表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

ブラックホールのかばん

作者: 伝説の男前
掲載日:2026/06/26

登場人物紹介

エー——かばんに選ばれた14歳。

ミュ(じいちゃん)——823歳のちっちゃい姐さん。

ベイ——少女漫画ビジュアル美青年。

ヴェイ——星の病の少年。朝の空気が、少しだけ楽になった。

セラ——数百歳の長老。

ルナリア——宇宙落語協会真打。

ニャえもん——グレー猫型ロボット。

プロローグ かばんの記憶

 かばんには、記憶がある。

 最初の持ち主は、白髪の老人やった。宇宙物理学者。夜中に一人で計算式を書き続ける、少し偏屈な男。

 老人はかばんを決して手放さなかった。出張にも、入院にも、孫の運動会にも——必ず持っていった。

 孫が聞いたことがある。「じいちゃん、そのかばんに何が入っとるの?」

 老人は笑った。「秘密や。」

「教えてくれへんの?」

「いつかわかる。」

 老人が死んだのは、孫が12歳の冬やった。

 遺言は一つだけ。

「かばんをエーに。」

 かばんは新しい持ち主を得た。

 14歳になったエーの手の中で——かばんは静かに、次の旅を待っていた。


第一章 吸い込まれた午後

 宇宙暦2187年、7月14日。

「木星のエウロパて。氷の星やろ。なんがおもろいねん。修学旅行で奈良行く方が百倍マシやわ……」

 観光宇宙船**「コスモス7号」の窓際で、14歳の少年エー**は頬杖をついていた。

 父親の仕事の関係で半ば強制参加させられた宇宙観光ツアー。乗客は三十人ほど。家族連れ、カップル、定年退職した老夫婦——みんな窓の外の星を見て「きれい」とか「感動」とか言うてる。

 エーにはよくわからんかった。

 星なんて、毎晩見えるやん。

 窓の外に広がる漆黒の宇宙をぼんやり眺めながら、膝の上のかばんを撫でた。黒い革。古びたバックル。少し重たい。

 じいちゃんはこの景色が好きやったんやろなあ。

 宇宙物理学者やった祖父。生涯このかばんを手放さなかった祖父。死ぬ直前まで計算式を書き続けていた祖父。

 エーはかばんを開けて中を確認した。

 スマートフォン。エネルギーバー五本。折り畳み式太陽光パネル。そして——祖父のメモ帳。

 メモ帳をめくる。びっしりと書き込まれた計算式。読めない数式。謎の図形。そして最後のページだけ——計算式やなく、文字が書いてあった。

「エーへ。かばんはもう一度、お前を飲み込む。それまでの間——頼んだぞ。じいちゃんより」

「頼んだって、何を——」

「まもなく木星の衛星エウロパへの最終接近軌道に入ります。シートベルトをお締めください。」

 アナウンスが流れた瞬間やった。

 ズドオオオオオオン!!

 船全体が激しく揺れた。コンソールが一斉に真っ赤になった。警報が鳴り響く。乗客が悲鳴を上げた。

「ブラックホール接近警報!ブラックホール接近警報!全乗客は直ちに——」

「接近て!!なんで接近させとんねん!!ツアー会社の管理どないなっとんねん!!」

 窓の外に——漆黒の穴が広がった。

 光を飲み込む穴。時間を歪める穴。この宇宙で最も重い——

 エーはかばんを本能的に抱きしめた。

 じいちゃんのかばん。絶対離さへん。

 重力が消えた。体が浮く。時間が——

 伸びる——

 ズボオオオオオオオオオオン!!!!

 意識が、飛んだ。


第二章 一万年前の朝

 最初に感じたのは、においやった。

 草のにおい。土のにおい。水のにおい。

 大阪の空気とは全然違う。もっと濃くて、もっと生きてる感じのするにおい。

「……う、うぅ……」

 目を開けると、青い空があった。

 雲が白い。太陽が眩しい。鳥の声がする。

 あ、助かった。よかった。死ぬかと——

 ブオオオオオ――――ッ!!

