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二十五話

音寧に発表会があると言われた三日後。

会場は上野にある料亭で、夜の六時から八時までとやや遅い時間帯。勇にどう言い訳しようか頭を悩ませていた柚だったが、結論が出るよりも先に、勇はその日は討伐課と高等課の会合で忙しいらしく、帰りが遅くなるという。

高等課とは何か、国家組織の根本を危うくする行為を除去する組織の人らしく、勇が「彼奴らきらーい…」と愚痴を零していたのを思い出す。

高等課は一九十一年に分課され、特別高等課が設置される。戦後、高等課と特高の代わりとなる公安が誕生する。

期待と好奇心、それと若干の罪悪感を抱きながら柚は少し早めに会場へと向かった。

重要な会だと聞いていたから多少の覚悟はあったものの、やはり場違い感が半端ない。

靴を脱いで袖まくりしようとすると、音寧はにっこりと表情を整えた。

「お、やる気だねぇ〜!じゃあさ、宴に料理を運んでくれるかい?今夜は滅多に見ない大物だからねぇ〜」

「はい!」

どうやら柚に割り当てられた仕事は厨房から部屋の前まで料理を運ぶ定員さんのようなものらしい。

「あ、酔いが回れば喧嘩しだすと思うけど、無視して流すこと。いちいち受け答えをしていたら進まないからね」

「はい…?」

飲食店のバイトのような仕事を想像していた柚だが、そこに酔っ払い相手が加わると事情が少々変わってくる。

「まぁ、頑張りなよ!」


 会場となる部屋は険悪な雰囲気だった。二十人程の人数が予定されているはずなのだが、お座敷には詰襟姿の十二人しかいなかった。

やがて後から残りが来る八人が揃い、険悪な雰囲気のまま発表会が始まる。

それからは戦場のような忙しさだった。お酒は出したそばからなくなっていき、厨房で飛び交う料理の数々。それに追い討ちをかけるように『ひや』だの『ぬる(かん)』だの『熱燗(あつかん)』などのリクエストに社会経験が乏しい女子高生の頭はパニックになる。

「ほ〜ら、頑張りなよ〜、音寧の秘蔵っ子だろ〜!」

「若いうちは苦労が耐えないからね〜、あと少ししたら落ち着くと思うから、その時に私達はまかないを食べよ〜か」

置屋の姐さん達は激励の声をかけてくれる。自分で名乗り出たのでぶっ倒れる訳にもいかず、笑顔を作って何とか持ちこたえる。幸い料理を運ぶだけなので、酔っ払い相手の喧嘩よりはマシだと思う余裕はあった。

 それから数十分後、落ち着きを取り戻したので姐さん達と厨房でまかないを食べていると、音寧の言う通り、喧嘩が始まった。

「本当に喧嘩してる…」

「今夜は討伐課と高等課の会合だからねぇ〜、あの二つの部署は仲が悪いことで有名さ」

「え…!?」

時間が止まった気がした。

嫌な予感がする。大丈夫、廊下で顔を合わせなければ大丈夫…。きっと、大丈夫。

薄暗い廊下の端に置かれた行灯(あんどん)の光がぼんやりと照らす。本当にどうしよう。

「秘蔵っ子、どうしたんだい?」

異変を感じたらしい姐さんが声をかけるが、上手い返事が見付からない。

「あれ?望月ちゃん?」

陽気な声が厨房に響いた。ひょっこりと顔を出しているのは颯介。空になった徳利(とっくり)をお盆に乗せながら立っていた。

「フラフラしていた子がいたから手伝ってたんだけど〜…駄目なやつだった?」

「あ、いや、ありがとうね〜」慌てて姐さんがお盆を受け取り、流しに置く。

「じゃあね〜」

ヒラヒラと手を振り、お屋敷に戻っていった。それと入れ替いになりながら勇が走ってきた。

「あら〜、アンタも来たのかい?お盆はここに置いておくれよ〜」

音寧は営業用の笑顔を作り、走ってきた勇を迎える。

「その子は半玉(はんぎょく)?」

ぎくりとした。

勇は腕を組んで音寧に向き合い、質問を質問で返す。その笑みはあくまで穏やかだ。

「違うね〜、アタシが無理言って出てきてもらったんだよ」

「ちが…」

それは違う。無理言ってお座敷の手伝いに名乗り出たのは自分だ。けれど、彼女は柚の横入りを遮さえぎるように、

「なにせ人手不足なもんでね〜…猫の手も借りたいくらいだよ。この子、初めてなのによく頑張ってるよ」

そう言って、穏やかに笑った。

「確かに柚ちゃんは良いお嬢さんだよ」

「おや、それについて僕も同意見です」

何処からか現れた井上は納得するように頷いている。

「何で昴がいるの?」

「喧嘩を吹っかけられたのでここに逃げて来たんですけど…あ、上司は向こうの上司と論争していますよ」

「…上司、何してんだよ。論争なら昴も参戦すれば良いじゃん、論争は昴の得意分野だろー?」

「僕が得意なのは議論です」

「同じだと思うけどー?」

「違います。論争は自分の利益を考えて―――」

「あーはいはい」

長くなりそうな井上の説明を遮る勇。

「それで、柚ちゃんに適性はあったの?」

その質問に音寧は笑みを崩さないまま口を(つぐ)む。

「ゆくゆくは半玉として彼女を手元に置くつもりだろー?意見を聞かせてほしいなー」

 突然開き直ったように音寧は言い放った。

「そうだよ。何時までも訳ありなこの子を大山みたいな立派な家に置いとく訳にはいかないだろ〜?だったらこの子をアタシに預けて神楽坂で一番人気の芸者に…」

「それは良い案ですね」

それまで黙っていた井上が思い付いたように言った。

「柚さんが神楽坂で働くなら、僕は身請(みう)けしやすいですし…僕は良い案だと思います」

「は!?」

「おや、アンタもこの子を狙っているのかい?」少し目を見開いたが、音寧の顔はすぐに戻った。

「そうですよ」

「へぇ〜そうかい。面白いことになってんじゃん。良いね、そういうのアタシは好きだよ」

 この状況を面白いとでも言うような話しぶりの音寧に、柚は肝を抜かれたように(たたず)んでいた。

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