初体験の危機
男は俺を脇に抱えたまま走り続ける。いつの間にか周囲の景色が先ほどの町並みとは打って変わって、寂れた廃墟ばかりになっていた。
男は一つの小さな廃ビルの前で止まると、ガラスのひび割れた動かない自動ドアを強引に開け、中へと入りロビーらしき場所で大きく叫んだ。
「カイネ! ボーロ! お嬢様を捕まえてきたぞ!」
声を聞いて二人の男が奥から顔を出す。一人はロン毛、もう一人はヘアバンドで髪をまとめており、どちらもサングラスをしていた。
「ゼイクス、お前にしては早かったじゃないか」
「お嬢様をそこのソファに置いてさっさと着替えて来い」
「おう、あらよっと」
ゼイクスと呼ばれた男は俺を乱暴に汚れたソファに放り投げる。もっと丁寧に扱えよ体だけは女の子やぞ。
「さぁて、お嬢様とご対面っと――あ?」
「どうしたよ?」
「ゼイクス、お前に渡したメモ、ちゃんと読んだよな?」
「当たり前だろ」
「じゃあなんでこんなガキ連れてきてんだよアホンダラァ!」
ヘアバンドの男がゼイクスに掴みかかる。当のゼイクスは意味がわからないというような表情を浮かべていた。
「ハァ!? 何言ってんだボーロ! ちゃんとメモに書いてあったこと確認したぞ! 10番ハンガーのアストラに乗ってて最年少、ジャンクパーツショップ近くにいたから機械好きって部分も大丈夫だろ!」
「名前は確認したか?」
「名前は……名前なんだっけ?」
「ニーナだよ! ニーナ・ハルベルト! メモにも書いただろ!」
コイツら、ニーナさんと俺を間違えたらしいな。早くここから逃げてこのことを伝え――、
「それに言っただろチチが無い方だって! こんなデカチチじゃねえよ!」
情報は正確なほど良い。今の発言も憶えておこう。
「どうすんだよこのガキ。ニーナじゃなけりゃ金なんて要求できねえぞ」
「じゃあ今からお前がニーナを攫ってくるかボーロ?」
「まぁ待て二人とも」
言い争っている二人をロン毛の男が止める。消去法で考えると、この男がカイネだろうか。
「確かにこいつはニーナじゃないが、見ろ。ガキにしてはいいもの持ってるし、顔立ちもなかなか。上流階級の変態共にでも売りつければ金にはなるだろう」
そう言いながらカイネは嫌な笑みを浮かべながら俺の胸を揉んでくる。ニーナさんに触られたときとは違い、不快感が体中を駆け巡る。あまりの不快さに俺はカイネを強く睨みつけた。体が痺れていなければ噛み付いてやったところだ。
「おー怖い怖い。ゼイクス、このガキを地下室にお連れしろ。手は出すなよ価値が下がる」
「へいへい、カイネとボーロはどうすんだよ」
「俺はそのガキの売りつけ先を探す。ボーロは新しい消音首輪を手に入れて来い」
「チッ、わかったよ」
カイネはロビー奥の階段を上っていきボーロは廃ビルの外へ出て行った。ゼイクスは俺を再び脇に抱えると、階段を下っていく。降りた先は狭い通路となっており突き当たりの小窓付きの扉を開け中へと入る。部屋の中は何も家具が置かれていないまっさらな状態で床のタイルはところどころ剥がれており、切れかけの電灯が辺りを照らしていた。ゼイクスは俺を部屋の隅へ置くと、扉に外から鍵を閉めて行ってしまった。
(やっと痺れが取れてきた……とりあえず光身癒かけて、雷電鳥でさっさと扉ぶち壊して逃げ――あっ)
そこまで考えてふと自分が置かれている状況を思い出した。
(声出ないけど魔法って使えるのか?)
