第9話 剣士の傷
両者共一歩も引けを取らない。
しかし最初に動いたのは烏田だった。烏田が足を強く踏み込んだのとほぼ同時に魔神も足に力を入れた。
凄まじい轟音。刀と拳がぶつかり合う音。それはとても激しかった。どっちかが行動を間違えれば負けそうなぐらいだ。
(み、見えない…全く、烏田さんの動きが、見えない!)
その動きは斬撃が少し見える程度。瞬間移動するかのように戦い合う烏田と魔神の戦いに、剣也はついていくことができなかった。
剣也は膝から崩れ落ちた。
(やっぱり、烏田さんにとって俺は邪魔な存在なのかもな。俺はこれをおきに魔物討伐隊を引退しよう。そうすれば、少しでも烏田さんが楽になるかも知れない)
いつまでも続く戦い。そのように見えた。しかし、終わりはすぐにきた。
「俺はさっきからなぜ、能力を使わないと思う?」
魔神は笑いながら烏田に問いかけた。
「ふん、そりゃ俺の攻撃が当たりすぎて能力が使えないんだろ」
「半分正解だけど、半分間違いだな」
「何だと?」
「答えはこのためさ!」
力強く言った魔神は剣也の方をみた。剣也のほうを見て、突如口を開けはじめた。
そう、魔神は狙っていたのだ。ずっとこの時を。剣也は魔神にとって人質のようなもの。なるべく近づいて攻撃するつもりだったのだ。
「やめろ!」
烏田の叫びも虚しくいつでもビームを撃てる状態へと変わってしまった。
烏田は全力で剣也の方へと走った。最後の抵抗だったのだ。
数秒走っていたが、いつまで経ってもビームが撃たれない。烏田はまさかと思い、後ろを振り返ると、そこには拳を握りしめた魔神の姿があった。
バゴーン
そしてその瞬間、烏田は物凄い勢いで壁を何個も何個もぶち破りっていった。
「えっ?」
剣也が見たのは、さっきまで烏田さんが持っていた三日月宗政と、そして…三日月宗政を握っていた右腕が残っていた。
それを見た剣也は驚きを隠せなかった。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!」
剣也の悲痛な叫びも虚しく魔神は少しづつ剣也の方へと近づいていた。
そして気付くとすぐ上に目を大きく開けた魔神の姿があった。剣也は諦めるかのように言った。
「殺すんだったら殺せよ。どうせ烏田さんは死んだんだろ」
剣也の目には、もう光一つも灯っていなかった。それはそうだ今までずっと共にしていた烏田がこんな呆気なくやられてしまったのだ。今まで負けた烏田さんを見たことがない。それは魔物との戦いでも、日常での戦いでも、どの戦いでも見たことがなかった。
そんな相手と自分が戦ったところで死ぬのは確定している。そのため剣也はしょうがなく辛い現実、死を受け入れた。
「んじゃ、望み通りに」
魔神は拳を上にあげた時だった。
「剣也、お前は恐怖がわかる魔物討伐隊だ。まだ人情があるってことだ。そんなお前を俺は見捨てねぇ。ぜってえにな!」
後ろには満身創痍の烏田がいた。右腕からは血が大量に溢れており、他の部位からも血が溢れ続けている。ありとあらゆる骨は折れていた。
はっきりいってしまうともうここまでの状態になってしまったらもう助からない。もってもあと数分といったところだった。
「烏田さん…」
剣也は涙を浮かべて烏田を見た。
烏田は一所懸命にズボンのポケットを左手で探り、タバコを一歩取り出し火をつけた。
しかし天候は雨。当然長くタバコを吸い続けられるわけもなく、一瞬でタバコは使い物にならなくなった。
「これが最後の…晩餐ってやつか」
寂しそうに言う烏田。
「実は刀だけが俺の武器じゃねぇ。こんな時もあるかと思って、事前に体術を身に着けておいたのさ」
そう言うと烏田は左手に全ての魔力を吸い寄せた。
(一瞬にして魔力を左手の拳に集めた。なるほど、この一撃で全てを終わりにしようってことだな!)
「面白い!受けて立つぞ人間!」
そういって魔神も左手の拳に全ての魔力を吸い寄せた。
「これが最後の勝負だ!」
「…受けて立ってやる」
烏田はこんな状況でも、漢だった。
いつまでも続くかと思った。両者が睨み合う時間はいつまでも続くかのように思えた。
しかし、その時間は、ついに終わりを迎えた!
