私は恋に恋しました
私が愛したのは氷雨様です。
ですが、初めて好きになったのは陸の上の王子様でした。
私は海に生きる人魚でした。優しく綺麗な姉姫に囲まれ、強く賢い父王に愛され、民に思われていました。
ーーという名の人魚の国の末の姫でした。
ある日、少しの反抗期で城を飛び出した私は大きな鮫に追いかけられ、逃げた先で一人の人間を助け、恋をして、魔女に願い、泡になった。
王子様は旅の一座の歌い手と結婚を、私は殺せず海に飛び込み、深い深海で泡になり、そして消えることなく、彼と一緒に生きていた。
泡となり、地上に出て、消えてしまうはずだったのに私は消えなかった。
その内に魔女が私と彼を人の姿に変え、対価に私は名前を、彼は魔力を奪われた。
新たな名前に見知らぬ土地と慣れない身体では思うように動けず、私はずっと抱えられて温もりを分け与えてもらっていた。
いつもの温もりが暖かくて私は甘えてばかり。氷雨様は私の愛しい愛しい人。
恋で愛。
本当に恋しくて愛しい。
哀しみばかりじゃない。
今度はちゃんと見つけたの、姉様。
私を見つけて愛してくれる私だけの王子様を見つけたの。
幸せ。
幸せなの。
とても。
どんどん虚ろな意識が呼び覚まされる。
「砂姫」
「ん、ひさ、めさま」
私をのぞき込むように顔を近づけた氷雨様は穏やかに微笑んだ。
それだけで私は胸がざわめく。
穢い気持ちが蠢く。
「起きたか」
「はい」
貴方が愛しい。
「おはようございます、ひさめさま」
「おはよう、砂姫」
まだ眠たげだな、と笑いを含んだ氷雨様の声が気持ち良くてまた沈んでしまいそう。
起きないとと身体を起こして、すでに起きている氷雨様に…。
「ん」
抱き寄せられて氷雨様の胸の鼓動の一定な音にまた誘われる。追い討ちを掛けるように大きくて優しい手が頭を撫でる。
「もうちょっと寝るか」
氷雨様。
あまり甘やかさないで。
「俺も眠い」
二人でベッドに沈む。
ぎゅうっと私を抱き締めて離さない。
心も身体も魂も全部。
全部、氷雨様だけに捧げる。
もう間違えたりしません。
恋に恋はしません。
貴方が好き。
だから、私を嫌いにならないで。離れたりしないで。私のように間違わないで。
ぎゅっと服にしがみつき、頬を寄せる。
怖い夢を見ないように、前の夢を見ないように、貴方が離れていかないように。
「おやすみ、砂姫」
貴方が私の名前を呼び続けますように。
「おや、す、みぃ…ひしゃめさま」
瞼はもう重くて閉じる。それでも私も答えないとと言った言葉は舌足らずになる。それを笑うような気配とふと身体が離れた。
嫌だ。
愛して欲しい。貴方に愛されたい。
愛して、愛されたい。
愛されてしまえば、忘れられない。
腕を伸ばす。
触れていたいから。
「ふふ」
笑う声と唇に少しかさついた柔らかな感触。口に割って入ってこようとする舌。抵抗なんて出来ずに易々と侵入した舌は軽く絡めて離れる。
うっすらと瞼を開ければ、楽しそうな氷雨の顔。
「可愛かったから」
再び抱き締められて背中をさすられる。微熱に浮かされたような身体は眠気に負けてしまう。
「ゆっくり休め」
この温もりを感じられることが嬉しい。
触れられて、触れられる。
言葉を交わし愛を確かめあえる。
顔を見つめて、瞳を見つめて、唇を合わせて、笑いあえる。
私は貴方を何よりも愛しています。
頬を氷雨様の肌に擦り付けて、逃がさないように服にしがみつく。
私は独占欲が強い。
嫉妬深くて自分勝手でちょっと短気。
貴方に出会って私は欲深く醜い人になりました。
恋に恋した私は純粋で綺麗だったのに、恋に愛した私は醜くなりました。
そんな私を貴方が愛してくれるから、だから私はもっと穢くなってしまう。
でも、幸せです。
ちゃんと幸せです。