 でかい鳥がエーの顔スレスレを飛び去った。翼開長三メートルはあった。見たことない種類やった。

「うわあああああ!!!なんやあの鳥!!プテラノドンか!?恐竜おる時代に来てもうたんか!?」

 エーはかばんを頭の盾にしてうずくまった。

 しばらくして、おそるおそる顔を上げる。

 草原が広がっている。地平線まで続く緑。風が吹くたびに草の波が起きる。どこかで川が流れている音がした。

 空気がうまかった。

 鼻が、すっきり通った。PM2.5ゼロやということが鼻でわかった。

 スマホを取り出す。圏外。当たり前や。

 GPSを見る。「現在地を取得できません」

「そらそうやろ!!一万年前にGPSあるかい!!」

 エーは立ち上がって周囲を見回した。

 人の気配はない。建物もない。道もない。あるのは草と空と風だけ。

 メモ帳を取り出して最後のページをもう一度読んだ。

「かばんはもう一度、お前を飲み込む。それまでの間——頼んだぞ。」

「……頼んだって、何をやねん。じいちゃん。」

 エーはかばんを背負い直して、川の音がする方向へ歩き始めた。

 水があるところに生き物がいる。生き物がいるところに——もしかしたら、誰かいるかもしれない。

 草原を三十分ほど歩いたころ。

 草むらがガサガサと動いた。


第三章 ルミナ族

 エーは咄嗟にかばんを構えた。

 草むらから現れたのは——

 人間に似ていた。しかし人間ではなかった。

 身長はエーと同じくらい。体の輪郭は人間に似ている。しかし瞳が金色で、光の角度によって虹彩が複雑に動く。指が六本。肌が微妙に、ほんの少しだけ、青みがかっている。

 その存在はエーを見て、胸の前で両手を合わせた。それから——

 光った。

 胸のあたりが、パカパカと点滅した。

「……なんや、光でしゃべっとる。」エーは呆然と言った。「モールス信号か。俺モールス信号知らんぞ。」

 その存在はしばらく光を点滅させていた。それからエーの顔をじっと見て——

「……ついてこい。」

 流暢な日本語やった。

「なんでしゃべれんねん!!」エーが叫んだ。「さっきの光はなんやってん!!びびらすなや!!」

「光は我々の本来の言語だ。音声はお前たちに合わせた。」

「お前たち? 俺たちのこと知っとるんか?」

「知っている。ついてこい。長老が待っている。」

 集落は草原の窪地に隠れるように作られていた。

 植物を生きたまま成長させて作られた建物。磁場から直接エネルギーを取る装置。光を蓄える器。

 エーはその光景に言葉を失った。

 未来の技術とも違う。過去の原始的な生活とも違う。

 生命と完全に調和した文明やった。

 集落の中心に、一人の女性が立っていた。

 背が高く、白い髪を持ち、金色の瞳が深い。数百年の時間を生きてきた静けさが、その佇まいから滲み出ていた。

「ようやく来たか。星の落とし子よ。」

 女性が言った。

 エーはずっこけた。

「なんでそんなセリフ言うんですか。俺、完全に事故でここに来たんですけど。ブラックホールに吸い込まれただけなんですけど。」

「それが運命というものじゃ。」

「運命て!!ちゃんとツアー会社に抗議しますよ!!口コミに星1つ書きますよ!!」

 女性は静かにため息をついた。

「……お前の祖父も、最初はそう言っておった。」

 エーはぴたっと止まった。

「……じいちゃんを知っとるんですか。」

「知っておる。よく知っておる。」女性は微笑んだ。「わしはセラ。この集落の長老じゃ。座りなさい。話すことがたくさんある。」

 エーが地面に座ろうとした瞬間、草むらから声がした。

「んだがら言ったべや!!お前が来るの遅すぎだべや!!どれだけ待たせるんだ!!」

 低い声やった。おばちゃんの声やった。

 しかしそこにいたのは——

 めちゃくちゃちっちゃい存在やった。

 セラの膝くらいしかない。金色の瞳でエーをじろっと睨んでいる。

「……子供か?」

「子供てなんだべ!!失礼でねぇか!!わだ、宇宙歴823年だぞ!!」

(合法ロリであった)

