小話『末の妹は美しい』
一言で言うなら水姫は美しい。
素晴らしい歌声に優しい心とアタシ達と同じに綺麗な髪や尾鰭を持ったアタシ達の至宝。
「 」
その言葉が出なかった。
確かに水姫と言ったはずなのに、それは空気を震わせることなく消えた。
「水花姉様。私、今は砂姫と言います」
のほほんと幸せそうに笑いながらギュッと隣にいる男の腕に腕を絡ませた。背の高い男はあの鮫なのだろう。顔の筋肉がまるで動かないというか恐ろしいくらいに無表情だ。
こんな男に取られたのかと思うとムカつく。アタシは上半身だけを出して必死に岩肌にしがみつく。
「さ、さき?」
聞けば名を奪われたらしい。腹立たしかったけど、声や肉体を与えたあの白金の魔女には感謝しているが、正直に言うととても複雑で仕方ない。
アタシでは助けることも出来ない。
きっと何かを差し出す事すらできなかっただろう。妹より自分が可愛い。
この男は自分の姿を変えることも恐れず、自分の魔力を失ってでも水姫を求めて愛してる。
「…さき、今、幸せ?」
アタシはわかりきったことを聞いた。見ているだけで今とても幸せなんだってわかる。幸せで溢れた空間がそこに存在しているから、この男だって見た目の威圧感くらいしかない。
とても言いたくはないが洗練された眉目秀麗な顔にスラッと細いが筋肉はしっかりついているだろう。
つり上がった切れ長の黒の瞳は無感情にアタシを見てくる。
こんな男が。
「はい、とっても幸せです」
こんな男がこの子を幸せにするのか。
眩しいくらい明るい笑みに、何もかもが吹き飛んでしまう感覚に苦笑いするしかない。
忘れていたことの罪悪感もだが、色々なもやもやした想いが馬鹿らしくなってしまった。こんなに悩んでいたのはきっとこっちだけだ。
「そう、良かったわ」
謝ってもきっと困らせるだけだろう。
昔、別れたままのその姿が酷く懐かしく、まるでそれは自分もあの時のままのように感じられた。
生意気で可愛げがないと言った旦那と結婚をしたのだ。子供もそろそろ欲しいね、と話しているのだ。あの頃のままであるはずがない。
「幸せならいい。さきが幸せなら、それだけで嬉しいわ。アタシも旦那がいるのよ」
ポツリとそう言えば嬉しそうに笑って喜んでいた。その姿に思わず頬がゆるむ。チラッと男を見ればやっぱり無表情だったが、瞳は幾分か、多分きっとちょっと生易しい。
とりあえず、好きあっているのだろう。愛されていると思う。
愛されなければいけない、誰よりも深い愛情で、そうでなければ駄目だ。
なにせ、誰よりも美しいアタシの自慢の妹なのだから。




