0・事の終わり
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魔術騎士団員ナロースの提案した魔術騎士学校への誘いに乗ったユウナとレナを含む孤児院の子供達は直ぐにマナリムの中心街へと連れられることとなった。
馬車から降りた時には、塀に囲まれたどこかの建物内ではあったが、見上げれば貧民街の外周四十八番街からは見ることも出来なかった巨大な王城の姿を望むことができる。
間近に王城の偉容を拝めるのは中心街に来た証だ。皆、夢のような気分であった。
そして到着の初日、一つの広間に集められたユウナとレナを含む子供達の前には、孤児院を訪れたナロースと一人の騎士、そして如何にも研究者といった出で立ちの中年の男が一人。
「えー、皆さん初めまして。私はカルド・ワーキンスと申しまして……まぁ、マナリム国のお抱えになる程度には偉大な学者でしてね、機会があれば気軽にカルド先生と呼んでください。ええ、今回は皆さんの体調管理を中心として関わる機会が多いと思われるとのことで挨拶をですね……」
カルドと名乗った研究者の男は一人事のように、しかし、確かに強い熱の籠もった語り口で挨拶をしていく。明確に変人の雰囲気を纏っている男だ。
その話に早くも飽きが来た子供達の多くは眠そうにしている。
だが、ユウナとレナは眠気を感じることもなく、カルドの言葉や動きに注視していた。
今更ではあるが、この騎士学校という呼び掛けは何か変だった。
このカルドといういかにも研究者の男もそうだが、養父であるジムルの事も気にかかる。
この騎士学校に到着した際、ジムルとは別れることとなってしまった。ナロースは、ジムルも中心街勤めに戻るために後でいくらでも会えると言い、気分の高揚していた子供達は皆それを信じた。
ジムルは、馬車の中では皆とは同席せず、別れ際も結局皆と殆ど言葉を交わさず、ただ一言「また必ず会いに来る」と残したきりだ。元々多く物を語る人ではなかったが、今では妙だったと感じられる。
そしてこの場には、ユウナとレナを含むジムルの孤児院にいた子供達だけしかいない。
ユウナとレナ以外に不安を感じている子は一人もいないようであり、疑い出すとそれも不審に思えてきてしまう。
そんな不安をよそに、研究者の男カルドは熱く語り続けている。
「──えー、この世の中には一つ“人”と言っても、幾つもの種族が存在しますね。極めて筋力の高い“鬼人種”! 柔軟で力強い身体に鋭敏な感覚を持つ“獣人種”! 竜の如き身体特徴と力を持つと言われる“竜人種”!総じて高い魔力を持ち、天の使いの如き美しさをも持つという“妖精種”……は絶滅してしまったのでしたか……。が! 他にも! 亜人種と称される少数種族には“森民族”、“小人族”、“夜王族”などなど、興味深い特性を持つ種族が沢山いる! ……残念なことに、マナリムには鬼人種の他には私や君達と同じ“恒人種”しか存在しませんね。恒人種は、外見を見ても身体的特徴も無く、多種族のような固有の体質や能力ももありませんね」
ここで種族の話をしてどうするのだろうか。
話しながらカルドは見てて疲れるほどに感情の浮き沈みを見せているが、カルドの話の脱線具合に流石のユウナとレナも聞き続けることに飽きが出てきそうになる。カルドの背後に控えるナロースともう一人の騎士も苦笑いだ。
だが、そんなことは意に介した風もなく、眠りかけていた子供達も驚くほどに突然、カルドは一番の興奮を露わにした。
「……しかァし! 今! 私の知的好奇心、研究意欲をもっっっとも掻き立てているのは恒人種なんですよ! 知っていますか? 恒人種は特徴が特性が無い、しかし魔力保有量を代表する個体値の差はとても激しいと言うことを! 説明は省いちゃいますがね、恒人種は特徴が無い種族ではなく、どんな種族にも成り得る種族なのだと、そう、私は考え、確かな理論を導いていたのです…………っ! ……と熱くなりましたがつまるところ、私は君たちに感謝している。敬意すら感じる。君達の持つ可能性を見せてもらえる。それが有り難いのですよ。私は」
盛り上がるだけ盛り上がり、急速に落ち着いたカルドは頭を下げて後ろに下がった。