「な——なんでその見た目でその声なんや!!」

「体の成長が遅いだけだべや!あど200年したら大きぐなる予定だがら!うるさいごど言うな!」

「200年!?」

「ミュ、落ち着きなさい。」セラがため息をついた。「エーよ、この子がミュじゃ。わしの孫のようなものじゃ。」

「孫のようなもの!?823歳の!?」

 ミュはぷりぷり怒りながら腕を組んだ。

「んだがら言ったべや!!セラ!こいつにちゃんと説明しとかねがったがら混乱してるんだべや!!」

「お前が説明しろ。わしは疲れた。」

「わだだっていつも損するんだべや!!」

 エーは二人を交互に見た。

 ……大丈夫か、この集落。


第四章 ベイという存在

 集落に慣れ始めた頃、エーはヴェイと知り合った。

 エーと同じくらいの背格好。金色の瞳。六本の指。しかし他のルミナ族より少し色が薄い、どこか透き通った感じの少年。

「お前が星から落ちてきた変な生き物か。」

 ヴェイは最初からそういう口調やった。

「変な生き物て。失礼やな。」

「事実だろ。ブラックホールから落ちてくる生き物は変だと思う。」

「……まあ、自分でも思う。」

 ヴェイはエーの隣に座って、空を見上げた。

「お前の星はどんなところだ?」

「青くて、水が多くて、うるさくて——」エーは少し考えた。「たこ焼きがうまい。」

「たこ焼き?」

「食べ物や。丸くて、タコが入っとって、ソースがかかっとる。」

「……そのタコというのは何だ。」

「海に住む、足が八本の——」

「足が八本。」ヴェイは真剣な顔になった。「それは怖い生き物か?」

「食べ物や言うとるやろ!!」

 ヴェイは初めて笑った。

 そういう男やった。無口で、少し皮肉屋で、しかし一緒にいると不思議と落ち着く。

「ヴェイ、お前は俺のこと——最初から変やと思っとったんやろ。なんで話しかけてきたんや。」

「……お前が、じいちゃんのかばんと呼んでいたから。」

「え。」

「誰かの形見を大切に持っている者は——信用できると思う。」

 エーはかばんを見た。

「……ヴェイ。」

「何だ。」

「俺のじいちゃん、ここに来たんやって。セラさんが言うてた。じいちゃんのこと、知っとるか?」

 ヴェイは少し黙った。

「……会ったことはない。でも——話は聞いている。」

「どんな人やったって?」

「ミュが一番知っている。」ヴェイは言った。「でも——お前の祖父のことを話すとき、ミュはいつも違う顔になる。」

「違う顔?」

「普段うるさい顔が——静かになる。」

 エーはそれ以上聞かなかった。

 翌日の夕暮れ時やった。

 集落の外れで一人座っていたエーの前に、草をかき分けて誰かが現れた。

 逆光の中、銀髪がなびいた。

 長い手足。透き通るような白い肌。憂いを帯びた金色の瞳が、ゆっくりとエーをとらえた。

 風がそよいだ。

 ……少女漫画から出てきたんか。

 絵になりすぎてた。

 美青年はゆっくりとエーに近づき——おもむろに、土下座した。

「お初にお目にかかりやす。手前、ベイと申しやす。以後、お見知りおきを。」

 声が、完全にヤクザやった。

「……なんでそのビジュアルでその口調なんや。」

「何か問題でも?」

「大ありや!!ギャップが怖い!!」

「旦那様が到着されたと聞き、ご挨拶に参上した次第でござんす。」

「旦那様て。俺のことか。」

「へえ。」ベイは立ち上がって、静かにエーを見た。「姐さんからお話は伺っておりやす。」

「姐さん?」

「ミュ姐さんでござんす。」

 そこへ当のミュがとことこやってきた。

 ベイがミュを見た瞬間、表情がやわらかくなった。少女漫画のワンシーンみたいに、自然に微笑んだ。

「……姐さん。ご無事で何よりでござんす。」

「んだ。まあな。」ミュは木の実をバリバリ食べながら言った。

「ちょっと待って。」エーが言った。「ミュが姐さん? あのちっちゃい——」

 ベイの目が据わった。

「旦那。」声のトーンが一段下がった。「姐さんをちっちゃいと言う者は——この手前が許しやせん。」

「こ、怖い……」

「ベイは800年来のわだの子分だべや。」ミュが得意げに言った。「よぐわかっとる。」

「800年……」

 後でヴェイに聞いた。

「ベイって、ルミナ族とちゃうよな。」

「……うん。」ヴェイは少し言いにくそうにした。「ゴキブリ。」

「は?」

「古代ゴキブリの変異種。一億年前から地球にいる。進化して、知性と言語を持った。ミュの子分歴800年。」

 エーはベイを見た。夕暮れの光の中、銀髪がなびいている。睫毛が長い。憂いが深い。

「……あれが。」

「地球の真の先住民だよ。俺たちルミナ族よりずっと古い。」

 エーはしばらく沈黙した。

「……なんでそのビジュアルに進化したんやろな。」

「それは俺も知りたい。」


第五章 かばんの秘密、そして絶滅の話

 三日目の夜。セラがエーを呼んだ。

 焚き火を囲んで、セラ、ミュ、ヴェイ、ベイ——全員が座っていた。

「話すことがある。」セラが言った。「お前がここへ来た理由を。」

 エーはかばんを膝に置いた。

「このかばんはな——ただの形見ではない。」セラは静かに言った。「ルミナ族が作った時空間航行装置じゃ。」

「……時空間航行装置。」

「特定の遺伝子を持つ存在を、特定の時代へ強制転送する力を持っておる。お前の祖父も、同じようにここへ来た。そしてわしらから多くのことを学び——未来へ持ち帰った。」

「じいちゃんが——」

「んだ。」ミュが口を開いた。「お前の祖父が未来に持ち帰ったのは知識だけじゃねぇ。わだらルミナ族の遺伝情報も一緒に持ち帰ったんだ。」

「遺伝情報を……なんのために。」

 セラが火を見つめながら言った。

「わしらはな——もうすぐ絶滅する。」

 焚き火が、ぱちっと爆ぜた。

「この星はわしらには少しだけ合わなかった。免疫が、少しずつ崩れていっておる。止められん。このままでは——百年以内に、ルミナ族は一人も残らん。」

 エーは黙った。

 目の前のヴェイを見た。ヴェイは空を見上げていた。

「……ヴェイも?」

「俺は少し早い。」ヴェイは静かに言った。「星の病、ってミュは呼んでる。俺はもう——そんなに長くない。」

「……そんな。」

「いいんだ。」ヴェイは微笑んだ。「慣れた。」

 慣れた、という言葉の重さがエーの胸に刺さった。

「でも。」ミュが言った。声が、いつもより低かった。「わだらは何も残さずに消えるつもりはねぇべや。」

「どういうことですか。」

「わだらの記憶、言語、感情の構造——それをこの星の生命に委ねる。土に還り、水に溶け、やがて新しい命の中に宿る。」

「……人類のことやんな。」

「かもな。」ミュは空を見上げた。「人間の遺伝子にはな、説明のつかない跳躍がある。ある時代を境に、突然知性が飛躍した痕跡がある。それは——わだらが委ねたものが発現したからだべや。」

