初めての殺し
(つ、疲れた……)
軌道エレベーターに向かってひたすら走り続け周囲に廃墟が少なくなってきた頃、俺は疲れて地面に座り込み休んでいた。周囲にはまだ人の姿はなく、都市として機能していないことがうかがえる。
(まだあんなに遠いのか軌道エレベーター……。だけど、さっきと違って高層ビルが見えてきた。あと少しだ)
まだ息は上がっていたが、早くニーナさんたちに合流しなければ。そう思って立ち上がった瞬間、
「いたッス! よかったぁー! うわァ血塗れッス!」
走ってきたニーナさんに思いっきり抱きつかれてそのまま倒れそうになった。
「怪我はしてないッスか!? 大丈夫ッスか!? 心配したッスよー!」
(なんでここに!?)
「ん? 消音首輪ッスか。こんなものちょちょいっと……。よし外れたッス」
ニーナさんが腰のバッグから取り出した工具で俺に付けられた首輪を少し弄ると、いとも簡単に首輪が真っ二つになって外れた。
「おぉ、あ、あー。ありがとうニーナさん! でもなんでここに?」
「うっ……誘拐されたのは……私のせいッス……。私が目を離したから……だから……」
ニーナさんは申し訳無さそうに俺に伝えてくる。その目にはうっすら涙が浮かんでおり、いつもの明るさは感じられなくなっていた。
「でも、助けてくれたじゃないですか」
「え……」
「声出なくて困ってたんですよ、魔法も使えなくて。それにこんなに危険なところに迎えに来てくれたんだし言うこと無しです」
「アイリちゃん、私のこと嫌いになったりしてないッスか……?」
「なるわけないじゃないですか。大好きですよ、ニーナさん」
出来る限りニーナさんを安心させるために満面の笑みで俺は答える。嫌いの反対は好きだからこれであってる……よな? 冷静に今のセリフ考えたら恥ずかしくなってきた。
「あ、ありがとうアイリちゃん! ……式は盛大に挙げるッスよ!」
ニーナさんは目元を拭うと、いつもの明るい笑顔でもう一度俺を抱きしめてきた。式って何のことだろう? まぁ元気になったようなら何でもいいか。それよりもニーナさんに伝えることがあったような……?
「そ、そうだ! 本当に狙われているのはニーナさんです! 早くここから逃げないと!」
「それじゃあ早くみんなのところへ一緒に戻るッスよ!」
「はい!」
立ち上がってニーナさんと歩き始めたその直後、
「へぇぇ……そいつがニーナか」
「――! ニーナさん!」
「えっ、うわ!」
路地から突然、男の腕が伸びてきてニーナさんを掴み、引きずり込んだ。
「ヒヒヒ……お嬢ちゃんを追ってきただけだったが、まさか大本命がいるとはなぁ」
「ゼイクス!?」
コイツ、ぬいぐるみから這い出てきやがったのか。
「離せ! 離すッスよ!」
「騒ぐんじゃねえ殺すぞ! テメェも動くなクソガキィ!」
「くっ!」
ゼイクスは短剣を取り出し、ニーナさんに向けた。俺はどうすることも出来ず、その場で立ち止まる。
ん? あの短剣……。
「へへっ、ここまで案内してくれてありがとうよお嬢ちゃん。おかげで依頼も無事果たせそうだ。だけどその前に……お返しをしねえとなッ!」
「――ぐぅぁっ!」
ゼイクスはニーナさんを抱きかかえたまま、俺の腹に蹴りを入れてきた。サッカーボールのように体が浮き上がり、道の真ん中まで吹き飛ぶ。
「アイリちゃん! アンタ女の子に何をするッスか!」
「黙ってろよニーナァ……。大人しくしてればテメェは殺さねえ。これは教育だァ……」
ゼイクスはそのまま俺に近寄ってきて何度も、何度も踏みつけてきた。
「生意気なガキはッ! こうしてッ! 罰をッ! 与えねえとなァッ!」
「がぁっ――ぐっ――うぇっ――――」
