第3話 魔物の戦い方
しばらくそこには睨み合う暉と十夜の姿があった。
「お前は、俺を最頂点までブチギレさせた!それ以上有紫亜さんを愚弄するなら…するなら…―お前を殺す」
「何、有紫亜を愚弄するな?魔物ごときが人間様に指図すんじゃねぇ。俺を殺すだぁ?やってみろよ」
十夜は後ろに下がり、割れた窓から庭園へと出た。
「殺せるもんならなぁ!!」
ドン
「うぅ!!」
有紫亜を足で思いっきり踏みつけた十夜。それを見た暉は怖いほど冷静だった。
(落ち着け、落ち着け暉…相手は正真正銘のクソ野郎。あんな奴がこんなところにいてはならない!俺がこの力で証明するんだ!もう…あの頃の俺じゃない!)
スーと息を吐く暉。冷静さを保つために、全神経を集中させていた。
(あいつの速さは尋常じゃない!でも、勝ち筋ならある!)
構えをとる暉。それを見て十夜は余計に虫唾が走った。
(そんな目で俺を見るなよ…!)
十夜は苛ついた。魔物ごときが自分に勝てるという自信を持っていることが、たまらなく許せない。しかし魔物なのに、超えられない壁があるような感覚だ。
「いいや、このままだ。このままでいい」
十夜は暉に対して、有紫亜の時より低い体勢で構えた。そして次の瞬間、十夜は暉の前まで来た。しかし暉はそれを見えていた。だが…
(クソックソックソッ!反応しろ、俺の体!)
そして気づいた時には、木刀ではなく、本気の拳を顔面がくらっていた。
グハッ
鼻や口から血が溢れ出てきた。尋常じゃないほどに痛い。こんな拳を食らい続けていたら暉は壊れてしまう。
「木刀で殴ると思ったか?魔物に木刀なんか不要だ。特にお前にはな」
暉はただただ鼻と口を抑えることしかできなかった。
(やっぱり、速い!なんであんなに速いんだ。何か、何かタネがあるはず…!)
暉は必死に頭を回転させた。なぜ自分にはとても速く見えるのか。なぜ有紫亜にはそれが追いつけるのか。そして、何故か反応できても攻撃ができなかったこと。あれは自分の反射神経が遅れたのではない。あの速さで認識ができていたなら、間違いなく、攻撃できたはずだ。一体なぜか…
「まさか気づいた?」
十夜は何かに気づくかのように言った。
「何がだよ」
「とぼけんなよ。その目は何かわかっている目だぜ。きっと、何故目では追えたのに、攻撃するときには体が動かなかったのか。それはコイツのせいだ。」
見せてきたのは腕時計のような形をしたものが腕に巻かれてある。しかし、腕時計の時計のある部分は目になっている。まるで龍の方に細い目。禍々しい色をしている。瞳は赤く、周りは黒く、光一つ反射をしてはいない。
「これは、これを使うことによって相手を一定時間止めることができる。生物であればな。そんな代物だ。最初は使いにくかったこの武器も、今では随分慣れたもんだ。お前のお陰でそれがわかったぜ。」
続けて十夜は言う
「お前の感情は、お前の顔に出やすい。だからわかった。嬉しいぜ、これで俺は強いという確証が得られるのだからな」
何故体が動かないのか。十夜が持っていた腕時計型の龍の目のせいだ。あの龍の目のせいで動きが封じられてしまっている。あれを何とかせねば。
二人はしばらくずっと睨み続けた。
(殺す!!)
暉は十夜よりも速く動こうとした。だがしかし、
「遅えよ」
腕時計型の龍の目は大きく目を開いたのと同時に、体が言う事を聞かなくなった。
(くそっ!止まった!)
