私は貴方の為に歌を捧げる
歌姫と呼ばれる女性がいる。
私は歌うのは好きだけど、人前では恥ずかしいから歌えない。
だから、私は貴方の為に歌う。
氷雨様が私の声を褒めてくれるから、私は貴方の腕の中でさえずる。
「砂姫」
「んぅ…」
ぼんやりとした思考を働かせて氷雨様を見つめる。艶のある黒髪は毛先に行くほど薄くなっていき白くなる。睫毛も長くて綺麗です。
私の自慢の夫。
本当は沢山自慢してしまいたいけど、誰にも知られたくないから話してあげられない。
ただでさえ、女の人にモテるから。
とても心配。
起こされて上半身を起き上がらせてしばらくぼーとしている間に氷雨様は起き上がり、平気で着替え始めてギョッと意識が一気に覚醒する。
恥ずかしくて熱が集まる。それでも背中を向けるだけの気遣いはしてくれます。
背中に付けられた赤いひっかき傷を見せ付けるとかじゃないはずです、きっと。
「氷雨様」
「買い物行くか」
着替え終えた氷雨様に頭を撫でられながらそう言われた。
そして思いだしたように挨拶をされ、控え目におはようございます、と口にする。
買い物。
確かに食べ物とか食器がたりない。それに割れた壊れたゴミも纏めて燃やしてしまわないといけない。
「俺が色々壊しちまったからな」
一ヶ月間にお皿は二、三十枚は軽く割れてしまうし、スプーンやフォークも折れたり粉々になってしまったりしてしまう。
「まあ、砂姫が食べさせてくれるならそれでも良いけどな」
お金がない時に全て割ってしまったり、何もなかった時に、あーんと氷雨様に食べさせていました。
まるで小鳥に餌付けしているような不思議な感覚となんとも言えない羞恥心に悶絶してしまいそうですから、もういいです。
寝顔と一緒で可愛い。
「可愛いな、砂姫。でも、一緒に買い物に行ってから、な」
「っ、な、何ですか!?」
「ナニって、決まってんだろ」
未だにベッドの中にいる私を押し倒した氷雨様は艶やかに微笑んだ。
私だけしか知らない貴方の姿。
「は、ぇ」
「ふふ、くっは…久しぶりに歌ってる砂姫が見たい。腕の中でさえずってるのもいいんだがな」
すぐに退いてしまい、からかわれといたということに恥ずかしくなる。それに、身体が少し火照ていたこと恥ずかしさの原因。
「ちょっと外に出て来るから、その間に準備してろよ」
チュッとほっぺにキスをされたと思った時には氷雨様はもう部屋を出てしまっていた。
キスされたほっぺを手で押さえて、火照りを抑えるためにブンブンともう片方の手で仰ぐ。
私は一人期待していたのだろうか。
「支度しないと」
とりあえず、準備をして。
貴方の為に歌う曲を決めて、裏返らないようにしないと、は、発声練習とかした方が、ぐるぐると考えても埒があかない。
着替えたし、顔は洗ったし、髪は梳きましたし、お気に入りの髪飾りも付けて、完璧な筈です。
そう思った瞬間に歌をどうしたらと思い出してどうしようもない。
歌うのは好き。だけど、好きな人に聴かせるならやはり上手な歌を聴いてもらいたい。
「何、百面相してんだ」
悩んでいる内に帰ってきていた氷雨様が呆れたように笑っていた。
「な、何でもありません!」
貴方には一番の旋律を聴いてもらいたい。
私の取り柄はこの声で貴方に歌うことだから。