「つまり——俺の中に、ルミナ族の欠片がある?」

「そうだべや。」

 ヴェイがエーに言った。

「なあエー。人間って、理由もなく星を見上げて——懐かしくなることあるか?」

「……ある。」

「それ、俺たちだよ。」

 エーは鳥肌が立った。

「……ゾワっとしたわ今。」

「せやろ。」

 ベイが静かに言った。

「旦那様。手前どもゴキブリはな——一億年この星を見てきやした。ルミナ族が来る前も、来た後も、ずっと。」

「……ベイは、悲しくないんか。ルミナ族が絶滅することが。」

 ベイは少し間を置いた。

「……悲しいでござんす。」静かに、しかしはっきりと言った。「でも——消えることと、なくなることは違うと、姐さんに教えてもろうたでござんす。」

「んだ。」ミュが言った。「わだらは消えない。形が変わるだけだべや。」

 エーはかばんを見た。

「……じいちゃんのメモ帳に、適合コードのことが書いてありました。」

 全員がエーを見た。

「適合コード?」セラが身を乗り出した。

「よくわからんかったんですけど——ルミナ族の遺伝子を地球環境に適合させる方法、って書いてあって。じいちゃんの計算式が——」

 ミュが立ち上がった。ちっちゃい体で。

「んだがら言ったべや!!」

「え。」

「んだがら言ったべや!!お前の祖父がここさ来た時、わだはずっと言い続けてたべや!!適合コードを使えば絶滅を遅らせられるって!!誰も信じなかったべや!!」

 セラがため息をついた。「……ミュ。823年間言い続けていたのは知っておる。」

「信じてくれてたんですか!?」

「……半分は。」

「半分!!」

「でも——」セラはエーを見た。「お前の祖父が未来へ持ち帰った遺伝情報と、ミュの言う適合コードが組み合わさった時——何かが起きるかもしれん。」

「何かって——」

「それはまだわからん。」セラは静かに言った。「しかし——お前がここへ来た理由は、それだと思う。」

 エーはメモ帳を開いた。

 最後のページ。

「頼んだぞ。」

「……じいちゃん。」

 エーは小さく呟いた。

「わかった。やってみる。」


第六章 討伐者、来る

 五日目の朝。

 エーとヴェイが朝飯を食っていると——空が突然ピンク色に染まった。

「なんや!?」

 光の中から、ひらひらのコスチュームを着た美少女が降りてきた。膝上のスカート、リボン、キラキラのステッキ。どこからどう見ても変身美少女戦士のビジュアルやった。

 着地と同時に、決めポーズ。

「愛と正義の名において——」

 決めセリフが来る——

 しかし止まった。

 おもむろに扇子を取り出した。

「えー、まくらをひとつ——」

「落語始まった!!」エーが叫んだ。

「時空間の旅というのはね、旦那、難儀なもんでございましてね。あたしも昔、木星あたりで道に迷いましてね。その時に出会うたのが、宇宙一頑固な老船長でございまして——」

