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夢の盾 現の剣  作者:
第一章
6/18

五 特別教室棟

 杉原さんは皆と距離を置いている。僕が出した結論はそれだった。


 杉原さんの心が知りたいと思って、昨日一日かけて彼女を観察したのだ。自分でも、気持ち悪い奴だなと思うよ。こっそり杉原さんを目で追って、ふとした表情も見逃さないように気を配って。

 でももう、誰に何を言われてもいいや。そんな気分だった。僕は僕なりのけりのつけかたを探すって、決めたんだ。

 杉原さんは少し、独りでいることが多くなっていた。ほとんど違和感を覚えないくらい、僅かな変化だ。たぶん、おかしいと思うのは僕くらいだろう。一昨日の「あの時」以前と今の杉原さんを比較できるのは、僕しかいないから。

 例えば、杉原さん自身から友達に話しかけに行くことがなかった。休み時間は誰とも話さず、1人で本を読んでいた。選択授業の教室移動も、ゆっくり準備をして友達とはタイミングをずらして、1人で行ったようだ。何気ないことだけど、妙に気になった。


 極めつけは、昼休みだ。僕が昼練へ行くより早く、杉原さんは教室を出て行った。弁当も食べずに。

 さすがにダメだと思って、後をつけることはしなかった。でも気になるから、昼練に行くのはやめて、ずっと教室にいた。ちょっとした用事なら、すぐに戻ってくるだろうと思って。

 でも杉原さんは、5限が始まる直前まで戻ってこなかった。

 どこへ行っていたんだろう。昼、ちゃんと食べたんだろうか。


 杉原さんはちょっと疲れているように見えるけど、それ以外はいつも通りだ。話しかけられれば笑って返す。授業で当てられたらはきはき答える。

 でも、何というか――透明になってしまったみたいだった。存在を薄めて、杉原さんは遠くへ行ってしまった。

 誰も、気づいていないけど。




 僕は決心した。こうなったら、もう他に方法はない。杉原さんから、直接話を聞くんだ。

 ちゃんと、本当のことを言ってほしいと伝えよう。異世界なんかの話じゃなくて、本当は何を考えているのかを。杉原さんは、絶対に何か悩んでいる。


 決意とともに学校へ来て、僕は朝からチャンスを探した。授業中もじりじりしながら過ごして、ついに昼休みになった。

 昨日と同じように、杉原さんは教室を出て行く。僕は迷わず席を立った。

「――あ、嶋本くん」

 彼女に続いて教室を出ようという時に、呼び止められた。委員長の北沢だ。ちょうど同じタイミングで教室を出ようとして、鉢合わせしてしまった。

 北沢は眼鏡を押し上げて、しっかり者らしいはきはきした口調で言った。

「ちょうどよかった。嶋本くん合唱部だよね?あのさ、音楽の宗田先生に――」

「ごめん北沢、後でもいいかな」

 目で杉原さんを追いながら、僕はうわの空で言った。杉原さんは、廊下をまっすぐ進んでいく。

 北沢は僕の視線の先に気付いたようだった。

「……葉月と何かあった?」

 首を傾げ、眉を寄せて北沢は言った。ため息を含んだ心配そうな声だった。

「なんだかあの子、元気ないよね」

「――うん」

 僕は頷いた。

 短く応じただけだけど、内心ではちょっと感動に震えていた。

 ――僕だけじゃない。気付いている人は、ちゃんといるんだ。

 それはとても勇気づけられることだった。杉原さんが皆から遠ざかろうとしていること、僕以外にもわかっている人がいる。僕一人ではないということが、こんなにも心強く、嬉しいことだなんて。

「心配だから、ちょっと一緒に話そうと思って」

 杉原さんは廊下の突き当たりを左に曲がっていった。あの先は渡り廊下で、特別教室棟に繋がっている。

「ごめん、行くわ」

「……うん」

 気がかりそうな顔をした北沢に軽く手を振って、僕は走った。


 すぐ追いつけるはずだった。杉原さんの歩調は決して速くなかったし、特別教室棟までは何もない、ただの廊下だ。昼休みだから人は多いけど、見失う要素なんてなかった。

 でも、廊下を曲がってもそこに杉原さんの姿はなかった。

 教室の方はがやがやと賑やかだったのに、渡り廊下の先の薄暗い別棟はしんとしている。授業中でもないこの時間、ここに用がある奴なんて普通はいない。授業後には金管バンドの練習場になっている棟だけど、昼の練習は禁止されているらしい。トランペットどころか、物音一つしなかった。

 南向きの窓がない特別教室棟はひんやりした空気に沈んでいて、少しの音でもよく響いた。化学実験室や生物準備室、物置になっている教室、どの扉もぴったり閉じられている。杉原さんはどこにいるんだろうか。


 虱潰しに一つずつ入って確かめようか考えていた僕の耳に、かすかな音が聞こえた。

 話し声のようにも聞こえて、僕はどきりとした。息を殺して、耳をそばだてる。

 けれどそれきり、音は聞こえてこなかった。

 もうヤケクソだ。僕は1番近い教室の扉を、勢いよく開けた。鍵はかかっていなかった。

「――杉原さん?」

 耳が痛くなる静けさに負けないよう、僕はわざと大きな声を出した。

 そこは、美術の準備室のようだった。選択で美術を取っていない僕には、初めて入る教室だ。つんと、ほこりの淀んだにおいが鼻をつく。普通教室の半分くらいの広さで、絵を乾かす棚や石膏の入ったケースが並べてあって、ずいぶん狭く見えた。

ゆっくり見回してみても、探している人の姿はなかった。

「いないか……」

 呟きながら、僕は念のため中へ入った。気配はなかったけど、この教室には死角になりそうなところが多かったから。奥まで入って確かめようと思った。


 そして、それに会った。


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