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二十八話

「参ったなー、こんな雨じゃ洗濯物が乾かないなー…」

湿った手ぬぐいを釜戸の火にかざしながら、勇がため息混じりにぼやいた。

釜の蓋がカタカタと揺れ、米の炊ける匂いがする。柚は着物の裾をたすきでたくし直し、「本当ですよね〜」と答えながら台所に手際良く皿を並べた。

今日の夕飯は(かも)の塩煮と茄子(なす)のお漬物と冷奴(ひややっこ)。それと大根の味噌汁。

「あ、お味噌汁、作っても良いですか?」

「良いよー!じゃあ俺は鴨を(さば)いとく」

柚は早速鍋に火をかけ、ダシを取った。以前は失敗続きだった釜戸の扱いも今では手馴れたものだ。火加減を誤って味噌汁を沸騰させて煮立てたり、かぼちゃの煮付けが炭化したり、米を黒焦げにしたりなどの出来事も今では懐かしくなる。

(でも、現代に戻ったらもう釜戸を使うこともないんだ…)

どれだけ火起こしが上手くなっても、ご飯の炊き加減が上達しても、満月の夜には無用の技術になる。図書館で借りた本の内容を信じるならば、柚とたまは帰れるのだ。

柚は勝手口から空を見上げた。しかし、月の満ち欠けを確かめようにも、依然として雨はやまず、空は分厚い雲で覆われていた。

回復の兆しが見えない、嫌な天気だった。

夏の雨は湿度が可笑しい。ただでさえ夏で暑いのに湿度が…。

「この前、柚ちゃんが作ろうとしてた鶏肉と(きのこ)を牛乳で煮込む料理は頼むから作らないでくれよー!」

「何でですか?」

勇は神妙な顔をして答えた。

「ゾッとするから」

頼むからゲテモノ料理は作らないで欲しいということらしい。

(クリーム煮がゾッと…これが時代の違い)

クリーム煮がゲテモノ料理と言われることに少し切ないものがあるが、柚が提案したメニューはまだ一般家庭に馴染みがないものだったらしい。

「でも、牛乳で煮込む料理とかってないんですか?ミルクホールとか」

以前、近くに開店したミルクホールの話になった時のことを思い出す。ミルクホールは確か『牛乳の飲める喫茶店』という意味だ。

「ミルクホールは牛乳を飲んだり軽食をする場所だし…牛乳は高いよ…?」

牛乳一合で五銭だった気がする。

(…あれ?牛鍋と同じ値段…)

そっと鍋に視線を移す。鍋でコトコトと現代の価格で千円もする高級品で鶏肉を煮込もうとしていたのか…。地元のスーパーなら二百五十円くらいで売っていたのに…高っ。

カタカタと車輪の音が聞こえ、柚は料理の手を止めて玄関へと急いだ。傘を持って門前まで小走りで向かうと、丁度俥から人が降りてくるところだった。

しかし、その人物は柚の知っている人ではなかった。着崩すことなくビシッと着た詰襟のような制服と左腕に付けた腕章に、少し身構える。

何故なら、その服装は高等課の人達が着用していた制服だったからだ。先日の料亭にも顔を出していた人だったので覚えている。

「あの…どうかしましたか?」

「綾辻椿は何処にいる」

その男性は単刀直入だった。

柚が椿と関わりがあることをはなから断言したような言い方だった。

目深(めぶか)く被った官帽(かんぼう)からは有無を言わさないような鋭い目が柚を見据える。

「…え?」

「お前が奴と手引きしているなら無駄な足掻きだ。さっさと引き渡せ。今なら用が済み次第、すみやかに解放してやる」

「…用って、何ですか?椿ちゃんは警察のお世話になることは何もしていないはずです!」

「言い方を変えよう、我々は綾辻椿が国家の秩序を乱す者であると疑っている」

「そんな…まだ、十七歳ですよ!?」

「綾辻椿が秩序を乱す意志がないと我々が判断すれば(とが)めるつもりはない」

そんなの、と柚は言いかけた。そんなの、彼らのさじ加減でどうにでもなる話だ。

冷たく光る双眼が、容赦なく柚を()すえる。ただでさえ肌寒い気温がさらに下がった気がした。その視線だけで動けなくなってしまう。目を逸らさないようにすることで精一杯だ。