「絶対長いやつや!!」

 続いてもう一人降りてきた。

 グレーの猫型ロボット。ずんぐりむっくり。お腹に大きなポケット。目が細くて、顔に深いシワが刻まれていた。

「標的確認。ニャえもん、任務開始する。」

 渋い声やった。ベテラン探偵の声やった。

 ニャえもんはポケットに手を突っ込んだ。

「まずはこれだ。標的を捕縛する——どこでもド——」

 取り出したのは取っ手だけやった。ドアの部分がなかった。

「………。」

「………。」

 ニャえもんは無表情のままポケットに手を突っ込み直した。

「今度こそ絶対うまくいく。——タケコプ——」

 取り出したのは軸の部分だけやった。プロペラがなかった。

「道具の管理どないなっとんねん!!」エーが叫んだ。

「うるさい。黙れ標的。」

 ニャえもんは三度目のポケットを試みた。

 取り出したのは——さっきの取っ手と軸やった。同じやつやった。

「同じやつ出てきた!!」

 ミュがとことこ走ってきた。

「んだがら言ったべや!!宇宙落語協会と宇宙探偵局が動いたべや!!やっぱりそうなったべや!!」

「知っとったんかい!!なんで教えてくれへんかったんや!!」

「言う暇なかったべや!!毎日バタバタしとったべや!!」

 ベイが静かにエーの隣に立った。銀髪がなびいた。

「旦那様。」ベイの目が据わっていた。「ルナリア殿の落語が終わった瞬間に必殺技が来るんでござんす。」

「どのくらいかかるんや。」

「……最短で一時間でござんす。」

「一時間!!」

「過去最長は七時間でござんす。」

「七時間!!」

「——そこで老船長がね、言うわけですよ——」

 落語は続いていた。


第七章 許可証と落語とオチと

 ニャえもんがポケットを漁り続ける間、ベイが静かに前に出た。

 少女漫画の王子様ビジュアルのまま、ニャえもんの正面に立った。

「……手前から一つ、お頼み申したいことがありやして。」

 ニャえもんがベイを見た。「……何だ。」

「旦那様は時空間秩序の違反者ではありやせん。かばんに選ばれた正規の使者でござんす。」

「証拠は。」

 ベイはスッと懐から書類を取り出した。びしっと決まった所作で。

 ニャえもんが書類を受け取った。

 しばらく読んだ。

「………これは——宇宙時空間管理局の——」

「正式な通行許可証でござんす。姐さんが823年前に取得しておいたものでござんす。」

 ミュが木の実をバリバリ食いながら胸を張った。

「んだがら言ったべや!!書類はちゃんと準備しとくもんだべや!!」

「823年前に準備しとったんか!!」エーが叫んだ。

 ニャえもんはポケットから確認端末を取り出した。今回はちゃんと全部出た。空振りしなかった。

 端末にかざす。

 ピッ。

「………正規の許可証だ。有効期限——」

 ニャえもんが止まった。

「……有効期限?」エーが嫌な予感がした。

「有効期限——本日まで。」

 全員が固まった。

「ぎ、ぎりぎりセーフやんか!!」

「……ぎりぎりだ。」ニャえもんは言った。「任務中断する。」

 問題が一つ残っていた。

「——そこで老船長がね、ようやく口を開いたわけですよ——」

 ルナリアがまだ落語をしていた。

 誰も止められなかった。

「どないすんねん!!落語終わったら必殺技来るんやろ!!」

 ニャえもんが言った。「……落語は止められない。宇宙の法則だ。」

「そんな法則あるか!!」

 ヴェイが静かに言った。「……落語って、オチが来たら終わるんだろ。」

「そうや!!オチさえ来たら終わる!!」

 全員がルナリアを見た。

「——さあ、老船長はなんと答えたと思います?——」

「オチ来る!!来るで!!」

 全員が身構えた。

「——老船長がね、言うんですよ——」

 焚き火がぱちっと爆ぜた。

「——宇宙でいちばん長い旅はな、人の心の中への旅や、って。——」

 ルナリアがぱちっと扇子を閉じた。

 静寂。

「……とまあ、そんなわけで——」

 ステッキが光り始めた。

「来る!!来るで!!」

「ルナリア・スターライト——」

 キラキラの光がエーに向かって収束した。

「にゃえもん!!止めてくれ!!」

「……任務中断だ。言っただろ。」

 ニャえもんがルナリアの肩に手を置いた。

 ルナリアが止まった。

「……何ですの。」

「許可証があった。任務中断だ。」

「……落語、一時間したのに?」

「そうだ。」

 ルナリアはしばらく黙った。

 扇子をゆっくり開いた。

「…………えー、まくらをひとつ——」

「やけくそになっとる!!」


第八章 焚き火を囲んで

 結局、ルナリアの落語をもう一席聞くことになった。

 セラも、ヴェイも、ミュも、ベイも、エーも、ニャえもんも、焚き火を囲んで座った。

「えー、あるところにな、かばんがありましてね——」

 今度の演目は短かった。三十分。

「——おあとがよろしいようで。」

 拍手が起きた。

「……うまかった。」ニャえもんが言った。「久しぶりにちゃんとした落語を聞いた。」

「おおきに。」ルナリアが笑った。変身姿のまま、普通に笑った。「討伐対象に落語聞かせたのは初めてやわ。」

「俺、討伐対象やったんか。」

「違うことになったけど。」

 ミュが木の実を食いながら言った。「ニャえもん。お前、道具いつもそんな感じか?」

「……いつもだ。」ニャえもんは淡々と言った。「ポケットの制御システムに不具合がある。二百年直らない。」

「二百年!!」

「今度こそ直ると思うたびに直らない。」

「それ道具より先にそっちを直すべきやろ!!」

 ニャえもんはポケットに手を入れた。

「……今度こそ絶対うまくいく。」

 取り出したのは——どこでもドアの取っ手と、タケコプターの軸やった。またやった。

「同じやつ!!」

 深夜。

 エーが一人でかばんを眺めていると、ミュがとことこやってきた。

「眠れねぇか。」

「……うん。」エーは言った。「なんか、色々ありすぎて。」

 ミュはエーの隣に座った。ちっちゃいから、並んでもエーの肩くらいしかない。

「なあエー。本当のごど、話すべきだべや。」

「……まだ隠してることあるんですか。」

「一番大事なごとだべや。」

 ミュは空を見上げた。

「お前の祖父がここさ来た時——わだは一緒に未来へ行ったんだ。」

 エーは固まった。

「魂の一部だけだ。人間の体を借りて。お前の祖父として生きた。宇宙物理学者として、ブラックホールの研究を続けた。そしてかばんを——お前に残した。」

「……じいちゃんが、ミュ——」

「そうだべや。」ミュは静かに笑った。「体の成長が遅いのはそのせいだ。魂の一部を未来に置いてきたがら。でも——お前がここさ来てくれたがら、わだはまた全部になれた。」

