第13話 認められたい
―灯り一つ灯らない場所を暉たちはずっと歩いていた。
「ねぇ、いつまで歩くの、これ」
痺れを切らしたかのように暉はいった。
「もうすぐだよ暉」
ダルそうにいう師音。
もう少し先へ進むと、そこには巨大なドアが前にあった。
暉の何十倍も大きなドア。
「さぁ着いた。ここがボスの部屋」
「ご案内してあげますよ」
二人はそう言って、扉の前へ立った。
暉は固唾を飲んでドアへも近づいていった。
ギイイイイ…
大きな扉は突如として開いた。
「扉が開いた!?」
「さぁ、入りなよ。暉。ボスがお呼びだ」
師音が言った。
扉の先には、獲物を待っているかのように目を光らせた男が椅子に腰をかけていた…
あまりにも暗すぎて、辛うじてそのくらいの情報が分かるくらいだった。
「貴様、名前は」
そこには剣也に近い重圧の声があまりに響き渡った。
身体が、震えている。冷や汗が、止まらない。体が、「こいつはヤバい」と伝えている。戦ったら必ず負けると思った。
「ひ、暉です。榮元暉…」
暉は頑張って声を出した。その"榮元暉"という言葉を聞いた瞬間、突如としてその目はキリッと光りだした。
「榮元暉…そうか。貴様がそうだったのか」
笑うように奥にいる人間は言った。
「ちなみに私の名前はわかるか」
「む、六車真逸さん、じゃないんですか?」
またもや六車は目を光らせた。
「そうか。知っているのか。少し話そう」
そう言うと、大きな体を椅子から立ち上げた。体は暉の頭一つぐらい。大きい。体の幅だってそうだ。暉より二倍ある。
六車は、暉へ一歩一歩、また一歩と歩いていった。
「今から話そう『これからの世界』について。師音。理央。もう貴様らは帰っていいぞ」
そう言われると、二人はホッとしたように息をした。
「そうですか?じゃ、さよならー」
「よろしくお願いします」
二人は自分より何杯もある扉を少しづつ押していった。
キイイ…バタン
あんな大きい扉、間違いなく自分一人じゃ開けることはできない。間違いなく詰み。大人しく六車の言葉に従うしかできなかった。
(俺、一体どうなるんだろ…)
一方その頃、宮久保直沙班は順調に本部施設内を走っていた。しかし、本部施設の地図などは当然あるはずもなく、あてもなくただ走り回っていた。
しかしその時、突如光が赤くなった。
「緊急。緊急。顔認証で一致しない物が数十名、この本部施設内に侵入しました。特攻隊の方々は、直ちに排除して下さい」
「これ、いったい何?」
「恐らく、指紋認証の顔バージョンかと」
焦る宮久保に、冷静に分析する木室。その時、前の暗闇から声がしてきた。
「あれぇ?君たちが侵入者?まぁ確かに、見たことないな」
白い髪で、目は黄色い男だった。筋肉質な男。三十歳近くの顔立ちをしている。
「誰?あんた」
「俺とかどうでもいいわ!それよりお前、その水色の髪で、後ろ髪縛ってるやつ、宮久保直沙だろ?」
「淡々と話しやがって、気味悪い」
宮久保は小声で木室に言った。
「毅。みんなを連れて地下へ行って」
「いや、大丈夫。俺らも加勢する」
「そういうのじゃなくて!私達は地上フロアの殲滅は任されていない!やるなら地下でやれってこと!大丈夫、私もすぐ倒してすぐ行く。だから先に行ってて」
毅に視線をあわせた。
「わかったよ。絶対、絶対に負けんなよ。宮久保隊長」
「おう!」
そう言うと、木室が先頭に続いて反対の道へと数十人が走っていった。
「宮久保、一人で戦うのか?やめろよ。お前は俺に勝てない」
「そういうのは勝てるやつに言えよ!」
宮久保は相手に挑発した。
「俺はお前のせいで鳳城騎士団を退団しないといけなくなった!お前の団の奴が悪いのに、お前は俺が悪いように言いやがった!」
