演目『私の心は』
それは気紛れ。
自分の名を遙か彼方に忘却したのだと思ったが、確かにそれは私の名であると思い出して何とも形容し難い気分にさせられる。
魔女は周りを風化させる。
どんなに人と会おうが、私は何も変わらず、その人は次には老人になり、骨になり、土に埋められ墓標がある。
時に取り残された魔女。
愛する真似事をしてもそれは真実ではない。決して、本性などはない。
「其方の心は小生の中にある」
そう言うとキミはそっと私の手を取り、自分の胸元の心臓の当たりに押しつける。
命の鼓動が打たれているだけだ。
「小生の魂が続く限り、其方の仕草、笑い方、俯いた顔、綺麗な声、小生の記憶に留めておく許可が欲しい」
それはどこまでも真っ直ぐだ。真摯な瞳はどこまでも透き通るように、まるで私の隅から隅まで見通すような眼差しだ。
丸裸にされた気分に陥る。
「愛している。何よりも、小生は愛しているのだ」
騒がしいほどに鼓動は脈打ち。私の手にじわりと熱を持ち始める。
君もいつか骨すら残らない。
墓標も風化し、存在すらなかったことになっていく。
人間の寿命は儚い。
「永久に愛することを許して欲しい。俺の魂に其方を刻むことを、笑わないで欲しい」
「…君は、馬鹿じゃないか」
「そう、小生は馬鹿なのだ」
薄く微笑む。優しさを含んだ瞳。甘さを孕んだ声音。何もかもが掻き乱す。
「馬鹿だ、大馬鹿者だ。後ろ指を指されるほどの底無しの阿呆だ。君は、蔵人はちっともわかっていないのだな」
魔女には二通りしかない。
二つの道しかない。
「っ、ーーっ!」
確かにそれは私の名前なのだ。人間としていきるためにあった名で、今は必要のないモノだ。持っていなくても困らない。何故なら私は白金の魔女だ。
魔女を名前でなど誰も呼ばないはずなのだから。
手を引っ張られて抱きすくめられる。私にはわからない。魔女である私に愛を吐く君が死んで、私の中からも隅に追われ、いつか消えゆく君が果たして幸せなのかと、考える。
「君はやっぱり馬鹿だ」
幸せではないだろう。
君は私に何も残すことが出来ない。
「大馬鹿者だ」
君の中にいる私も死がくれば、消える。記憶はそこで途絶える。私に抱いた全てを死をもって終わるのだ。




