終章 アッシュノセカイ
あの『遺跡』での一件後、ボクの世界は大きく変わっていた。それはスノゥ/オニキスが世界から奪って、そして返した色――『灰』のおかげなのかもしれない。
忘れていた事……思い出せた。
もしも『色を知る者』じゃなかったら、ガーネットと旅に出なかったら。きっとボクはささやかな大切な事さえ忘れたまま、楽しくも大切でもない日々を送って死んでいった。
想像するとシャレにならない未来だった。
だから家出して、旅に出て少しはマシになったんじゃないかと思う。
そしてクリス。彼女との一件がボクに決意をくれた。彼女がいなかったら、蘇った記憶に耐えられたかわからない。彼女と同じ事になっていた可能性だって……あると思う。
ありがとう。小さな声で空に言葉を放った。
空に向けてなら、彼女の心に届くかもしれないって思って。
「よいしょっと……」
ここ何日か寝泊りしていた場所を片付けつつ、ボクはその間にあった事を回想し、自分なりにイロイロと考えていた。まぁ、大半が『自分が忘れていた事』についてだけど。
スノゥ/オニキスとの会話から、何となくボクは思った。
人間から『神様』が奪ってしまった事って、言葉にするよりずっと大切で。
物凄くかけがえが無い存在だったんじゃないかって。
蘇らせようとしたら人間が壊れてしまうほど、大きくて大切なモノ。
そんな存在を無くしたからこそ人間はいつまでたっても『前』に進めないまま、何度も繰り返しているんじゃないか。復讐としては、そういう意図があったんじゃないかって。
これを復讐の手段として選んだ『神様』。
その人にこんな復讐の道を選ばせた『人間』。
どっちが悪いのかわからない。ガーネット達と出逢う前――つまり何も知らないまさにガキだった頃なら、とにかく『神様』を悪いといっただろう事は間違いないと思う。
どちらが本当に悪いか言い切れない、優柔不断なところを非難するだろう。その上で自分は『神様』が悪いと思う、そうに決まっている、と言い切るに違いない。
普通に想像できる辺りが悲しかった。ちょっと笑えたけど。
「さて、私もアマランスも準備はできてるよ」
「ボクはもうちょっと……って、本当にアマランスもついてくるの?」
「……嫌なら帰るが」
「嫌じゃないし、できれば一緒に行きたいなって思ってたくらいなんだけど……確かの目的地って『町の中にある遺跡』だよね。ガーネットは平気だろうけど、アマランスはいいの?」
次の目的地は、ヴァーミリオンが見つけてくれた遺跡だ。町の中にあるから少し人の手が入ってしまっているけれど、望みがありそうな場所だって連絡が来たらしい。
だからボクは少し心配だった。今更だけどアマランスは人間がかなり嫌いだし、町の中に在るとなれば遺跡に何度も通うとそれなりに注目されると思う。……大丈夫なのかな。
「露骨に顔には出さないから心配するな」
「そういう事じゃなくて……どうしても嫌なら無理しなくても」
「心配しなくても大丈夫だ。時と場合は選ぶ。ガーネットだけではどうにも心細い気もするからな。何より汝は精神的に落ち着けてないだろう。我の事より、己自身を心配しろ」
「そっか……うん、わかった。ありがとう、アマランス」
みたいな会話をしつつ荷物を纏める。
まぁ、ボクの場合は櫛とか鏡とか絵本くらいしか、荷物らしい荷物は無いんだけど。
あ、ちゃんと着替えも持ってる。
野宿もあるって聞いてたし。
それらをがさがさとカバンに詰め込み、ボクはガーネットのところに向かった。
二人はそれぞれ荷物を抱えている。食料とか寝る時に使う毛布とか。ボクが体格的にもうちょっと大人だったら、二人にばかり荷物を持たせなくてよかったのに。
せめて料理くらいは頑張らなきゃ。
三人は並んで森の中を歩く。
アマランスが少し後ろにいたから無理やり並ばせた。嫌そうな顔をしているワリに抵抗しないので、このまま近くの街道も歩こうと頭の中で作戦を練った。
ボクはガーネットやアマランスと旅を続ける。これはもう『家出』じゃなくなった。
人間が無くしてしまった『色』という概念を取り戻しつつ、その『色』という存在を消し去ろうとしているヤツを何が何でも止める、という目的を持ったボクの『旅』。
もしもスノゥ/オニキスの『主人』に逢ったら文句を言おう。
いや殴ろう、絵本の角で。
テメーの勝手で人様の名前盗ってんじゃねー、って。相手にガキっぽいと思われようが何だろうが叫んで殴って引っかいて、絶対に『色』を消す事を止めさせてやる。
その時、木の根に足を引っ掛けて転びそうになった。両側からガシっと支えられる。
――アッシュ、前を見ないと転ぶよ。
ガーネットがボクの名前を呼んでくれた。
まだ『灰』は存在していた、とこっそり安心する。あぁ、でもアマランスは他人の事は全部ひっくるめて『汝』って呼んでる。相変わらずって感じで、それにも安心した。
でもいつか、ボクの名前を呼んでくれたらいいな。