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Sense  作者: 桜崎海
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二章 襲撃1

二章


寝台に倒れこんだ体は、しかし、思ったほど疲れてはいなかった。

広がる黒衣と漆黒の髪。天井は白く、染み1つ見当たらない。

目蓋を閉じ、暗澹の中にいると、繰り返されるのはあの男の言葉だ。

何がそんなに怖いのだといわれた時、戦慄し、そして初めて驚愕というものを覚えた。

何故、分かったのだろうか。殺意で誤魔化したそれを。

甘美な味が口に入り込むのを感じ、いつのまにか唇を噛み締めていたことに気づく。

あのじっと奥深くを探る隻眼の瞳はもう見たくない。

全てを見透かされるようで、目を逸らしたくなるのだ。

口角を伝う赤を指で掬いながら、ゆっくりと息を吐き出した。






目を開く。変わらない白い天井。

どうやら眠ってしまったらしい。寝台の横にある、時計を見やると、針は7を指していた。

彼女は、身を起こし、ふと違和感を覚える。どろりとした沼の中にいるような不快さは続き、瞬間、連鎖的に爆音が響いた。

ユアが部屋を飛び出すと同時に、その場全体が崩壊する。不安定な足場から退き、素早く辺りを見渡した。

黒煙が立ち込め、所々が瓦解し始めている。

戦闘は四方八方で行われているようで硝煙と鉄錆びた血の匂いが鼻腔内に充満した。

不意に、感じた気配にその身を翻し、振り向き様に切り捨てる。

「ぐっ……」

赤黒い血を噴出しながら崩れ落ちる男の顔には、緋の紋様。魔大国ロヴェスアークの証が刻まれていた。

敵兵は次々と空間移転を行い、目の前に小隊ほどの人間が整然と並ぶ。

「殺せ」

指示を与えられた、彼らはユアへと狙いを定め、魔法を組み立て始める。

絡み合う詠唱。重ねられていく魔成図は、辺り一帯を一瞬で塵へと還す代物だ。

だが刹那、その声は途切れる。

「がッ……!」

「……っ!」

「ぎゃ……」

短く断末魔を上げ、地へと叩きつけられる数十の体躯。

急所のみを狙い、ユアによって振るわれた剣は彼らには不可視であり、避けるという行為さえ奪われていた。

数十秒で終わりを迎え、後には中身を失った肉塊だけが生暖かい血をその首から垂れ流し、点々と床に並んだ。

「お見事」

不釣合いな拍手が鳴らされた。

動かない四肢が並ぶ間を、悠然をした足取りで1人、男が歩く。

彼にも同様、鎖骨下に赤い紋様が刻まれていた。

「いやー、やっぱりこれじゃあ役にたたないね。コレ」

そう言いながらも絶命した人間に一瞥も与えず、ただ淡々と述べる男は彼女だけをその琥珀色の瞳に映し出す。

「うわ、あんた、『戦場の死神』!?」

芝居が掛かったかのような大げさな驚愕をその顔に貼り付け、男はさらにユアへと歩みを進める。

ぐちゃ、じゅくりと肉を踏み潰す音が異様に耳に響く。

彼女は動かない。否、動けない。

男に、一片の隙はなく、手を出すべきではないと頭は判断を下す。

距離を人一人分を開け、対自した。

「ふーん、噂どおりの美貌だ。

それにしても、なんで喋らないの?」

「口を開く必要が?」

「へえ、そう言われると啼かせたくなるね」

口角を吊り上げ、哂った男は、瞬間、その腕を突き出した。迷わず後退し、一撃は肌を掠めただけに終わる。じわりと頬に朱が伝った。

「はは、赤はいいね。奇麗だ」

長く、先にいくほど細くなる形状、突くことに特化された剣。防御には適していないが、攻撃性に優れ、何より身軽に動くことが出来る。

魔法を使おうとして、軽い違和感を覚える。

魔力を引き出せる量が極端に少ない。不審に思いつつも、ユアは口を動かした。

拘束、鋼、連鎖。

頭に反芻させた幾通りの羅列を組み込み、左手に魔製図を展開しながら、その脚で地を蹴った。

ばき、ぐしゃり。

床に投げ出された、死肉が絡まり、行動に制限が掛かる。走るたびにその感覚が脚を這い上がってくるようで、不快さが身を包んだ。

「酷いね。死体を踏むなんて」

言葉とは裏腹に、男は平然とその上を踏み付け、ユアの剣を避ける。

一定の距離。

魔法を解放し、精製された鎖を放つ。

掠れた金属音を立てながら、四方に広がる銀の鎖は、男の四肢に絡みつく。

「魔法も使えるんだね」

動きを拘束されたにも拘らず、余裕の滲み出る男に、脳裏に警戒が掠める。

男の挙動に注視しながら距離を詰めようとして、その脚が血溜まりに掬われた。転倒する寸前、手を付き体制を立て直そうとして、右脚が地に張り付いたかのように動かないことに気づく。

