ達とボス攻略をしていた為、なりたかった姿が一番上のセーブデータだったが、日課で最後に選んだキャラは――。
ロリ巨乳キャラだった。
髪はプラチナブロンドでお嬢様結い、碧眼でパッチリ二重、肌は透き通るように白く、そして身長は120ピッタリ、極めつけにゲーム内表記で「D」となっていた胸。
待ってほしい。確かに、あんなにイケメンイケメン言ってたのに、何で女キャラしかもロリ巨乳なんだよってツッコミはあると思う。だけどまず理由を聞いてほしい。
『ピース・ゼロ』には他のネットゲーム同様、課金要素がある。その課金によってキャラを着飾るファッション用ガチャを回せるのだが、そのガチャは男用と女用のアイテムが一緒にぶち込んであるのだ。
当然、男キャラでガチャを回そうが女キャラのファッションアイテムが容赦なく出る。髪型とかメイクとか。
そして、交換不可なので使う以外に選択肢は無い。交換出来ていたらカズミのキャラにでも渡しているところだ。
そんなわけで、もったいないし使うかという理由で女キャラを1人だけ作っていた。女キャラの理由については、わかってもらえたと思う。
次は容姿についてだが、ヨシフミとカズミの提案だ。キャラを作る際に、どんな方向性でいこうかな?と考えてきたときにヨシフミがこんなことを言った。
『どうせ作るなら、最大で行けよ』
極端すぎる。と思ったが、どうせ使わないアイテムを消費するためだけのキャラだと納得し、いざ最大身長の筋肉女を作ろうとしたら、次はカズミがこう言った。
『えーどうせだったら可愛くしようよー。私のキャラ猫で作っちゃったし、普通に可愛い女の子も見てみたい!』
と言われたので、二人の意見を最大限交えつつ作った結果である。
胸囲を最大に、身長小さめで可愛く、顔は俺の好きな剣と魔法のファンタジー系美少女として。コスチュームは、よくわからなかったのでカズミの選択でメイド服となっている。
その結果生まれたのがこのロリ巨乳『アイリ』である。名前はカズミのこの言葉、
「可愛いロリキャラ期待してるよ」から。
女キャラ用ファッションアイテムを一通り使った後は、全キャラのアイテムの倉庫番となっており、日曜日の習慣でしかこのキャラで遊ぶことはなくなっていた。
つまりサブキャラである。
「どうしよう……」
声を漏らし、その場にうずくまる。出てくる声さえ可愛らしいものという現実が、自分が完全に女に変わったということを後押ししてくる。
性別まで変わっちゃうとか男子高校生には受け止めきれない。というか、男のアレがないのが非常に落ち着かない。
神様に今からでも連絡を取る方法はあるのだろうか。キャラクリエイトやり直し券がほしい。
しばらくそのまま落ち込んでいたが、部屋の外から足音が聞こえてきた。コツコツと近づいてくる足音に、精神的に参っていた俺はビクついてしまい、ついその部屋の本棚の裏に隠れる。
あとは部屋を通り過ぎてくれるのを待つだけ――。だというのに、足音は部屋の前でピタッと止まった。
人影が出入り口のあたりに立っているのがわかる。出来れば通り過ぎてほしい。この姿を見せるような覚悟は今の俺にはない。
「誰かいるの?」
どうしよう、出るべきかこれ? とか考えている間に、人影は部屋に入ってきてしまい、俺はアッサリ見つかった。そりゃそうだ本棚の間に入ってしゃがんでるだけだし。
顔にライトの光を当てられ、まぶしいので手をかざす。
「驚いた、あなた、いったいどこから?」
そこにいたのは、近未来を感じさせるピッチリスーツの女性だった。腰のベルトには見たこともないような機械がぶら下げられており、帽子をかぶっていて髪を中に仕舞っているようだ。
剣と魔法のファンタジー世界には似つかわしくない拳銃のようなものを構えていたが、俺が怯えていると思ったのか、すぐに胸横のホルスターに仕舞う。
「ごめんね。言葉はわかるかしら?」
「えっと、その……はい」
「よかった。ちょっと待ってね」
女性はそう言うと耳に手を当てて喋り始める。
「船長、中で女の子を発見しました。――臨時休暇? いやいや疲れて幻覚見ているわけじゃないですって――いやだから――えぇ、たぶん外見的にはイルフの民かと」
女性はその後も話し込むと、通話が終わったのか耳から手を離した。
神様が何かしら調整してくれたせいだろうか、日本語で通じるみたいなのでいろいろ聞こう。何から聞いたらいいんだろう? とりあえず、このダンジョンのような場所の情報だろうか。
「ここ、なんなんですか?」
「うーん、それが私達にもわからなくてね。今調査しているところなの。貴方はどうやってここまで来たのかしら?」
調査中? するとこのお姉さんは、調査員かなにかだろうか。しかし、聞かれたら面倒なヤツさっそく来たな。まぁここは適当に迷い込んだとでも……。
「この遺跡埋まってたから、私たちで入り口掘り起こして入ってきたんだけど」
最初に驚いていたのはそういう事か。適当なこと言い出せなくなってしまった。記憶喪失のフリしかない。
「……憶えて……ないです」
「そっか、じゃあ私についてきてくれるかな? さっき話を通したら貴方を連れて戻って来いって言われちゃったの。頭の心配までされちゃったから付いてきてくれると助かるわ」
このお姉さんの正気の証明のためにもここは付いていった方がいいと思い、俺はお姉さんの後を、トテトテと歩いて付いていくのだった。
アイリの挿絵を『悪役は二度目も悪名を轟かせろ!』の大恵様より頂きました!
ありがとうございます!