目障りな魔女は含み笑う
「下世話な話から始めてしまうが、キミ達はもう夫婦の営みはしたのかね?」
「はっ?」
営み、なんだそれはと頭を傾げた。
力加減だけが不安に残るが、ようやく自分の今の肉体に慣れてきたばかりだ。
まだ、人間の習慣などはほとんどわからない。
砂姫は飲んでいた紅茶を吹き出し、顔を真っ赤に染め上げて口をぱくぱくとさせていた。それを見て俺は堂々と仁王立ちしている白金の魔女を睨みつけた。
「いやいや、そんな怖い顔をしないでくれたまえ。私は善意で聞いたのだ。キミはわからないようだからもっと違う言葉が良いか。契りを交わしたか、肉体」
「いやぁ、そんなこと言わないでください」
「やはりまだ清いままだろうな。肉体を得たばかりで勝手もわからないだろうから、そんな行為をするはずもないと私にはわかっていたさ。そう、わかっていたさ。ただ、街を歩いていたら娘を嫁にやってそんなこんなあんなをその男に好き勝手されていると思うと飲まずにいられないという親を見たので、ひょっとしたら今の私も実はこんな感情を抱いていたりするのではないかと考えたのだ」
意味が分からない。
だが、砂姫は真っ赤になり白い手で顔を隠してしまっている。
「子作りしてないのだな」
その言葉に先程の砂姫のように吹き出した。げほげほと噎せていると砂姫が優しく背中を撫でてくれた。そうか、こうすれば少しは落ち着く。俺もこうすれば良かったのか。
俺には多分出来ないが、こうすれば楽になる。
「いや、夫婦揃って同じことをするとはね。でもちょっと見苦しいから止めたまえ」
「別にそんなことは、まだまだ先だろ」
「…私では駄目なんですか?」
ああ、そうじゃない。
問題は砂姫ではないんだ。
砂姫の身体は柔らかくて傷つきやすくて、とても脆い。俺などが触れては壊れてしまう。
「違う。違うんだ」
砂姫の全てが俺を刺激する。
仕草も声も匂いすらも俺は愛おしくて、身体が熱くなる。
柔らかな身体を抱き締めて、愛したいと思い描いて、そして勝手に絶望して落ち込む。
「力加減が出来ない俺が砂姫に触れたら傷つける」
「傷ついています…身体じゃなく、心が痛いんです」
氷雨様と弱々しく続く。
下がった眉に泣きそうな程に歪んだ顔。
「砂姫、俺は…」
「なんとも情けない。男なら黙って抱き寄せるなり、口吸いするなり一発かませ、へたれめ」
ギッと強く睨みつけるが、それは少しは正しいのだろう。夫婦である以上そういう行為は当然ある。
だが、本当に情けないほどに怖い。
その傷に喜びを抱き、支配感を満たされ、欲を覚える自分がどこかにいる。
痛いと泣かない砂姫が愛おしく、そしてまた哀しい。
「砂姫、少しだけ待ってくれ」
「…はい」
俺は君を傷つける。そんな自分が大嫌いだ。それだけしか能のない自分が惨めで情けない。そんな俺も砂姫は好きだと、愛していると言うのだ。
自分が傷ついても俺を愛してくれる。
俺の力の本質は暴力だ。
何気ない力は全てを巻き込み、塵一つ残さず崩れ去っていった。
今も対して変わらない。
昔と対して変わらない。
傷つけたくないのに、傷つける。
その痕を見るたびに罪悪感を覚えて、喜びに苛立ち、無力感に呆然とする。
「砂姫」
だけど、これくらいなら出来るかもしれない。不安に泣きそうになる砂姫を見たくないから。
「はい、どう」
ゆっくりと落ち着いて、顔を近づけて、額に口付けた。
そして、ふっくらとした唇に唇を重ねた。
顔が熱くなる。
「…口吸いもまだだったのかい」
真っ赤になった砂姫はやっぱり可愛らしい。それに柔らかかった。
ますます熱くなる。
「初々しくてこっちまで恥ずかしくなる。邪魔者は退散しよう」
呆れたように退散していく白金の魔女を一度睨み、すぐに砂姫を見ればうっすらと涙を浮かべていた。
「い、嫌だったか?」
「嬉しくて…あまり見ないで下さい、恥ずかしいです」
そう言って顔を隠してしまわれては俺にはもうなすすべはない。