 エーの目から、何かが出てきた。

「……泣ぐな。みっともねぇ。」

「泣いてへんわ!!」エーは袖で目を拭った。「……泣いてへんわ。絶対泣いてへん。」

「んだがら言ったべや。」ミュは言った。「かばんはお前を選ぶって——ずっと言ってたべや。」

「……うん。」

「頼んだぞ、って書いてあっただろ。あれはわだが書いたんだ。」

 エーはかばんを抱きしめた。

「……わかった。じいちゃん。やってみる。」


第九章 ルナリア、本気を出す

 翌朝。

 適合コードの発動準備を始めようとした、その時やった。

 ルナリアがエーの前に立った。

 変身姿のまま。しかし昨日と目が違った。

 仕事の目やった。

「……ところで。」

 声のトーンが、一段下がった。

「許可証の件、確認し直しましたわ。」

 ニャえもんが反応した。「……何?」

「あの許可証——823年前に発行されたもので、有効期限が822年と364日やったんですわ。」

 全員が固まった。

「……つまり。」ニャえもんが端末で計算した。「期限切れは——」

「ちょうど昨日でござんす。」ルナリアは静かに言った。「一日、足りませんでしたわ。」

 ミュが絶叫した。

「んだがら——んだがら——!!」

「姐さん!?」ベイが駆け寄った。

「んだがら更新しとくべきだったべや——!!わだとしたごとがねぇべや——!!823年間ちゃんとしてきたのにこごだけ——!!」

「今それどころやないでしょ!!」エーが叫んだ。

 ルナリアがステッキを構えた。

「恨まんといておくんなさいよ。これは仕事やさかい。」

「待って!!待ってください!!話し合いで——」

「ルナリア・スターライト・エクスキューション——!!」

 光が、エーを包んだ。

 ベイが飛び出した。

 間に合わなかった。

 ズドオオオオオオオン——!!!!


第十章 エー、逝く

 煙が晴れた。

 エーが、倒れていた。

「エー!!」ヴェイが駆け寄った。膝をついて、エーの肩を揺さぶった。「エー!!しっかりしろ!!」

「旦那様——!!」ベイが飛び出した。銀髪が乱れた。

 ミュがエーの側にとことこ歩み寄った。ちっちゃい手で、エーの頬に触れた。

 温かかった。まだ。

「……エー。」

 返事がなかった。

「……エー!!」

 焚き火が、ぱちぱちと音を立てた。

 草原の風が吹いた。

 ルナリアは目を閉じた。扇子を胸に当てた。

「……南無。」

 声が、震えていた。


 空中に浮いているエーの浮遊霊は自分の死体を見ながら思った。

(この設定には主人公特権は存在しないのか・・・)