相手はうつむいた。
「名前か?教えてやるよ数藤一正だ!」
一正は怒るようにいった。
「えぇと?誰?」
一正は豆鉄砲を食らうかのように倒れた。
「まじかよ…覚えてねぇのかよ!俺は嫌だと言うほど覚えてるぜ…!あの時の屈辱をよぉ!」
―あれは、二年前の夏だった。一正は、その時、鳳城騎士団に入団して、かれこれ三年が経過していた。
一正が主に行っているのは、入団したばかりの新人団員の訓練。
一正のトレーニングメニューは、厳しいものばかりだが、有紫亜や壺内がやるほどの効果のあるものだった。
しかし、そんな達人の域に達している者達が行っているほどの厳しい訓練を、当然新人団員が完璧にこなせるはずもなく…
バタン
突如、新人団員が一人、倒れた。
熱中症だった。新人団員は苦しそうにしている。
新人団員はすぐさま美甘のいる研究室へと運ばれた。
「んー?どうしたの?」
その時美甘はチョコを食べてた。
「大変です!こいつ…熱中症かもしれなくて!」
運んできたのも新人団員だった。
「熱中症?まぁ、ほおっておけないね。ほら、治したよ」
美甘は新人団員に触れ、すぐさま起き上がった。
「あれっ…治っ、た…」
新人団員たちはそれを見て安心したかのように笑った。
「いやったぁ!」
「大丈夫かよ!おい!」
そう新人団員たちが歓声を上げる中、美甘はただただ苦しそうにその場から立ち去るのだった。
「確かに熱中症…だったけど…何これ。体が凄い熱い…今の時間は、確か一正のトレーニングだっけ…あいつ、一体どんなトレーニングさせてんのよ…」
美甘は愚痴を垂れた。
喜んでいる中、一正は研究室へと来ていた。
「おい。終わったならさっさとトレーニング開始だ。サボってんじゃねぇぞ」
一正の目つきは鋭く、怒っているかのような表情をしていた。
「すっ、すいません…」
「それと、熱中症になったお前、何?熱中症って。これぐらいのトレーニングも満足にこなせるようにならなきゃ、戦力として使えないんだけど」
一正は一言一言がナイフのように切れ味があった。
「すっ、すいません」
「もうそういうのいいから。結果で見してくれよ」
新人団員は逃げるように外へと行った。
「さすがにやりすぎなんじゃない?」
横にいたのは有紫亜だった。当時十八才。
「あ?これぐらい普通ですよ。最近のヤツが弱すぎるだけ」
「でも、今は時代が変わったの。そうやって限界まで追い込んで強くするやり方は、終わったの」
まるでゴミを見るかのような目で見られたイラつきで、一正は鳳城騎士団の総隊長だろうと関係なしに近づいていった。有紫亜の顔先まで来て行った。
「あぁ!?時代は変わった?追い込む?そういうのはそいつら個人が勝手にそう思ってるだけだろ!?鳳城騎士団の総隊長だか何だか知らねぇが、俺のトレーニング方法に口出すんじゃねぇ!」
怒りが収まったかのように一正は下へ行こうとした。
「後悔するよ」
そう言った有紫亜の言葉にも、興味なく下へ下りた。
そして、一正のトレーニングはどんどんハードになっていった。
一日に何人も熱中症になり、ストレスで入院する新人団員、辞める新人団員も増えていった。
何度も辞めろと言われたのだが、一正はそれに反抗するかのようにトレーニングを難しくしていった。
気づいた時には残った新人団員は数名。最初は数百名近くいたのに。しかし、どの団員も辛そうにしている。今にも死にそうなぐらいだ。
そんな時だった。
「一正、あんたさぁ、最近やりすぎじゃない?」
「あぁ?誰だよ」
「私の名前とかどうでもいいわ!それよりも、勝負しな!一正!」
そう言ったのは、水色の髪で後ろ髪を縛っている女性、そう。宮久保直沙だった。
