第17話 嘘つき
木室たち宮久保班一行は、宮久保の指示に従い、さらに地下まで降りてきていた。
しかし、地下三階まで下りた所から、人一人も見かける事はなくなった。
「一体どうなっているんだ…」
戸惑う木室。周りの人達はただただ木室についていくだけ。そのため木室のように焦ることはなかった。
静かなのが気味悪い。響くのは木室たちが走っている足音のみ。この音は、より木室を追い詰めていた。
しかし、その時だった。
「フン!」
突如、上から斧が振り下ろされた。恐る恐る上を見た木室。天井から、黒い影のようなものが落ちてきた。
「我が名は黒金周。貴様らを、排除する…」
真っ黒な鎧を着た人間。片目を隠している特徴的な人間だ。
木室は怖がりながらも必死に口を開いた。
「黒金周…俺の名前は木室毅だ!覚えとけ!でも俺は戦う系の人間じゃねぇ…武中!」
「あいよ」
後ろから出てきたのは黒髪の男。黄色の目をしている。名前は武中慎司。
能力は変剣。
ありとあらゆる触れたものを剣に変えることができる。魔力を触れているものを持っている手に集めることで剣に変えることが可能。
また、持っているものの硬度によって、その剣の強さは変わる。
「変われ。剣」
慎司がポケットから取り出したのは、金の欠片だった。金の欠片は突如光だした。
段々と光が収縮して掌に収まる大きさへと変化していった。
次の瞬間、金のかけらは、全身が金の剣へと変わっていた。
「ほう…面白い能力の持ち主だな」
「ありがとう。それが最期の言葉でいい?」
慎司は一瞬にして黒金の前まで来た。
「殺す!」
しかし黒金はそれに対して一瞬で反応した。
「残念だったな!俺はお前より強い!能力も、パワーも!!!」
振りかざされる斧は、まるで岩のごとく強かった。それを必死に金の剣で押さえていたが、突如として金の剣は真ん中から折れてしまった。
ポキッ
「あちゃーさすがに無理だったか」
慎司は諦めたように木室の後ろへと回り込んだ。
「さて次!クォーツ!」
ポケットから次に取り出したのは、クォーツという鉱石。
日本語では水晶と呼ばれる。モース硬度では、七と、鉱石のなかでも特に硬い部類にはいる。
「変われ!クォーツソード!」
今度は、透明感のある剣が出来上がっていた。下から上、上から下に透けて見える。
「面白いな!お前の能力は!」
慎司は構えた。
「そんな事どうでもいいから、さっさと能力使いなよ。死ぬよ?」
慎司は挑発に近い言葉を言った。
しかし、これに対して黒金は笑った。
「グァーハッハッハッハッハッハッハ!!!面白い!この俺に勝つつもりなのか!?能力を使った所で、お前は俺に勝つことはできない!諦めろ!」
剣と斧で戦いあった。しかし、黒金の方、体格も上、戦闘知識も上、何もかもが上だった。それはまるで、父親のような圧だった。
武中慎司。二二歳。「武中剣術道場」の師範である、武中正広の第一息子として生まれる。
物心がついた時から、慎司はひたすら木刀を父親に打ち付けていた。しかし、何十年も剣道の道に携わって来た父親、正広には当然勝てるはずもなく…
「グハァ!」
正広に負ける毎日。何度も何度も挫折しそうになっが、それは正広が許してくれない。
「そんなものか。慎司」
朝から木刀を打ち付けていた慎司。もう夕方になり、日が落ちていた頃には体はボロボロで、指一本もうごかすことができなかった。
「うっうう…」
「そんなものなのか!慎司!」
正広の怒声が、道場全体に響き渡った。
そう。正広はいつも、自分の息子である慎司に対していつも厳しかった。
今思えば、強くなってほしいという願いから、厳しくやっていたのだろうが、この時の慎司は小学二年生。当然、親の気持ちも分かるはずがなかった。
―一週間が過ぎた頃だった。今日は精神を鍛えるためにトレーニングをしていた。周りの平均年齢は小学校高学年から中学生。
そんな中、ただ一人、二年生の慎司がトレーニングに混ざっていた。周りは楽々とトレーニングをこなすなか、慎司だけは毎回毎回倒れ、水道へと足を運んでいた。