「魔物ごときに、俺は、殺せねえよ!」
そう言ったのと同時に、思いっきり暉の腹部を蹴った。
「グッ!!」
暉は蹴られ、庭園に出た。
有紫亜の近くで、倒れた。それを見た十夜は、
まるで暉を見下すかのように笑った。
―庭園は静かなようで、爽やかなようだ。小鳥達が鳴いている。庭園の真ん中近くにあるドーム型の白い休憩所の屋根では、小鳥達が、会話しているように鳴いている。メイド達が木から落ちた落葉を片付けていたり、ベンチに腰を掛け、話している。
しかし、有紫亜、暉と続いて、窓を突き破ってきたときには、その爽やかさは消え、何が起きているのかわからないメイド達が、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「終わり。死ぬがいい」
木刀を振りかざすは暉。
「やめて…もう、これ以上は…」
有紫亜はどこを見ているのか分からなかった。ただ、暉に逃げてと伝えたかったのだろうと暉は、ボヤボヤする視界の中、それを読み取った。ただしかし、動けない。これはあの龍の目のせいじゃない。体が、本能的なのかなんなのかが、動くのを邪魔している。
十夜は庭園へと行き、有紫亜を、踏みつけようとした。その時だった。
ガシッ
「んっ」
「おい、いい加減にしろよ。魔物を馬鹿にするのも、大概にしろよ」
十夜の足を、暉は掴んだ。十夜は完全に勝ったと油断をしてしまっていた。それによって、暉に足を掴まれてしまったのだ。
「くそっ、離せ」
十夜は焦りだした。龍の目は使えない。それは何故か。理由は、この龍の目には"範囲"が設けられているからだ。その範囲は、半径二メートル。足を掴まれている以上、この状態で使うと、自分も固まってしまう。だから使えないのだ。何もかもが封じられた。
(いやしかし、持っている木刀がある!)
「離せ!離せこのクソ魔物めが!」
十夜は依然焦る。むしろさっきよりも焦っている。汗が止まらない。出ては出ている。
木刀を暉に何度も何度も、本気で叩いているのに、暉の目は、十夜をしっかりと捉えて、離さない。それによりもっと焦る。それでも暉は、離さない。
「離せ!離せ!離せ離せ離せ!離せーーー!!!」
「終わりにしよう。十夜!」
「俺の名前を気安く呼ぶ…」
次の瞬間、十夜は、暉の拳を顔にくらった。十夜の顔がへこむぐらい。
十夜は吹っ飛び、休憩所へぶつかった。
ボゴーン
休憩所は跡形も無く崩壊した。とてつもない音を出して。
十夜は気絶している。鼻から、口から、血が出て。
それを見た有紫亜は、さっきまで朦朧としていたが、その瞬間、目をかっと見開いた。
「えっ、うそうそうそ。えっ、勝ったの?」
さっきとは打って変わってヒョコッと起き上がった。
「えー!?なんで勝てたのー!?」
有紫亜は暉を起こし、まるで尋問するかのように聞いた。困る暉。
「いや、偶然ですよ。あいつがもっと油断してなければ、どうなるかわかりませんでした。もしかしたら負けてたかも」
「いや、でも、凄いよ。暉は」
「んっ…」
初めてここに来て、自分の名前を呼ばれた。暉は、笑顔の出来損ないのような笑みを浮かべた。
ジュウウウウウ
「えっ?なんの音ですか、これ」
暉は純粋に聞く。しかし目の前で見ていた有紫亜は驚いていた。
「ひ、暉…あなた、なんか煙が出てきてるよ!?」
「へっ?」
そう煙が出てたのだ。暉の体全体がだ。まるで溶けてくかのように。そして何故か、暉はさっきまで黒龍の魔物のようだった体が、グズグズに溶けていき、やがて人間の姿へとなっていった。
黒髪で少年のような体に戻った。
「えぇ…?一体、どうしたの、その体」
「何がですか?」
「いや、人間みたいな姿に…」
「いやいや、どういうことですか。何も証拠がないのにいきなり人間って、まさかからかってるんですか?」
有紫亜は何かを探り出した。
「はいこれ鏡」
「なんで持ってるんですか」
「まぁ、容姿を整えるために」
淡々と話す有紫亜。何はともあれ、鏡を覗き込んだときだった。
そこには、少年がいた。暉は驚くよりも先に、笑った。体は傷だらけで、鼻からは血が出ているはずなのに、まるで痛くはなさそうだ。安心したかと思ったら暉は、今度は、静かに倒れた。
どうやら、十夜にやられた傷は、思ったより深手だっただしい。
「あっ…やっぱり、重傷だったか…お疲れ。暉」
それを聞いて、暉は笑っていた。
―少し時間が経った頃だった。先程までいた小鳥達は一匹残らず消え、メイドは一目散に逃げていき、残ったのは割れた窓と壊れた休憩所だけだった。十夜はまだ気絶している。有紫亜は暉を見守っていた、笑みを浮かべて。しかしその時だった
「騒がしいな。何事だ」
重圧のある声。何十年も生きてきた貫録がある声だ。
有紫亜は笑みすらも消え、焦った顔をしていた。
「父、上…」
後ろを見ると、そこには鳳城騎士団の鳳城剣也が、静かに立ち尽くしていた。有紫亜は、その後言葉を発することができなかった。そこには、しばらく沈黙が続いた…
魔人諸島の掟
3.魔人諸島の環境を乱すような事はしてはならない。放火や全て駆逐することは禁止されている。