振り返って、僅かに見開く。

足首を赤黒く折れ曲がった手で掴んでいたのは、死したはずの敵兵だった。








「5階以下の階層、生存者の確認が出来ません!」

「結界の復旧、どのくらいかかるんだ!?」

「魔導炉、完全に機能停止しました!」

怒号が飛び交い、騒然とする司令室で、ロイトは状況を形にする。指示を出す前に、把握すべき所は押さえて置かなければ、重大な過ちを犯さないとは言い切れない。

扉が開き、クルードが入室した。

「クルード、戦況はどうなっている?」

「魔導炉の損傷が極めて深刻です。どうやら昨夜から様子がおかしく、魔力の普及がされていなかったようで、魔装具にほとんど魔力が貯蔵されていない状態でしょう。

そのため、魔導部隊もあまり役立ちませんし、結界修復にすべて回しました。

結界は魔力の流れが滞っているだけなので、魔製図の変更だけで回復すると思われます」

「結界の修復はどのくらいかかる?」

「……数時間、遅くて半日は必要でしょう」

「厳しいな……」

卓上を数回、指で叩き、考える。

手薄な本部が狙われたのももっともなことだ。

今、現在、中央軍部にいる兵は全体の十分の一に満たない。ほとんどが魔大国への遠征へと取られ、未だに帰還の兆しは見られずそちらに期待はしない方が良いだろう。

「東方軍部への援軍要請はどうなった?」

「それが、1日後、到着予定だと返答がありました。この本部、捨て置く気でしょうね」

不快さを隠そうともせず、クルードは吐き捨てる。

中央部を同等まで成長している、東方軍部にとって、ここが落ちることは、権力を握る絶好の機会だ。

何より今は、最上位である大総統も遠征に加わっている為、唯一、独断を止めることが出来る人間は不在である。

援軍、魔導炉、結界。

結論を纏め、立ち上がった。

「……どうしたのですか」

問いかけつつ、クルードは彼の考えを予測したらしい。途端、その表情が歪められた。

「魔道炉を見てくる。あれを何とかしない限り、負ける」

「……言うと思いましたが、やめてください。だいたい、司令官が前線に出てどうするのですか」

呆れたように呟くクルードは、無駄だと分かりつつも、一応苦言を申し立てる。思ったとおり、悪びれることもなく飄々と、反論が返ってきた。

「俺が一番何もすることがない。あんたがここにいて、結界の修復を指示しながら、指揮したほうがいいだろう?」

周りをざっと確認したが、戦闘に出るか、結界の修復に手を取られ、空いている人間はおらず、唯一、自分だけ何もしていない。

だいたい魔導部隊のいない、今の状況下で指揮は、2人もいらないのだ。

結界と戦闘に別々に指示を出すなど効率が悪いにもほどがある。

「仕方ありませんね。後で他が煩いですよ」

「分かっている」

武器、確認後、ロイトは司令室から廊下へと出る。光は何とか保たれているようで、視界は明るい。

後々、使うであろう言い訳を頭で幾通りか考えながら、その脚を速めた。





判断を下したのは一瞬だ。

ユアは、掴んでいる手を即座に切断し、その場から飛びのく。

だが、完全な隙は相殺されず、男の剣が肩を貫いた。

「ッ……!」

引き抜かれた瞬間、痺れるような激痛が走り、鮮血が腕を深紅に染め上げる。

鈍い音を立てて、剣が地面に転がった。運悪く神経が切断されたのか指は麻痺し、完全に手としての機能を失っていた。

「痛くないの?こっちは散々らしいのにさあ」

ゆらりと覚束無い足取りで立ち上がる、死体と言う名の人形。踏みにじられた手足を抱え、血を撒き散らしながら、それは近づいてくる。

ふと見れば床と壁一面に浮き上がる赤い魔成図が広がっていた。

今更、止める意味などない。

嵌められたと気づくのが少し遅かったのだ。どうしようもないほど、魔成図は広がっている。

生、黒、血。

死者を生き返らせる、反魂の魔法。だが、死者は生き返らないという絶対の定義に反したそれは普通、正しく作動することはない。

大抵は自分に戻り、術者を喰らうだろう禁断の魔法。

しかしそれは一箇所、歪に書き換えられていた。

魂は戻らず、ただその肉体だけ復活させる制約へと。

だから紛い物である故、成功する。ただ、動く人形を作り上げるだけのものが。

彼女は、治癒を唱え、けれども、死体にそれを阻まれる。

襲い来るそれに、腿に括り付けてあるホルターから拳銃を抜き出し、発砲した。振動は傷を揺さぶり痛みを断続的にその身に伝える。

背中から崩れていく、死者はしかし、地に倒れたにもかかわらず、その体を何度も起こす。

死者にもう終わりは存在しないのだろう。彼らは、幾度のなく立ち上がり、彼女へ縋るよう、近づいてくる。

腕の回復を諦めたユアは、じりじりと後退した。

長時間の戦闘に加え、血液の匂いが充満しているせいで漆黒の瞳は銀へと濁り始める。