そこで出会ったのは、ある男の子だった。
「君、さっきもいたよね」
「…誰?」
「僕の名前は算健一。小学五年生!君は?」
「ぼく…お、俺の名前は武中慎司。小学二年生。よっ、よろしく…」
「えっ!?お前二年生!?なんでここに」
慎司は必死に水を顔に浴びながら言った。
「お父さんが、ここの師範だから。周りよりふた周りは上へ行かないといけないって。無理矢理…」
「そっか…大変なんだな。お前も」
「そんな健一こそ、いったい何しているんだよ?」
「僕は、体が弱いから。昔からここの師範と親は仲が良くって。親が、『少しでも体を鍛えるために』って入れさせてくれたんだ。でも、日に当たると、焼けるように痛くって…」
確かに、健一は肌が周りよりも白っぽかった。きっと、太陽の光が弱い体なのだろう。
「健一は、それでもこの道場、楽しい?」
慎司は健一に聞いた。
「…うん。今までの学校生活よりかはずっと。僕、ずっと保健室登校だったから…こういう、体育をやるのは嬉しい」
健一は悲しそうにそう言った。
「そっか…」
慎司は、顔についた水滴をタオルで拭いていた。その時、慎司の頭は真っ白になっていた。
(嬉しい、か…)
今までこの道場に対してなかった、新たな感情を知った。
それからというもの、慎司は当然何年も上の人たちと同じトレーニングをこなせるはずもなく、毎回バテていた。その度に、健一と会っていた。
あんな事があった。こんな事があった。幸い、慎司はこれといった先輩からのいじめはされていなかった。
だから、なるべく嬉しい報告を健一にしていた。健一は、それを嫌がることもなく、話に夢中になって聞いていた。話し終わると、
「いいな」
とか、
「よかったね」
とか。慎司を励ましてくれる言葉を送ってくれていた。いつの間にか慎司は、トレーニングよりも健一と一緒にいる時間の方が長くなっていた。
しかし、それを父、正広は許してくれなかった。
「慎司。お前、最近練習を疎かにしているだろ」
「え…?」
「最近、中学生とかから聞いたんだ。『お前が最近練習に顔を出さない』と」
慎司は冷や汗をかいていた。もし、認めてしまったら、父親は何を思うか。もっとトレーニングを厳しくされるのか。そんなことでいっぱいだった。
「残念だ。慎司。俺はお前が本当に強くなってほしいという願いでここまで育ててやっているのに…今度から、個別練習だな」
そう言い残し、正広はその部屋を出ていこうとした。しかし、
「まっ、待って!俺は、まだあそこにいたい!やっと、楽しいとか、嬉しいとか、そういう気持ちが芽生えてきていたんだ!お願い!お願い…」
必死に懇願する慎司。しかし、正広は非情だった。
「剣術にそれらの感情はいらない。煩悩を捨てろ。慎司」
そういってふすまを開け、奥の方へと入っていった。
「嘘つき…」
慎司はただポツンと、そう言った。
そしてその次の日から、個別練習が始まった。今までみたいに健一に会うことはもうできない。いつからか、慎司は健一を"裏切った"ような気持ちになっていた。全部自分が悪い。と思い込むようになってしまい、涙を流す夜も何回もあった。
「健一に会いたい…」
次の日、慎司は、個別練習から抜け出していた。
「健一に…会いたい!」
気づいた時には走っていた。
前までトレーニングしていたところまで。
ゼェゼェとしながらも、必死に走っていた。そして、やっとついた。
いつも話していた水道場近く。荒い息を誤魔化そうとしながら、必死に呼吸を静めていた。水道場を何往復もした。しかし、健一の姿はどこにもなかった。
「健一…?」
慎司は戸惑った。そして、後ろに色々教えてくれた先輩が立っていた。
「よぉ慎司。どうしたよ?」
「健一は…?」
「あぁあいつか?」
先輩は気まずそうに答えた。
「あいつ、今まで無理してたようで。悪化したから道場辞めたんだとよ」
「え…?」
その言葉に、慎司は立ち尽くしていた。




