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泡沫の乙姫  作者: 飛白
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俺は君に跪き

 俺は砂姫とは違い完全な魚だ。

 人間や人魚などとは違い自由な手があったわけではない。足もなかった。


 慣れない四肢は確かに面倒だったが、砂姫の身体を抱き締め、満喫できることを知った俺は幸せで仕方がなかった。

 こんな幸せは知らなかった。


 人型はこんなにいい想いをしていたのかと思うとむかつく。


 力加減の出来ない俺は砂姫の身体に痕を残すことしかできない。それで、周りに暴力を振っていると勘違いさせたが、勘違いでもない気がする。

 砂姫は違うと言うが、俺からすれば変わらない。


 それでも、俺は砂姫の優しさに甘えて守られて過ごした。

 ギルドに登録し、力加減を確かめるように魔物討伐に明け暮れた。


 人として生きるのは好きだ。

 砂姫を愛せるから、言葉や行動で示せると知った。


 だから俺は乞うのだ。


「俺と結婚してほしい」


 砂姫の前で片膝を付いて砂姫の働いている店で買った花束を差し出して見上げた。キョトンとした顔がみるみると赤く染め上げていく。


 人型は恋人に結婚を乞うと聞いた。

 夫婦ではあるが、やりたかった。人としてちゃんと手順を踏まえておくべきだと、砂姫が喜んでくれるだろうと思った。


「妻になってほしい。式を挙げよう」


 ちゃんと自分の口から、君に告げたかった言葉を口にする。魔女が夫婦だと簡単に片付けた軽い言葉ではなく、想いを詰めた言葉を送りたい。


「砂姫を愛している。どうか、俺の愛を受け取ってほしい」


 だから、俺は跪き君に愛を乞うのだ。

 愛されたい。今よりもずっと、感じたい。


 俺の言葉を聴いた砂姫の大きく見開かれた瞳から大粒の涙が零れた。


 どうして泣くんだ。

 喜んでくれると思ったんだ。何か俺の言葉は間違っていただろうか。

 ばくばくと心臓が激しく鼓動し、心も不安で仕方がない。


「…はい、喜んで」


 淡く微笑んだ。

 とても綺麗で儚くて消えてしまいそうな程に優しい笑み。


 花束を受け取り一度だけ匂いを嗅いでから、俺の手を取ってもう一度、恥じらうような笑みを浮かべた。


「とても嬉しいです」


 涙を流しながら嬉しそうに微笑んだ。

 涙は辛いときにだけ流れるものじゃないのか。


 俺の手に重ねられた手に唇を一つ落とし、ゆっくりと立ち上がり、砂姫を見下ろした。


 綺麗で可愛い君。


「式はいいですから。お金もないですし、呼ぶ人がいませんから。氷雨様にそう言って頂いただけで、私は…幸せです」


 柔らかな身体を抱きしめた。なるべく優しく傷つけないように、そっと、添えるように慎重に、抱きしめる。

 俺の愛したたった一人の女。


「…誓いのキスくらいはいいだろ」


 花束は地に引き寄せられるように落ちると同時に砂姫の唇を奪う。


 魔女の用意した家。

 新しい人生はここから全て始まった。初めて砂姫を見て、触れ、言葉を交わし、心を繋げた。


 今でも必要最低限の物しかないような、生活。それでもとても幸せだと砂姫は言う。前の時よりも、ずっと幸せだと笑ってくれる。


 俺と一緒にいられるならどんな生活も苦しくないと、無理はしないでと俺を気遣ってくれる。


「愛してるよ、砂姫」

「私も、あ、ぃ…好きです」


 俺も砂姫と一緒ならどんな場所だろうと幸せだろう。

 愛らしい砂姫を抱きしめたいが、これ以上に力をいれるのは躊躇われる。きっと、顔を真っ赤にして俯いた砂姫はすぐに顔を上げて不満を洩らすだろう。


 いつものように、氷雨様、と。



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