「…どうやら貴様にも詳しく話を聞く必要があるようだ。ご同行願おう」

戸惑う柚の手首を、男性が掴もうとした。

しかしその動作は、突然背後から差し込んだカンテラの光によって遮られる。男性は咄嗟に目を細めた。ザク、ザク、と足音が近付いてくる。

「いや〜…高等課の人はそうやって国民を脅すのかい?」

「…!」

降りしきる雨の中、忍びやかに現れたのは勇だった。

彼は悠然とした笑みを浮かべ、柚の手首を掴もうとした男性の手を振り払う。

「わざわざ御足労だな、大山」

「この子が中々戻って来なかったからねー…しかし笹倉(ささくら)陸殿、彼女を口説きたいならまず俺を倒してからするのが筋というものじゃない?…立花でもやってることだよー?」

「口説く?何を馬鹿な」

笹倉は眉間を厳しくさせた。

「言っていることは理解出来んが、順序を間違えていたのは確かだ。…無理やり連れて行くのは良心が痛む。まずは保護者の許可が先決だったな」

「笹倉に良心とかあったんだ…意外。あと俺はこの子の保護者じゃないよー」

勇は薄い笑みで訂正した。

「勇さん、黙って…!」

この状況なのに煽る勇に柚は逃げたくなった。

「この子を連れて行きたいなら相手になるよ。剣豪で知られる笹倉には手応えがないかもしれないけどねー」

片眉を上げ、笹倉はサーベルの柄に触れた。まさか抜刀(ばっとう)するつもりなのだろうか?柚は反射的に勇の腕を掴んだ。じわじわと不安が押し上げる。

「手応えがなくとも俺は構わん、討伐課の太刀筋(たちすじ)に興味があるのでな」

さらりと、耳を疑う発言が飛び出してきた。

息が詰まった。雨の音が消えた。

「笹倉さんの仕事は人を斬ることじゃないでしょう!?…警察が人を斬るなんて…」

「必要とあれば人も斬る。ただ、、、久しく生身の人間を斬っていないので手元の狂いはご容赦願おう」

タチの悪い冗談を交わしているだけ、そう願いたかった。

「高等課は暴力行為などの方法を用いて極端な取り調べを行う。何せ『疑わしきは罰する』を具現化したような奴らだからね…。いや〜、その取り調べが国民に恐れられている理由だって、知らない可哀想な奴らなんだよー」

柚の焦りを横目に、勇は声を上げて笑った。

恐れを知らないということはこういう人を指すのだろうか。暴力で取り調べって…今まで感じたことのない恐怖が全身を巡った。

「笹倉殿、俺ら討伐課は“国民を守る為”に刀を振るうんだよ。高等課みたいに脅す為に抜くことはしない」

挑発的に肩をすくめる勇。

笹倉の瞳が細くなる。

「俺達は“国家の秩序”を守っている。感情に流されて手加減するつもりもない」

「へぇ、秩序ねぇ。だったら国民が怯えて暮らすのも“秩序”って訳?」

勇は軽口を叩きながらも、わずかに視線を鋭くした。

「勇さん…本当にするんですか!?正気ですか?」

「大丈夫大丈夫〜!柚ちゃんが応援してくれたら勝てるかも〜」

「大山、あんたは酔っているのか?」

場の空気にそぐわない勇の発言に、笹倉の眉間がさらに険しくなった。

「俺は酔ってないよー。酒には酔いにくい体質だし、さっきまで夕飯の準備していたから」

「料理酒でも飲んだんだろう」

「え、待って、本当に飲んでないよ?」

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