変わりにナロースが前に出ると、この場での規則などを話し始める。
すっかり目が覚めた皆は熱心に耳を傾けているが、ユウナとレナはカルドの言葉にどこか怖気を感じ、ナロースの言葉を半分に聞きながら互いに顔を見合わせていた。
「へ、変な人だったねあのカルドさんって……」
「……うん」
「大丈夫だよね、私たち」
「わかんない……考え過ぎかもしれないけと……」
一層不安を強め、互いの手を握りあうユウナとレナだったが、やはり同じ様に不安そうな子供達はおらず、皆ナロースの言葉に聞き入っていた。
──
──そうしてユウナとレナが騎士学校に来てから一週間が経過した。
騎士学校では子供達には座学と実技での能力向上が第一の目標とされ、魔法の類は使用禁止とされた。
堀の外には出てはいけないと決められてはいるが、自由な時間も多く与えられている。
ユウナとレナは当初感じていた不安は杞憂だったのかと考え始める程に何も変わったことは起こっていない。
そのためユウナとレナにも、自由な時間には打ち合いの特訓を時間いっぱいまで行う程度に余裕が生まれてきていた。
孤児院の庭より広い屋外だが、自由時間にまで鍛錬を行っている者は他におらず、二人は伸び伸びと剣を振るえた。
「やっぱり、考え過ぎだったかな? 」
「そうかも。でも」
「うん、まだ」
打ち合いながら二人は言葉を交わす。
今の所何事も起きていないのだが、懸念もまだ解消されてはいない。まだ、養父ジムルがこの場を訪れないのだ。
それどころか、ナロースを始めとする騎士の姿もこの一週間目にしていない。
座学は例のカルドが担当しているが、実技は騎士の指導があるわけでもなく、定められている項目をこなすだけだ。
剣を打ち合う中で、ユウナとレナは未だ拭いきれない不安を共有した。
──
───
そうして、更に一週間、計二週間が経過した。
しかし、未だジムルはこの場を訪れていない。
ユウナとレナは食堂に居た。時刻は昼食の時間だ。ここの食事は不味くはないのだが、どこか味気ない。
ユウナとレナはそれが寂しさにも似た感傷の現れだと感じていた。現に、昼食の時間だというのに、食堂にはユウナとレナの他に仲間が居ない。
「……あれ? そういえばレナ、最近私以外の子に会った? 」
ふと感じた、不可思議な疑問をユウナは口にする。何故疑問に感じなかったのか、最近レナ以外の孤児院の仲間と顔を合わせてすらいないことに気が付いたのだ。
「ん……そう言えば、最後に会ったのは……何日前だっけ? 」
「確かに最初の方は皆いたし……いや、そもそもさ、私達ここに来てから何日だっけ? 」
「えっと……あれ? 」
「……なんか変」
「……うん」
疑問の答えが出ない。何かがおかしい気がするが、疲れているのか思考が纏まりにくくなっている。 寒気にも似た正体不明の不安と共に辛うじてその事に気が付いたユウナとレナは、その日初めて日課の鍛錬を行わず身体を休めることとした。
カルドに話を聞いた所、ユウナとレナ以外の仲間達は、倦怠感等の体調不良で一時的に休んでいたとのことであった。
──
───
更に一週間が立った頃。
ユウナとレナはやや倦怠感を感じることが増え、自由時間には身体を休めることとしていた。
いつの間にか座学等は免除され、ユウナとレナは未だに孤児院の仲間達と顔を合わせることができていなかった。
やはり、最初に感じた通り何か変だと感じているユウナとレナは倦怠感を感じながらも動き、変化を見逃さないように努めた。
「レナ、やっぱり私たち以外の子に合わないね……」
「うん……私達も体がダルいし、何か変」
「何でかな……何か変わったことあった? 」
「ん……わかんない」
不安を誤魔化すように会話する二人は暫くの後、気付かぬうちに睡魔に襲われ、意識を手放していた。
最近はこのようなことが度々あるのだが、二人はその事を覚えていなかった。
──
───
更に一週間、計一ヶ月がたった頃。
ユウナはそれまで過ごしていた騎士学校の自室とは別の場所で目を覚ました。
何故か酷く痛む頭と耳の痛みに耐えながらユウナが状況を掴もうとしていると、白衣を着たカルドが現れた。