「やめて! 私さえいればそれでいいでしょ! その子には手を出さないで!」
「おぉ、なんと献身的な……まぁいいぜ。ニーナに感謝するんだなクソガキがッ」
「ぐぁっ」
最後に頭を蹴ると、ゼイクスは俺に対しての暴力を止め、ニーナさんを連れて路地へと向かっていく。やめろ、その汚い手を離せ、ニーナさんを返せ。
「……テクニックコード――光身癒」
俺は魔本を取り出し、全身に光身癒をかける。まだ体に痛みはあったが、両足に力を込めて立ち上がり、路地へ踏み込もうとするゼイクスに向けて口を開いた。
「待て変態……。俺に相手されなかったのがそんなに悔しいか?」
「あ゛ぁ゛!?」
「あ、アイリちゃんもういいから! あれ? 今、俺って――」
ポーチに手を入れて、呪文書を取り出し、魔本へと近付ける。雷電鳥ではニーナさんを巻き込む恐れがあるが、今覚えたこの魔法なら自分で加減が出来るはず。
「どうした? 俺を犯すんじゃなかったのか? それとも――」
両手を広げて俺は精一杯、ゼイクスに向かって微笑みかける。しかし、これは肯定的な言葉をかけるためではない。人をバカにする為の微笑。目の前のコイツに殺意を抱かせるために――。
「――アッチに自信ない?」
「ぶっ殺すゥァアアアアアア!」
ゼイクスはニーナさんをその場に突き放し、短剣を構え、こちらに突撃してくる。
「テクニックコード――炎励攻!」
魔法陣が地面に浮かび上がり、俺の体をうっすらと赤い光が覆う。だがゼイクスは俺を殺すことで頭の中を埋め尽くされているのか、全く気にする様子はなく、そのまま突っ込んでくる。
「死ねクソガキィィィィィィィ!」
「アイリちゃん! 駄目ぇぇぇぇぇええええ!」
そして、振り下ろされた短剣が俺の首に触れかかったそのとき、
青い閃光が走り、ゼイクスの手から短剣が零れ落ちた。
「なっ――」
ゼイクスが持っていたのは俺が地下室から逃げるときに落とした短剣『ブリーズ・ダガー』。装備条件は打撃力800。賭けだったけどお前には振れなかったみたいだなゼイクス!
そしてさっき使った魔法は身体能力強化の魔法。体に力が漲り、いつもより動きのキレが良くなったのを実感する。
俺は混乱しているゼイクスの懐に踏み込み、拳を握り締め、ある一点目掛けて強く突き出す。身長が低い今の俺に狙える急所はここだけだ!
「何しやがっ――」
「砕け散れェェェェェェェェェエエエエエエエエエ!!!!!」
――俺の小さな拳は鈍い音を響かせながら、
「ゥォホォッ――!!!!!」
ゼイクスの股間へと、深くめり込んだ。何かが潰れたような感触が拳の先から伝わってくるが、俺まで動けなくなりそうなので深く考えるのはやめた。
「ハァウッ――グゥゥッ――アゲェァッ……!」
ゼイクスは白目を剥き、股間を押さえながら、その場に崩れ落ちる。お前はもう、男として死んでいる……。
「アイリちゃん!」
「ニーナさん、怪我ないですか?」
「いや、私は大丈夫ッスけど……アイリちゃんその腕大丈夫なんスか……?」
「えっ?」
殴った方の腕を指差してニーナさんが心配そうに言う。そしてその腕へと視線を移すと、
間接が一つ増えたかのように、前腕がくの字に曲がっていた。
「……」
「アイリちゃん?」
「痛いいいぃぃぃぃっでええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「あ、アイリちゃーん!?」
その後、俺は泣きながら折れた腕に光身癒を使うことになった。
ニーナさんが警察に通報したのでゼイクスは逮捕され、おっさんにやられたカイネ、ボーロも俺の証言で仲良く御用となり、この誘拐騒ぎはひとまず、幕を閉じた。




