不死身のヒゲ紳士
脇目も振らず、廃墟ばかりの街を走る。しかし所詮は子供と大人、機械兵の時のようにはいかない。どんどん距離を詰められていく。
「ガキィ! 本気で逃げられると思ってんのか!」
後ろから聞こえてくる怒号はどんどん大きくなっていく。このままでは追いつかれる。そう思った俺は狭い路地へと逃げ込むことにした。体の小さい今の俺ならば体勢を変えなくても入ることが出来るが、追ってくる二人はそうもいかない。しかし、カイネとボーロは諦める様子はなく無理やり路地を突き進んでくる。
(まだ追ってくんの!? だったら道を塞いでやらぁ!)
ポーチに手を突っ込み適当な家具アイテム、椅子やテーブル、スタンドライトなどを後ろにばら撒きバリケードを作り上げる。
「このガキ、こんなモンどこから……! おいカイネ戻れ! 別の道探すぞ!」
家具バリケードで姿は見えないが、どうやら一旦引いたらしい。俺はそのまま路地を抜けて先ほどとは別の通りへと抜け出た。すぐに周囲を見渡してあるものを探す。あれだけ大きなものならば、探せば必ず――、
(あった! 軌道エレベーター!)
空へと伸びていく白い管、このアルスアへ降りてくるときに使った軌道エレベーターが遠くに見えた。アレに向かって走り続ければ、ニーナさんたちと合流できるはずだ。そう思いながら駆け出した瞬間、
(ぷぎょっ……)
別の路地から出てきた人にぶつかってしまった。ま、まさかもう回り込んできたのか!? と思い、顔を上げるとそこにいたのは、髭面のおっさんだった。黒のコートに身を包み、黒髪でぼさぼさの縮れ毛、何より目立つのは髪との境界線がわからぬほどの大量の髭だった。
「大丈夫か嬢ちゃん、悪いな」
(あっいえこちらこそ――って声でないか)
「んん、どうした? 声が出ないのか。……消音首輪か」
髭のおっさんは俺の首についている首輪に手を伸ばしてきた。一瞬見えた手には無数の古傷がついており、俺はギョッとした。しばらくの間おっさんは俺の首輪を触っていたが、手を離して一言。
「すまないな、コレは俺には外せん。力になれなくてすまんな」
と、申し訳無さそうに言った。俺は身振り手振りで気にしないでほしい旨を伝える。
「それと全身血だらけなんだがどこか怪我をしているのか?」
どうやって説明すりゃいいんだろこの回復薬血糊。
「見つけたぞクソガキィ!」
(ゲッ!)
いつの間にかすぐ後ろにカイネとボーロが息を切らせながら走ってきていた。こんなことしてる場合じゃなかった! おっさんに軽くお辞儀をしてその場から逃げようとしたそのとき、
「追われているのか。なら、こちらで力になるとしよう」
おっさんは俺を隠すように前に立つ。やだ、このおっさんイケメン……。
「おい、誰だか知らねーけど今俺達は気が立ってんだ。さっさとそのガキこっちに寄こせ」
「お前達は待つことが出来ないのか?」
「あ?」
「この子はあと10年もすれば、美しいレディになるだろう。味わうならば大きく実ってからだ」
出来れば10年後も味わってはほしくねえなぁ……。
「ハァ? 寝言は……寝て言えってんだよ!」
ボーロはおっさんに殴りかかる。おっさんは突き出された拳を左手で軽く受け流すと距離を詰めて、
「なっ――ぱグゥッ!?」
拳を強く握り締め、裏拳をボーロのアゴへと放った。よほど強く殴られたのか、ボーロの頭が真横へ吹っ飛び体もそれに引っぱられるように続く。そして地面へ倒れ込み、そのままピクリとも動かなくなった。うわおっさん強い。
「へぇー、ボーロこれでも喧嘩負け無しだったんだけどなぁ。ま、俺は弱いからコレ使うけど」
そう言ってカイネが懐から取り出したのは銃。ミヤカさんが持っていたものと違い、前世の世界の警察が持っているような回転式拳銃だ。
「んじゃ大人しくガキをこっちへ――――っておい聞いてんのか?」
「撃ったらどうだ?」
「は?」
(は?)
おっさんは動じる様子もなく、そのままカイネへ向かって歩いていく。
「おい止まれ。止まれっつってんだろ! 玩具とでも思ってんのか!?」
「本物だろう。見ればわかる」
(ちょ、止めないと!)
「あぁそうかい……。じゃあ死ね」
(やめ――)
カイネはおっさんに向けて引き金を引く。パァンという音がして、おっさんの背中から赤い飛沫が吹き出た。
(おっさーん!――――え!?)
だが、おっさんは止まるどころか更に歩みを進めてカイネの目の前まで辿り着いていた。え、どうなってんの? おっさん不死身?
「はぁ!? ふ、ふざけんな! このっ! このっ!」
パァン! パァン! と連続して発砲音が聞こえ、その度におっさんから血飛沫が吹き出た。だがおっさんが倒れる気配はまるでない。いつしか発砲音はしなくなり、代わりにカチッカチッという弾切れの音に変わっていた。
「ば、バケモノ……」
「どうした弾切れか? あと20発ほど撃てば死ぬかもしれんぞ」
カイネはその場に尻餅をつき、後ずさりをする。当たり前だ、目の前に5発も銃弾を浴びせて死なない人間がいたら誰だって怖いわ。
おっさんはそんなカイネにがっかりしたかのように側頭部に蹴りを入れ、カイネが気を失ったことを確認すると何食わぬ顔でこちらに戻ってきた。
「終わったぞ嬢ちゃん、怪我はないか」
いや大怪我してんのアンタだよ。腹に3つ、胸に2つ、合計5つも風穴開いてるじゃねえか。俺は急いでポーチから回復薬を取り出し、おっさんに差し出した。
「ん、なんだこれは? 飲めと? ふむ……ぐぅっ!?」
不死身の男ですら顔が歪むほどかこの回復薬。
「うっ、ぐうっ、う゛ぅ゛ん゛! 不味いな……」
(デスヨネー)
「だが、穴が塞がった。何の薬か知らんが、ありがとうな嬢ちゃん。それじゃあな」
(こ、こちらこそありがとうございました!)
去っていくおっさんに対して深々とお辞儀をする。何者なのかわからないけど、また会ったら今度はちゃんと声に出してお礼を言わないと。
胸を揉まれたお返しとして失神しているカイネの頭を少し蹴飛ばし、俺は軌道エレベーターへ向かって再び走り始めた。