考えてみれば今まで魔法使うときは必ずゲームと同じ手順を踏んでいた。テクニックコードと言ってから魔法の名前を呼んでいたが、今、俺は呼吸音すらしなくなっている。
(テクニックコード!)
魔本をポーチから取り出し、声は出ないがいつもと同じように口を動かしてみる。しかし魔方陣はどこにも現れず、部屋の中は静かなままだった。
(発音しないと魔法使えないのか。参ったなぁ)
スタンガンの痛みがまだ残っており、体も十分には動かなかったので回復魔法を使いたかったのだが仕方がない。ポーチの中からゲームの回復薬『中級レッドメイト』を取り出す。手のひらほどの大きさのビンに血のように真っ赤な液体が入っており、他の武器などと同じようにゲームと同じ見た目をしていた。体力を回復するためと自分に言い聞かせ、恐る恐る口をつけるが、
(マッズゥ……)
口に含んだ瞬間、なんとも言えない苦味が口の中に充満し思わず吐き出しそうになる。何とか堪えて半分まで飲み干すと体の痺れが消え、痛みもみるみるうちに引いていった。
(おぉちゃんと効いた。しかし見た目も味もひどいな)
体が万全の状態になったところで次は、この地下室から出る方法を考えなければ。
ポーチに手を突っ込み使えそうなものがないか、必死にリストを確認するが、前回と同じく灰色の文字が呆れるほどに羅列していた。
(やっぱ武器は使えないか。ステータスって何すれば上がるんだよ……。というか俺、自分のステータス画面見れないしレベル自体あるかどうかすら怪しいんだよな……)
何度リストを見ても武器で装備できるものは無かった。白い文字で表示されているものは装備条件の無い消耗品、モンスターを倒したときやフィールド探索で獲得できる素材アイテム、ゲーム内の自室に置ける家具アイテム、それと無駄装飾の服などだった。
(すぐに脱出したいけど扉を壊せるものは……無さそうだな。だが諦めないぞ、たとえ何日かかろうとこの廃ビルをを脱出してみせ――)
「お嬢ちゃーん、いい子にしてるかなぁ」
突然、扉の小窓をスライドさせてゼイクスが部屋の中を覗いてきた。慌てて魔本と回復薬を体の後ろに隠したおかげで見られることはなかったようだ。
「カイネは手ぇ出すなって言ってたけどよ。そんなの無理だよなぁ。ここんところ女を抱いてねえんだしさ、ちょっとくらいはいいよなぁ。さっきお嬢ちゃんを抱えてたときの柔らかい感触が忘れられねえんだよぉ」
(えっキモッ、コイツ何言って――)
「だからよぉ、今日の夜、いっぱい愛し合おうな♥」
(お断りじゃボケェェェェェェェェェエエエエエエエエエ!!!!!)
まさしく声にならない叫びはゼイクスに届くことはなく、無常にも小窓が閉められる。
不味いマズイまずい! 脱出期限が今日の夜までになっちまったじゃねえか! ロリ巨乳の姿は想定外だけどこの世に生まれて約3日しか経ってねえんだぞこんなところで処女散らしてたまるか! 考えろ、何とかしてこの扉をぶち破るしかない。ぶち破るまではいかなくてもせめて開けられれば……。
(嫌だぁぁ! 優しいイケメンならまだしもあんなのが初体験とか嫌だぁぁぁぁ! もう死ぬしか――――ん?)
死ぬ……? 先ほど体の後ろに隠した回復薬を開けて、掌の上にビンの中に入っている液体を少し垂らす。液体は俺の肌に染みこむ事無く、小さな赤い水たまりを作る。
(そうだ、別に扉を壊して出る必要はない。誰かが扉を開けざるを得ない状況を作ればいい)
掌の上の液体に口をつける。しかし、これは飲むためではない。
(よし、――死ぬか)
ニーナさんに危機を伝えるため、そして自分の処女を守るため、一見するとすごい後ろ向きな覚悟を俺は決めた。