ドゥン
残像すらも見えない速さで、烏田達は走り、拳を思いっきりぶつけた
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「グォォォォォォォォ!」
どちらとも負けを譲らない戦い。しかし、限界は烏田のほうが先に迎えてしまった。
バキッバキバキバキ…
段々と左手の骨が砕けていく。
「力比べは俺の勝ちだ!終わりだ人間!」
魔神が勝ったかのように思えた時だった。
「なぁ、魔物。俺はいつから拳で決着をつけると決めた?」
「な、まさか!」
魔神は急いで魔眼で烏田の拳を見る。
「な、ない!全然魔力がない!まさか…!足を見ると、そこには蓄えられた魔力があった」
「これが、人間様の、戦い方だ!」
「ズッ、ズルイゾ…人間!!」
そういって思いっきり足を振り上げた。
魔神は真っ二つへとなり、やがて息をしなくなった。
「わりぃな。人間、いや、俺ってのはそういう人間なんだわ」
そういい烏田は無抵抗に倒れた。
バタン。烏田が倒れた。黒い雨はそれを笑うかのように一層強く降り始めた。
「かっ、烏田さん!」
剣也は無我夢中で烏田の方へと走っていった。
「剣也、どうよ。俺。かっこよかったか」
「はい…。はい!」
剣也の目には大粒の涙が何個も何個もこぼれ落ちていた。
「俺…死ぬかも知れねぇ」
「…そんなこと、言わないでくださいよ…」
「だって見ろよ…この傷」
そう言われ、剣也は烏田の体全体をみると、本当にボロボロだ。顔からは血がボロボロと流ており、右腕は欠損。左手はさっきの戦いでありとあらゆる骨がおれている。足もさっき魔力を決めすぎたせいか、火傷のような跡ができている。
「…でもいいんだ…この傷、かっこいいだろ?」
「そっ、そうですかね…」
剣也は目をそらしながら言う。
「この傷はさ…俺の、俺の人生の、剣士の傷さ…」
「剣士の傷?」
「あぁ。剣士は日々何かと戦う。強いやつはその体に傷ができる。それでも生きてるっていうのは、やはり肉体的にも精神的にも強いやつを指すんだ。だからこの傷は、剣士の傷。結局死ぬがな」
「えっ、縁起の悪いこと、言わないでくださいよ…」
段々と力を無くしていく剣也の声。
「剣也…」
「なっ、何ですか」
「三日月宗政。お前にやるよ」
「えっ、烏田さんの大切なものを、俺が?」
「あぁ。このまま墓に供養してやっても、三日月宗政は喜ばねぇ。だから、お前が持って、それをまた誰かに託して、時を超える刀にしてやってくれや」
「じゃあ俺は、三日月宗政の使いの二代目になるってことですか?」
「そういうことだな…」
烏田も段々と力が無くなり始めた。口からは吐血をしている。
「けん、や…お前は…ハァ、ハァ、俺の分まで、強く、生きてくれ…」
やがて烏田の目からは涙が大量に溢れていた。ポロポロと涙を流している。
「お前に、託し、た…ぞ…」
やがて烏田はピクリとも動かなくなった。
気付いたら、天候は雨から天気が変わっていた。美しい黄昏時だ。空には虹がかかっている。さっきまでの出来事がまるで夢だったかのようだ。
「烏田さん?烏田、さん…」
手を触ると、冷たくなっていた。
「からす、だ、ぐっ…烏田さぁぁぁぁぁん!」
―一九九五年七月十一日。烏田太智。魔物との戦闘により、死亡。
その後、烏田が死んだことは、遺族達に話した。死んだことを聞いた遺族は涙を浮かべたが、誰一人、声を出して泣かなかった。
きっと烏田がそうやって悲しむのを望んでいないからだ。
いつも明るく、いつも優しく、時には厳しかった烏田。烏田が嫌うことは悲しむことだ。最期ぐらい、笑って見送る。それが烏田のモットーだったのだ。
「烏田さんから貰った三日月宗政。俺は、これを使えるようになるのだろうか。烏田さん…」
剣也は三日月宗政をギュッと握りしめた。
でもきっと、これを聞いた烏田はこう答えると、剣也は思った。
【宗政の気持ちをかんがえてやれば使えるようになるよ】
と。
そうして剣也は本当に魔物討伐隊を引退し、新しく「鳳城騎士団」を設立した。最初は少なかったが、徐々に増え続けた。
その間にも、毎日毎日、剣を振る練習や、ランニングなどをした。いつしか、「負けなしの漢」とまで称された。しかし、剣也はその言葉が嫌いだった。
「俺は今まで、自分より強い奴らから逃げていた。だから負けを知らずにここまで育っちまっただけだ」
とすっぱりと否定した。
そして剣也はずっと両思いだった人に花火の中、プロポーズをした。
相手は後の、鳳城江里子となる人だった。
結婚して十年目、この時剣也は三十九歳。その時有紫亜は誕生日した。
名前の由来は、
「有りのまま行きて欲しい」
という思いから名付けた。そして、二度と自分のような、何もできずに周りが死んでいくような苦痛をしないためにも、有紫亜達を厳しく育てていくようにした。
―そして今現在、魔人諸島。
「わっ、私は…負けたのか」
「頭潰されてんのにまだ喋れる力があるとはな。でもあいにく、今は時間が足りない。戦いは終わりにする。立てるか暉」
「ん、んん…」
暉は目を開け、起き上がった。
「魔神は…」
「もう倒し終わった。凱旋だ。さっさと帰り、これから表彰式だ。暉。お前のな」
剣也は笑いながら有紫亜などを抱え、船へと戻っていった。
その時、暉は何が起こったかがわからなかったが、とにかく、剣也が強いということだけは理解したのだった。
―数時間後。
「ようやくだ。回復魔法が使える!」
さっきまで粉々だった頭部も、一瞬にして再生した。
「ふふ、ははははは!私を殺さなかったのは間違いだったのだ!これから全人類に後悔をさせてやる!はははは」
バキッ
魔神は何の音かと音をした方を見た。そこには、腹を思い切り突き刺され、誰かの手が魔神の腹を貫通していた。
「なっ…貴様、一体どうやってここまで無音で…!」
後ろを見ると、黒いフードを被った謎の男がいた。
手を引くと、魔神は倒れた、ドロドロと溶けていった。
「全く、これだから剣也は。相性を考えて攻撃してほしいものだ。少しでも、魔物討伐隊を楽にさせるためにもね?」
黒いフードから見えたのは、黒い模様が体に浮かび上がっている謎の男。
見た目は若く見えるのに、実年齢はその何倍もありそうな、貫禄のある声の持ち主だった。
魔人諸島の掟
9.魔人諸島の領地は、海を含めず、孤島そのものだけを魔人諸島という特定の領地とする。