「…後悔するぜ」
「いいよ。させてみな!」
最初に勝負したのは五〇メートル走。
「よ、よーい、どん!」
指揮をとったのは、もちろん新人団員。
そして、五〇メートルを走っていたが、宮久保は一正より速かった。
「クソ!なんだこいつ!速すぎる!」
頑張って追いつこうとするも、結果は一秒近く差が出てしまった。
「クソ!なんで…なんで…!」
宮久保は見下すかのように言った。
「次」
「くっ、なら、砲丸投げだ!」
しかし、一正は結果十二メートル。しかし宮久保は十三メートルまで行った。
「ウソ…だろ…?」
目を丸く見開く一正。
そして、その後も何個も何個も戦ったが、宮久保は、常に一正の一つ上へ行った。
そして、一正は疲れたように体を倒した。
「な、なんだ、負ける…」
「あんたが、油断してるからだよ」
「何っ、ゆ、油断…?」
「そう。体は本気を出しているのに、心が油断しているんだ。そんなんじゃ、最高のパフォーマンスは出せない。出せるはずがない。どうせ、私のこと見下しているんだろ。いつも全力でやるってのが、あんたにはない。トレーニングだってそうだ。新人団員を見下してるから平気で難しくできる。あんたは、指導者に向いてないよ!」
その言葉に、一正は腸が煮えくり返った。
「クソ!クソ!クソ!この、クソ野郎がぁ!」
そういって宮久保に襲っていった。しかし、これを宮久保は何なく倒した。
その後、一正は強制退団。今までの行いが全て明るみになったからだ。
そうして路頭に迷った末、一正は魔物討伐隊に入隊した…
「お前のせいだ。お前のせいで、俺は、人生が灰になった!」
「あっ、あんた、あのパワハラ男!」
宮久保はやっと思い出したようだった。
「私だって、なるべく頑張ったんだよ?私が頑張らなかったら、今頃あんたは塀の中。感謝ぐらいして欲しいなぁ」
宮久保は言った。
「認められねぇ!お前のその腐った性格が!認められねぇ!認められねぇんだよ!」
そう言うと、一正は大剣を取り出し宮久保を斬りに行った。
しかしそれを軽々と飛び越え、頭一つぐらいの差がある一正に飛び膝蹴りを食らわせた。
「相変わらずだね。あんたは油断してばっかり。本当に、醜い」
「じゃあ、認めさせてやるよ!俺という存在を!」
口から血を出しながらも力強く一正は言った。
そうして一正の持っている大剣に突如魔力が溜まりだした。
宮久保には魔力の量を見れる"魔眼"を持っていなかったが、魔力が溜まっていることは肌で感じ取った。
「来る!」
一正は魔力が溜まったらしく、大剣を思いっきり地面に突き刺した。
「回避不可の斬撃!」
突如四方八方の地面も壁もは壊れた。そう。これが回避不可の斬撃。魔力を大剣のため、それを地面に一斉に放出することで、膨れ上がった地面が破裂する。という技。周りには土埃がたった。
「これは、強い…!」
地面はボロボロに砕け落ち、落ちた所は真っ黒な部屋。魔物討伐隊の訓練場だ。
依然として土埃が立っている。
「…死んだな」
一正は勝ち誇ったかのように言った。
「遂に、俺の復讐は、終わったのだ…!」
安心したかのように訓練場を後にしようとした。
しかし、その時だった。
「待ちな」
その言葉に、一正は唖然とした。
そう。宮久保は生きていたのだ。
しかし、頭からは出血をしている。土埃が体に纏わりついている。
「この武器は使いたくなかったんだけどね…」
そういうと宮久保はポケットからハンマーを取り出した。
「ほう。それがお前の武器か」
宮久保は縛っていた髪をほどいて言った。
「あんたが私を認めさせるなら、私はあんたを認めさせてやる!」
そこにはしばらくの沈黙が残った…