 ニャえもんは何も言わなかった。ただポケットに手を入れたまま、動かなかった。目が——わずかに、細くなっていた。

 ベイが立ち上がった。

 銀髪が乱れていた。少女漫画の王子様の顔が、初めて崩れていた。唇が、かすかに震えていた。

「……姐さん。」

「んだ。」ミュの声が、低かった。いつものうるさい声やなかった。

「旦那様の、かばんが——」

 全員がかばんを見た。

 かばんが、光っていた。

 さっきまでと違う光り方やった。赤い。脈打つように。まるで——

 まるで、誰かを探しているように。

「あの光は——」セラが息を呑んだ。「次の使者を——呼んでおる——!!」

 かばんから光が放たれた。

 その光が向かった先は——

 ニャえもんやった。


第十一章 主人公、交代

 光がニャえもんを包んだ。

「……何だ。」

 ニャえもんはポケットから確認端末を取り出した。ちゃんと出た。

 端末が告げた。

「時空間使者、選定完了。次期使者——ニャえもん。選定理由:高い適応能力。豊富な任務経験。そして——」

「……そして?」

「——本人が一番、この任務を終わらせたいと思っているから。」

 全員がニャえもんを見た。

 ニャえもんは少し黙った。

「……標的だった。」ニャえもんはゆっくり言った。「それが——」

 ポケットに手を入れた。

「……今度こそ絶対うまくいく。」

 取り出したのは——かばんと同じ革のストラップやった。

 かばんに近づけると、ぴたっと繋がった。空振りしなかった。初めて。

 かばんが金色に光った。

 ミュがニャえもんを見上げた。

「……お前に任せてええか。」

 ニャえもんはミュを見た。

「……姐さんと呼んでいいですか。」

 ミュは少し驚いた顔をした。

 それから、ふっと笑った。

「……んだ。ええべや。」

「行ってきます、姐さん。」

 ニャえもんはかばんを持ち上げた。

 ルナリアが扇子を開いた。

「……うちも、一緒に行きますわ。」

「……なぜだ。お前はエーを——」

「だからや。」ルナリアは静かに言った。「これはうちの責任や。落語家は——落とし前をつけるんですわ。」

 ニャえもんはしばらくルナリアを見た。

「……ついてこい。」


第十二章 ニャえもんの目

 主人公が変わった。

 視点が変わった。

 ニャえもんの目から見る世界は——エーが見ていたものとは違った。

 感情がない。あるのは論理と記録と——しかし、説明のつかない何か。

 エーは標的だった。任務は達成された。しかし——

 なぜ、このかばんは私を選んだ。

 かばんを持って歩きながら、ニャえもんは考えた。

 二百年間、道具が空振りし続けた。任務を碌にこなせなかった。探偵として暗殺者として——失敗続きの二百年やった。

 しかし。

 ニャえもんはポケットに手を入れた。

 取り出したのは——小さな録音機やった。空振りしなかった。

「……これがある。」

 録音機には、エーが一万年前で過ごした記録が入っていた。声も。笑い声も。すべて。

 任務前に標的の行動を記録するのが、ニャえもんの仕事やった。だから——エーが集落で過ごした五日間の、すべてが入っていた。

 ルナリアが横に並んだ。

「……何を考えてますの。」

「エーの記録がある。」ニャえもんは言った。「かばんに繋げれば——意識の残滓を呼び起こせるかもしれない。」

「……そんなこと、できますの?」

「試みる。」

「根拠は。」

「今度こそ絶対うまくいく、という確信だ。」

「それ根拠やないですやん。」

「今まではそれで空振りだった。しかし——」ニャえもんはかばんを見た。「かばんが私を選んだ。今回は違う。」

 ルナリアは黙った。

「……ニャえもん。」

「何だ。」

「うち、ちゃんと落とし前つけますわ。」

「……知っている。」


第十三章 三つの鍵

 ミュの元へ戻ったニャえもん。

「姐さん。適合コードの発動に必要なものを教えてください。」

 ミュが言った。「エーの遺伝子と、ルミナ族の記録石と、ブラックホールのエネルギー。この三つだべや。」

「エーの遺伝子は——」ニャえもんはかばんを示した。「かばんの中にある。エーと一体化している。」

「んだ。」

「記録石は——」

 ヴェイが立ち上がった。

 ポケットから、小さな結晶を取り出した。内側から光を放つような、青白い結晶。

「……エーに渡そうとしていた。」ヴェイは言った。「受け取ってくれるか。」

 ニャえもんは無言で受け取った。

「ブラックホールのエネルギーは——」

 ベイが前に出た。

 銀髪がなびいた。少女漫画の王子様ビジュアルのまま。しかしその目は、800年の時間を生きた者の目やった。

「手前どもゴキブリ一家——一億年分のエネルギーを体内に蓄積しておりやす。」

「……どういう意味だ。」

「ゴキブリはな、旦那。」ベイは静かに微笑んだ。「ブラックホールが地球を飲み込んでも、生き残る生き物でござんす。一億年——宇宙の極限エネルギーと共鳴しながら生き延びてきやした。」

