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三十七話

サンルームを覗くと、勇が椅子に深く腰掛け、真顔で羊羹を食べていた。その表情には一切の感情を宿していない、完全な無である。

柚は震え上がった。

真顔で羊羹を食べるのは絵面的にちょっと、いや、かなり怖い。

「あの…勇さん?」

恐る恐る背後から声をかけると、柚が帰宅したことに気が付いたのか勇は柚を見て表情を明るくさせる。

あまりの表情の変わりように柚は数秒、言葉が出てこなかった。

「おかえりー、柚ちゃん!」

かなりご機嫌だ。ニコニコと満面の笑みを浮かべている。

つい勢い余って告白まがいのことをしてしまった後、顔を合わせるのは気まずいかと思ったが、そうでもないらしい。ほっと安堵のため息をつく。きっと、食事中に言っていたのなら、盛大にお味噌汁を零していたかもしれない。

「勇さん、さっき何していたんですか?」

「瞑想」

「え」

勇の瞑想は真顔で羊羹を食べることらしい。

 翌日、宮藤と出会った丘に向かうと、宮藤はそこにいた。一人で月琴を弾いている。

「あ、いたの」

「はい!あの…宮藤さんの演奏、凄かったです!綺麗で、江戸時代を思い出すような…」

祖父が見ている時代劇の江戸時代で、芸者が月琴を弾いているシーンを思い出した。

「あんたは面白いことを言う。昔を懐かしむ程、生きていないだろうに」

「う〜ん、なんて説明すれば良いのか、…」

「まぁ、誰かが僕の演奏を気に入ってくれるのは嬉しいものだね。…何の曲が聴きたいの?知っている曲なら大体弾けるから」

「て、天才!?」

「違う」

きっぱりと言われてしまう。

ため息をひとつ吐いて、宮藤は置いていた月琴を手に取った。

 柚がピンッと背筋を伸ばしたのと同時に演奏が始まる。

奏でる演奏はどれも優しい音色だった。丁寧に弦を弾く音は、誰が聴いても思わず振り返るような、聴いた人の心に強く残るような演奏だった。

「…どうだった?って、何で泣いてんのさ!」

「だって…めっちゃ感動したから、、、」

「涙腺脆いなぁ」

呆れる宮藤に柚は首を振って訂正を入れる。

「とても素敵な演奏でした!!きっと、宮藤さんが優しいから優しい音色が出せるんですね!!」

宮藤は固まる。固まったまま何も話さない。

(あ、音楽の成績、五段階評価三だった私に言われても嫌だよね…)

「宮藤さん…?」

「…いい」

「え?」

「…千トで良い」

そう言った彼の耳が、ほんのり赤く染まっていた。

「えっと…?」

それは一体…

「あいつらに名前を呼ばれるのは正直言って吐き気がする。けど、あんたは僕の演奏を気に入ってくれてるし…」

あいつらというのは、きっと討伐課のことだろう。本当に仲が悪いんだ…。

「じゃあ、千ト先生…?」

音楽の先生っぽく呼んでみる。

「何で先生なんだよ。僕、あんたより年上だけど、先生って言われる年齢じゃない」

「じゃ、じゃあ千トさん!でも、成人しているんじゃないんですか?」

「僕、十九だけど」

「…え?」

まさかの二歳差。

警察官って、未成年でもなれるの?

「高等課も人手不足だからね。なろうと思えば筆記試験とかを突破すればなれるよ」

「え…凄っ」

つまり…天才ということか。いや、秀才?

警察官って、どこの部署でも人手不足なんだね。

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