閑話『間違えた花嫁』
結局だが、大々的に交際を宣言して婚約した王子、夕凪は隣国の伯爵家の一人娘、白雪と結婚することになった。
憔悴しきった夕凪は見るからに以前の光り輝く黄金の髪、碧眼の瞳は心なしか色褪せているように見えた。
「砂姫」
ポツリと自分の命愛の君の名を口にした。今まで勘違いし過ぎ、盲信的に前世通りに命愛の君を花嫁に国の繁栄を見守り護るのだと思った。
初めて見た彼女に何とも言えない感情が湧き上がった。あの男に邪魔されなければどんなに惨めなことでもしていた気がする。
美しい女性だ。だが、不快さが襲うような圧倒的な魔力を纏っていたと夕凪は感じた。
「あれはなんだ」
圧倒的な生き物だ。
見目麗しい人間の皮を被った化け物。魔力こそ男から感じなかったが、彼女に纏わりついていたのは絶対にあの男のモノだと夕凪は確信していた。
あれは次元が違う。
「魔女め」
ギリギリと唇を噛み締めて、忌々しい者を口にした。全ては魔女が仕組んだことだ。
「こんなことになったのは、僕のせいじゃない」
声高々に自慢をした白雪は偽物だった。アレほどに大切にしてやったのに、そう思うと苛立ちしか沸かずこれからの結婚生活は円満とはいかない。
夕凪はまんまと踊らされていたのだ。
「くそっ」
あの男に勝てる気すらしない。自分も妻を娶った。イライラとするしかない夕凪は何もかもが憎らしかった。
「どうして」
心から叫びたかった。
みっともなく喚き散らかしたい。
「彼女の命愛ではないんだ!」
彼女からも心から愛されたいとの渇望に飢えた。夕凪は最早、壊れかけていた。
白雪を愛さなければ必要のない人間と魔女に思われていた。
「僕は、僕はっ!」
今更に引き返せない。
離婚など認められるはずもないし、無碌に扱うことすらできない。
「あぁーぁっ!」
ガシャンと周りの物に当たる。
そこには昔浮かべた優しく涼やかな眼差しも甘い笑みすらなくした、怒れる悪鬼と化した哀れな王子様。
その様子を遥か遠くから見ていた白い影が嘲笑う。
「馬鹿な人」
それに穏やか笑みを浮かべて同意した。
「全く持って愉快だよ。間違った花嫁を選んだのは自分だというのに」
白金の魔女である女が抑揚なく言った。
「人間はやはり嫌いだ。私は人間が嫌いだよ、好きになどなれるはずがない。しかも、あれが愛した人間など、到底無理なものだ」
「わたしは嫌いじゃないわ」
「そうか。そうだろうね、キミは」
伏せた瞼で黄金に輝く金を隠した。
「キミは…」
一瞬だけ躊躇った後に白金の魔女はこう言った。
「キミは生きてくれるだろうな」
白い影は笑った。
何を言うのかと無邪気に笑った。