「あ……先、生? 」
「覚えているかな……? 君は、朝食の時間に倒れたんだ。友達も一緒に」
「あ、レナ、は……? 」
「大丈夫。隣のベットで寝ているだろう」
言われて顔を動かせば、確かにレナが寝かされているベットがあった。ユウナはその時初めて自分が寝かされていることに気が付いた。
しかし、頭が酷く痛み思考が回らない。風邪なのだろうか、それもわからない。
視線で疑問を訴えるユウナにカルドは頷く。
「今はしっかり休むのがいい。君たちは無理をし過ぎた。暫くすれば体調も良くなる。そうしたら、騎士を目指してまた無理もできる」
最初の変人の雰囲気はどこへやら、その時のカルドの言葉は優しく、痛みにも耐えかねたユウナの意識はゆっくりと沈んでいった。
──
───
どれほど時間がたっただろうか。ユウナは反響するように誰かの声を聞いていた。
『これは森民族に、まさか妖精種! この二体がようやくの成功作か! 最後の最後でとは全く勿体ぶってくれる……。それで、“変移”の仕組みの確立は? 』
『騒がしいね……えー、この実験は工程二手が込みすぎますね。極限まで大気中の魔力を削った空間にてゆっくりと体内魔力を放出・減少させ、魔力欠乏による昏倒に至るまで待った上で、その者に適合した種族由来の魔素物質を取り込ませる……という、人道に背く行程を踏む必要がありましてね、時間が掛かるのは仕方もない事でして……グワッ!? 』
『長い! それも否定的なことをペラペラと……簡潔に話せ! 』
『ひ、被検体の負担と苦痛が重いということ! 見たところ記憶障害もあるようだ……』
『ハッ、馬鹿な……。一度それを実行した外道の言葉か? 掃いて捨てるほどいる貧民に下らん情を挟む前に打開策を考えてみせろ。平凡な種族へ変移した失敗作でも使って実験でもすればいいだろうが』
『なっ!? キサマ、失敗作だと? 訂正しろ !敬意を示せ! 失敗も成功もあるか! 実験に身を捧げてもらった事で既に敬うべき……ガハァッ!? 』
『チッ、狂人が! この実験は私の力添えあっての事だろうが! まず結果を示し、利用価値の高い希少種族を量産してみせろ! 』
何やら穏やかではない気配に、ユウナは薄く目を開く。痛みは大分良くなったが、夢うつつのユウナの視界には、どこかで見た騎士の男が肩を怒らせて離れていく姿と、壁にもたれ掛かるカルドの姿が映った。
「あ、れ……? 」
思わずユウナは声を出していた。今の会話、光景に何かとてつもない恐怖と不安を感じた気がしたのだ。
「……あ、ああ、起こしてしまったかね? 何ということはない。無粋な客が居ただけだ。安心していい」
ユウナが漏らした声を聞いたカルドが慌てて駆け寄ってくる。その口元には血が滲んでいたが、ユウナの意識は既に朦朧としており、カルドの言葉や姿は現実味を帯びない幻のように感じられていた。
「レナ……」
最後にユウナは頭を動かし、隣のベッドに眠るレナの姿を確認すると、安堵と共に眠りについた。
──
───
それから曖昧な時間感覚の中で幾度となく浅い覚醒と深い眠りを繰り返したユウナは、物々しい物音と震動に再び意識を引き上げられた。
『──やっと会いに来れたらこれだ……実際、腰の重かった俺の責任だがな、クズ共……』
『────グッ、貴様、投獄されていたはずじゃ……ガァッ!? ──』
『ちとツテがあってな……が、お前と話す気はねぇ。話があるのはオイ、カルドとかいったか? テメェは生かす代わり──』
『──! ─────! 』
『記憶が────!? どう─────!? 』
『時間が───それに、わ、私にも人としての矜持という物がある……! これ以上実験に固執せん……! ひとまずその二人だけでも──』
『ああ既に──』
『準備がいい────! ならば私は残り──』
時折意識が途切れかける度に再び意識が浮上し、夢うつつのユウナは理解の及ばない会話を聞き流していく。
痛みは既にないが、ユウナの朧気な意識は身体に干渉することもなく、感覚器官がからの情報をただ受け止める。
そうしているうちに、浮遊感と衝撃に襲われ、ユウナの意識は再び闇に沈んでいった。