「……それを使えばどうなる。」

「しばらく眠るだけでござんす。」ベイは言った。「手前はゴキブリでござんすから。どんなことがあっても——死にやせん。」

「ベイ。」ミュの声が低くなった。「お前、それ——」

「姐さん。」ベイはミュを見た。「800年間、手前は姐さんの子分でござんす。姐さんが大切にしているものを守るのが——手前の仕事でござんす。」

 ミュはちっちゃい手を握りしめた。

「……んだがら言ったべや。」声が、震えていた。「ベイはいつもこうだべや。800年、変わらねぇべや。」

「姐さんが変わらないから、手前も変わらないんでござんす。」

 ルナリアが目に手を当てた。

「……ちょっと待っておくんなさいよ。落語家は楽屋で泣くって言いましたやろ。今がその時でござんすわ。」

 ニャえもんは何も言わなかった。

 ただポケットに手を入れた。

 取り出したのは——小さなハンカチやった。空振りしなかった。

 無言でルナリアに渡した。

 ルナリアは受け取って——また泣いた。

「……道具、たまにはちゃんと出るんですやんか。」

「……必要な時には出る。」ニャえもんは言った。「そういうものだ。」


第十四章 発動

 三つが揃った。

 エーの遺伝子——かばんの中に。


 ルミナ族の記録石——ニャえもんの手の中に。


 ブラックホールのエネルギー——ベイの体の中に。

 ニャえもんが、三つを一点に集めた。

 録音機をかばんに接続した。

 かばんが反応した。赤い光が、金色に変わった。

「エー。」ニャえもんは言った。「聞こえているか。」

 かばんが、ぽかっと一回光った。

「……お前の記録は全部ある。声も、笑い声も、ヴェイと話した夜の言葉も。」

 ぽかっ。

「お前がやろうとしていたことを——私がやる。異論はあるか。」

 しばらく間があった。

 それから——かばんが激しく光った。

「……異論なし、と受け取る。」

 ベイが前に出た。

「旦那様——いや。エー。」ベイは笑った。「見ていておくんなさいよ。」

 ベイの体が光り始めた。少女漫画の王子様みたいなビジュアルのまま、一億年分の古代ゴキブリのエネルギーをまとった。

「姐さんィ——!!」

「んだ、行け!!ベイ!!」ミュが叫んだ。

 ベイはエネルギーを解放した。

 記録石が共鳴した。

 かばんが爆発するように光った。

 ルナリアが扇子を開いた。

「えー——」

 全員が振り返った。

「——はなむけに、まくらをひとつ。」

 ルナリアの声が、静かに、草原に広がった。

 落語やなかった。ただの、言葉やった。

「あるところに、かばんがありましてな。そのかばんはね——出会った者全員を、家族にしてしまうんですわ。」

「出会った者が、どこにいても。何になっても。一万年離れていても——ずっと、家族のままでいられるんですわ。」

「とまあ、そんなわけで——」

「おあとがよろしいようで。」

 光が、爆発した。


第十五章 朝

 光が収まった。

 草原の夜明け。

 ルミナ族の集落が、少しだけ変わっていた。

 空気が澄んでいた。

 ヴェイが深呼吸した。

「……あ。」

「どうした。」セラが聞いた。

「……息が、楽だ。」

 セラは空を見上げた。

 目に光るものがあった。

「……適合が、始まっておる。」

 完全な解決やない。百年かかるかもしれない。それでも——

 時間が、稼げた。

 ヴェイが空に向かって言った。

「……エー。うまくいったぞ。」

 かばんが——どこかで、ぽかっと光った気がした。

 ニャえもんはベイのそばに立っていた。

 ベイは地面に座っていた。体中の力が抜けていた。しかし——笑っていた。

「……手前、やりやしたよ。旦那。」

「……ああ。」ニャえもんは言った。「やった。」

「ニャえもん。」ベイは言った。「旦那様のこと——よろしゅうお頼み申しやす。」

「……わかった。」

 ミュがベイの隣に座った。ちっちゃい体で、ベイの手に自分の手を重ねた。

「……んだがら言ったべや。」ミュは言った。「ベイはいつも帰ってくるべや。」

「……姐さんが待っているから、帰れるんでござんす。」

 ルナリアが扇子を閉じた。

「……落とし前、つけられましたわ。」

 誰も何も言わなかった。

 草原の風が吹いた。


エピローグ一 大阪、夜

 宇宙船のログには、こう記録されていた。

「乗客エー、行方不明。捜索打ち切り。」

 エーは帰ってこなかった。

 しかし——ニャえもんは帰ってきた。

 大阪の夜。かつてエーが住んでいた部屋。

 ニャえもんは窓を開けて中に入った。

 机の上に、かばんを置いた。

 かばんが、ぽかっと光った。

「……ただいま、と言えばいいか。」

 かばんがまた光った。

 台所からカサカサ音がした。ベイやった。触角をぴくぴくさせながらニャえもんを見上げた。

 ニャえもんはポケットから小さな皿を取り出した。ゴキブリが好きそうなものが乗っていた。空振りしなかった。

「……食え。お前のおかげで任務が完了した。」

 ベイの触角が激しくぴくぴくした。

 窓の外から、東北弁が聞こえた。

「んだがら言ったべや——みんなで帰ってきたべや——!!」

 ニャえもんは窓の外を見た。

 金色の星が、パカパカと点滅していた。

「……エー。」ニャえもんは言った。静かに。「お前の分まで——」

 ポケットに手を入れた。

 取り出したのは——エーが一万年前の夜に書いた、小さなメモ用紙やった。落書きみたいな文字で、こう書いてあった。

「うるさく生きる。じいちゃんとの約束。」

「——うるさく生きてやる。」

 かばんが、激しく光った。

 まるで——

「それでええ!!」

 と言うように。

 どこかで、ルナリアの扇子がぱちっと閉じる音がした。

 そしてニャえもんは、生まれて初めて——

 笑った。


エピローグ二 一万年後

 ある博物館の展示室。

「一万年前の地層から発見された結晶。加工の痕跡が当時の技術水準を大きく超えており、未だ解明されていない。」

 そのラベルが貼られた展示ケースの前で、一人の少女が立ち止まった。

「……なんか、懐かしい気がする。」

 少女は首を傾げた。

 なぜ懐かしいのか、わからなかった。

 ただ——そう感じた。

 それでいい。

 それで、ええんや。


「ブラックホールのかばん」——完——

教訓:許可証の有効期限は毎年確認しましょう。


そしてゴキブリは最強です。


おあとがよろしいようで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