ユアは、人外の力を押さえ込み、壁に背を預けた。

片腕が激しく損傷し使用できない今、瞬時に銃の弾薬は代えられない。残るは拳銃、3丁と柄のない両刃である銀の短剣数本。

目前に迫りくるのは死が存在しない人形の山。

突破するのが無難な選択だと瞬時に即決する。

術者が死を迎えれば、魔法は崩れ落ちるのだから。

両刃の剣を空へと投擲し、組み込んであるたった一言を彼女は呟く。

瞬間、刃は幾千にも飛散し、降り注いだ。

死者を打ち付ける銀の雨の中をユアは疾走した。

その中でなお、彼女の進行を阻む亡者達に弾薬を与え、進む。

半分を過ぎた所で僅かな時間を使い、掛けた守護の結界が軋みを上げ、壊れ始めた。

崩壊、同時に抜けた先にいる男に弾丸を放つ。

男の眉間を貫いたかと思われたそれは、彼が防御に使用した長剣が盾となり、粉砕することで遮られた。

残る短剣を投げる寸前、男に腕首を掴まれ、乱暴に壁に押し付けられる。

「残念。でも、君、まだ何か隠してるよね?」

「…………」

無言。

ユアは、拘束されていない脚を振り上げる。しかし、目標を打ち砕く前に、細長く鋭利な刃が腿を貫通し、壁に結いつけられた。新たな痛みが加わり、膝裏を血が滑っていく。

「……ぅ……」

僅かに眉を動かし、彼女は不快さを男に向けた。

魔力はもう無い。魔導炉が壊れたのか、魔装具に補給されず、ただの装飾品と化している

瞳が交錯した。冷徹な眼差しと対照的に男の中にあるのは、玩具を見つけた子供のような無邪気な喜びだ。

「この状況でも話さないんだ。じゃあ、遊ぼうか。

もっと血、見せてよ。全身が濡れるくらい」

折れた長剣が、傷口に捻じ込まれた。ゆっくりと、血管を引き千切るように押し込まれたそれは、くぐもった音を立てて彼女の腕に吸い込まれていく。

激痛が全身を蝕み、骨が軋む。

目の前が白く塗りつぶされたが、無様に悲鳴を上げるつもりなど毛頭もない。痛みには慣れている。

彼女はただ、男を見上げ、空虚な瞳を向けるだけだ。

「へえ、これで、悲鳴もあげないんだ。面白くないね。うーん、切り落とそうか?」

肩にもう1つ、空洞が開いた。

腕はもはや繋がっているのか怪しいものだ。重みだけが感覚として在って、何か別のものがぶら下がっているかのように思えた。

「切断するものじゃないから、駄目か」

不愉快そうに自身の折れた剣を一瞥して、男はユアの耳元に顔を寄せる。

「次は、何処がいい……?」

押し込まれた剣が、肩から横に方向を変え、動く。

肉を切り分けていくそれが、酷く遠くで聞こえた。

痛い。痛い。痛い。

耳鳴りがする。

血飛沫が頬に跳ねた。尋常ではない量が溢れ出し、さすがにこれ以上は肉体が持たないと直感する。

ゆらりと瞳が揺らいだ。

「出てくるな……」

押さえ込む。

左の腿が裂けた。赤は加減なくその身を汚し、足元に広がり続ける。

「……ぁ…………」

精神的にも限界だった。次は耐え切れる自身が、ない。

「あっ、そろそろ限界……?」

見透かしたかのように、残虐な笑みが男に浮かぶ。ユアは無を顔に貼り付けたまま、見返し、しかし、男は、表情を消して、彼女から飛びのいた。

その場を特殊な形状の剣が切り裂く。

「レスター!」

名を呼ぶ声は、濁る世界を鮮明に塗り替える。

同時に脚を結いとめていた魔法が消えた。ずるりと崩れ落ちる体を立て直し、男へ顔を向ける。

「邪魔が入ったし、帰るよ。

ヴェイタル・レクエーグ、名前、覚えといてね」

身を翻す男を、追おうとしたロイトはしかし、彼女の体が前に倒れこむのを見て、その場に留まり抱きとめる。

「あんた、その怪我……」

服が黒のため、ほとんど血は目立たないが、その身は水を被ったかのように濡れていた。

けれども、ユアは一瞬、自身の体を確認し、素っ気無く言い放つ。

「問題ない」

「問題ない……?」

彼女はロイトから身を離そうとして、しかし、体の内側から強い圧迫感を覚えた。

「……ぐ…………ぁ」

心臓が高鳴る。漆黒の瞳は銀に飲み込まれようとしていた。

力の入る片手で思わず、ロイトの肩に爪を立て、押し止めようとする。

けれども。

「もういい、あんたが何か知っている」

ゆっくり、力が抜ける。

ずるりと手が滑った。

目前に、深緑。

「あんたは、魔族だろう?」

黒が消える。





生き抜けば、それでいられると思った。

自己が否定し続けていればそれを確かに手にいれられるとも思った。

たとえ、空白が心を占めていて、感情は欠落していても、違うと言い張れば、自身は、それだと思えた。

だが、それであることを否定によって成り立たせること自体がもうすでに異常なのかもしれない。


体は、違っても生き方だけはそれで在りたかったのに。



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