今のユウナには、何が自身の身の周りで起きているのか、何故この騒がしい状況下に自身がいるのか、何もわからなくなっていた。
ただ、聞こえていた声に少し懐かしさを感じた気もした。
だが、意識が薄れると共に、それも直ぐにわからなくなっていった。
この日、マナリムの王城付近、王国の管理する隔離研究区域にて小規模の事故が起こったが、住民達には事故はナロースという騎士団員の起こした反乱の一端であり、既に鎮圧・処罰を下したと騎士団より通達された。
その裏で、都市街へ処理される廃棄物に紛れマナリムの外へ脱した者がいたことは、誰にも知らせ良れる事がなかった。
───
そして、マナリムでの小さな事件が鎮圧されたと通達された翌日。
連なる山々の稜線が輪郭を確かにし始めた明朝。
薄闇の草原の中を走る一本道の街道を、一台の馬車が駆けていた。
通常の馬よりも強靭で逞しい“剛馬”と呼ばれる獣二頭に牽引され、生物の気配も薄い街道をけたたましい音と共に駆け抜ける馬車の御者台には赤髪の若い男が一人。
有り余る力で哮る剛馬を巧みに制御する男は、穏やかな草原に油断無く視線を巡らせながら、獣のような能力を持つ獣人種の証である犬のような耳を背後にそば立てる。
「セリア、そろそろ町が見えてくるが、そっちはどうだ? 」
男が言葉を発すると、馬車から御者台側へ黒髪の獣人種の女が顔を出した。女──セリアは、前を向く男に見えないながらも首を振る。
「ダメね。二人ともまだ目を覚まさない」
そう言ってセリアが振り返った馬車の内には、お互いにもたれ掛かるようにして眠る金髪と黒髪と二人の少女と、その脇に控える大柄な男の姿があった。
御者台の男はやはり前を向いたまま、僅かに目を伏せる。
「そうか……なぁ、起きてるかオッサン? 」
御者台の男の呼びかけに、今の今まで小刻みに揺れる馬車の中で彫像のように微動だにしていなかった男が顔を上げる。年齢を感じさせる皺が薄く刻まれたその額には、鬼人種の証である一対の角がある。
「あぁ……起きている」
「確認なんだけどよ、その子らが目を覚ますまでどれくらいなんだ? あんたは次の町で降りるんだろ? 」
話す御者台の男は、獣人種としての優れた視力で既に遠方に町の外壁を確認していた。
「ああ。お前等と別れてやる事があるからな……心配か? 」
「まあ、そりゃな。依頼とはいえ子守なんて……いや、それに、その子らだって起きた時知り合いがいなかったら不安になるだろ? 」
「心配するな、今こいつらは記憶喪失だそうでな……俺のこともわからんだろう。お前らだから預けられるんだ、俺だって」
「私はぜんぜん構わないけどね、渋ってるのはギブソンだけかしら? 」
セリアのからかうような言葉に、御者台の男ギブソンは露骨に顔をしかめる。どうせ後ろには見えやしない。前方には町の外壁が輪郭を拡張していく。
「この子達は元、恒人種だ。だが……今は見ての通り。マナリムがやった。俺にもやらなきゃいけない事ができちまった。……わかるだろ? 仕事ついでに頼まれてくれや」
「……チッ、相も変わらずの種族排斥・選別主義、クソくらえだ。ああ、やってやるよ」
ギブソンがこの場にいない者共に毒づきながら了承すると、馬車は眼前にまで迫った町の外壁前に停止した。外壁の上に控えていた検問の兵は、馬車を確認するや直ぐに門を開ける。
検問を難なく通過し町に入ると、鬼人種の男は素早く馬車から降り、その大柄な身体に外套を纏った後に馬車へ、ギブソンとセリアへ深々と頭を下げた。
「悪いな……ユウナと、レナを頼む」
言い終えるや、ギブソンとセリアの返事も待たず男は馬車に背を向け町の中へと歩き去っていってしまった。
残されたギブソンとセリアは小さく笑みをこぼしながら溜め息を吐いた。
「いろいろ大変そうだな、互いに。んで、俺らは直ぐ出発か? 」
「そりゃ、私達はここに用もないし。補給したらね」
二人が馬車内を振り返ると、深い眠りについていた二人の少女──ユウナとレナが小さく身動ぎをした。
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意味不明で長ったらしい前置きはこれで終わりです。次から本編になります。