俺のモノを奪えると思うなよ
砂姫は美しい。
それ以外はどうでもいい。
ただ何かを綺麗だ、可愛い、素敵などと喜ぶ顔を見たいから、君の興味を擽るモノは全て俺が与えたい。
俺が与えられるモノは少なすぎる。
「凄い、綺麗」
海だ。
ここには海に繋がる海水と砂がある。陸に囲まれた海は海に囲まれた陸よりも良い。
「それにここ」
美しく逸脱した海辺。
岩肌にサラサラとした砂が降りかかり周りの砂が岩を隠していたりしてる。
「海」
「ああ、覗いてみるか?」
コクンと頷いた砂姫と一緒に砂場に足を踏み入れればキュッと音が鳴り、泉のような海に目を奪われていた砂姫は目を丸くして俺を見上げる。
そこには満面の笑み。
「あ、魚が泳いでます」
ギュッと俺の腕にしがみつきはしゃぐ姿は本当に可愛い。それが微笑ましく笑いが洩れる。
そっと顔を寄せて匂いを嗅ぐ。
食欲を掻き立てる匂い。そして、柔らかな身体から死の香りがする。
「氷雨様」
よりいっそうに深まる死の匂い。
「氷雨様?」
不意に我に返り砂姫を見つめた。仄かに染められた頬、ハの字に顰められた眉に不安に揺れ動く瞳。
「なんでもない」
その言葉に不服らしく口を開こうとした砂姫の唇を塞いだ。柔らかくて、中は熱い。
突然のことに目を見開きうろたえ、ゆっくりと目を伏せた。
「さき」
淡い。
君は総じて薄く淡い。
「好きだ。大好き、愛してる」
その存在は不完全にして曖昧。
まだ完全に存在しない人魚の人間。
「んっ…」
赤く染まった頬を舐めた。
少し海の味がした。
「砂姫」
おいで、辛いなら俺が何も残さずに食い尽くしてやる。
「大丈夫ですよ」
心配しないでください、というようにギュッと力が強くなる。
俺は何だって出来る、君の為なら。
「大事はないかね」
ヒヤリと冷え込むような錯覚すら覚えそうな穏やかな少し高い声は芝居がかった口調。
いつの間にか近くに異様に白い塊がいた。
「そう警戒しなくともいいと思うが。仕方がないかね。私も魔女だが君の不利益なことは何一つ提示していない。それどころか私に何の利益もないのだ」
不気味なほどに輝く黄金の瞳。
「私は君等の愛に胸を打たれたのだよ」
空を見上げなにやら訳の分からないことを口にし出す。
こんな人間が入ってくるような場所じゃない所をわざわざ選んだのに。
いや、人が来ないからこそこんな奴が来るのか。
「帰るか、砂姫」
「え、あ、はい」
キュッキュッと熱心に砂を名残惜しそうに踏みつけながら、チラリと未だに話し続ける白い魔女を見てから、俺を見上げた。
「私も好きですよ」
そう言うと茹で上がったタコのように真っ赤になって俺にへばりついた。
とりあえず、軽い砂姫の身体を抱き上げて帰るかことにした。
「ああ、そうだ。一応、アレには邪魔させないから安心したまえ」
不意に背後から掛けられたら言葉に足が止まりそうになったが、止まった所でなにもない。
今更、奪いに来ても盗らせない。奪わせない。
砂姫は俺だけのモノ。
誰にもやらない。