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二十九話

紙魚(しみ)』という虫は本の紙を食べるそうだ。

雑嚢(ざつのう)に入っていた本のページを捲りながら、椿は思った。規則正しく並べられた文字、何も紙が千切れている訳ではない。

ただ、本を読むのに飽きただけ。

しばらく何も考えずに本を眺めていたら、三人の女学生が連れ立って入っていた。見ると、同じ教室で授業を受ける子だった。前の子に遅れまいと急いで来たらしい様子や、席と席の間を挨拶しつつ通り過ぎるその様子は、椿の席からよく見えた。

「椿ちゃん、おはよう」

「おはよう、ツユちゃん」

前の席の子が話しかけてきたので本を読んでいた手を止め、ニコリと挨拶をすれば上手に馴染める。

「その本、先月発売された本だよね!私も新聞小説で読んだよ〜」

今読んでいた本を見て嬉しそうに話す女学生。この本は自分の物ではなく、この体の持ち主の物だ。朝早くに学校へ来たのは良いものの、時間を潰せる物はないかと雑嚢を漁っていたら見付けたのだ。

「貸本屋で借りた」

「本は高いものね」

適当に言ったのだが、どうやら怪しまれずに済んだらしい。ま、本が高いのは認める。

椿が適当に話していると、頼んでいないのにツユがかあらすじを言い始めた。どうやら今、女学生を中心に流行っている恋愛小説らしい。

「両親の事業失敗で突然多額の借金を背負い、成績優秀にも関わらず、学校を辞めなければいけなかった女学生!しかもお金の為の結婚を強いられ少女の運命は絶望的…。そんな彼女を救ったのはなんと学校の先生だった!実は二人は以前から密かに愛を育てていたの!借金返済と引き換えに彼女を引き取った先生はそのまま教え子と結婚。その美しき愛に感動した学校側の計らいにより、二人はそのまま学校にいられるようになった。とても憧れるお話なの!!」

早口で語るツユに何と答えれば良いのやら、椿は彼女の説明も半分以上聞いていなかった。

(…こんな面倒なことになるなら、この子を呑まなくても良かったなぁ…)

「ねぇ、来月の京都への修学旅行だけど、椿ちゃんは何係?私は庶務係!」

椿は頭を頭を捻った。本来の体の持ち主が日記をつけていたはず…それで見た。確か…

「会計係の班だったよ」

「うわぁ〜私、数学って苦手なのよ〜!算術が得意な椿ちゃんが羨ましい!!」

「私は書記係!」

何処から現れたのか、柳子(りゅうこ)が話に入る。

「柳子は字が上手だもんね〜」

「柳子の達筆は羨ましい」

そんな会話をしていると、ツユが課題の浴衣の縫い合わせをしていた二人の少女に声をかける。

(あや)とエッちゃん、何で縫い合わせをしているの?」

「ツユ…今日は先週出された浴衣の宿題の提出日だよ」

「…ヤバっ、忘れてた!」

やれやれと呆れたように文は眉間を摘んだ。

「エッちゃん!助けて〜」

「えぇ〜!!私も終わっていないのに!?」

「こらツユ!エツ子もギリギリなんだから…。はぁ、裁縫は五限目よ。それまで手伝ってあげるから」

「さすが文ちゃん!優し〜!」

「ほら、軽口叩いてないで浴衣と裁縫箱を出す!」

ツユは自分の雑嚢からほとんど手を付けていない浴衣と裁縫箱を取り出し、うぇ〜とか言いながら縫い始める。

女学校の授業は基本的に、和裁や調理などの家庭科が多い。とりあえず適当に教本を一冊手に取った。

『家庭のすゝめ』

随分、直接的な題の教本だ。

内容は、どうやら家事の基本について説かれている本らしい。初めに何ページにもわたって『良妻賢母とは』と長々と書かれている。良き妻として、賢き母としての努めとは何か。どのようにして夫や家庭を支えていくか。長すぎて途中から読むのを諦めた。

「椿は終わったの?」

「一応終わらせたよ」

少しして授業が始まり、退屈な時間が過ぎると放課後になる。

ひと通り会話をしてから身支度を終えて帰ろうとした時、椿は中庭で三人の子を見付けた。マガレイトと呼ばれる髪型とラジオ巻きと三つ編みの女学生だった。流行の髪型はマガレイトと呼ばれる編み込みの束髪(そくはつ)だと新聞の婦人欄に書かれていたことを思い出した椿は、会話に耳を傾ける。

「ああ、今日で皆様とお別れなんて…」

「泣かないで」

「お手紙を書きますわ」

泣いている子と、それを励ます子。

(…洋行にでも行くのだろうか?)

「どうしたの?」

「実はわたくし、お嫁に行くもので、今日で学校は最後なんです」

「…そうなんだ」

「ここで多くを学んでも、わたくし達の将来を決めるのは『家』です。わたくし達は恋をすることすらままならないのでしょうか…」


「憧れ…ね」

畳の上に寝転がり、前の席の子が言っていたことを頭の中で繰り返す。

新しい体を…と思ってもそう簡単には見付からない。普通なら、三日も経てば人は壊れるのだが、中々壊れてくれない。もってあと一週間、それまで新しい体を見付けないと―――

「いや、ある」

椿は数日前の神楽坂で見た望月柚―――死ニカエリを引き寄せる体質の少女。

(ここに来てとても良い器を見付けた…!)

「やっぱり、欲しいものは自分で取りに行かないと」

椿はひとり、口の端を上げる。

数日前、最高の器を見付けたと思い、呑んだが、実際に使い始めると使い勝手が悪いし当分壊れてくれないだろう。ずっとこのまま居座れば、討伐課に情報が入ってしまう…それだけは御免だ。

すきま風が行灯の光を揺らし、椿は文机に立てかけた雑嚢に目線を落とす。

―――やっぱり、別の体が必要だ。

「っ?」

刹那。玄関の扉を強く叩く音が聞こえる。随分と乱暴な叩き方だ。椿と同じく上京してきた下宿生が帰ってくるにはいささか早い時分だ。

「警視庁高等課だ!」

椿は息を飲み、そうきたかと呟く。だが不幸中の幸いか、討伐課ではない。討伐課でないなら自分を倒せない。

「綾辻椿、出頭を要請(ようせい)する!すみやかに応じよ!繰り返す、綾辻椿―――」

ガラリと閉め切っていた雨戸を開け、庭に植えられた植木に向かって飛び降りた。

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