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二十三話

音寧に会いに置屋に足を運ばせること数日。半分は潜入、もう半分は気になったからという理由で通い続けている。他の芸者にも色々聞き回っているせいで顔見知りになり、暇な時があれば柚も稽古に参加出来るようになっていた。

その間、勇はとて忙しそうだ。休日はずっと部屋で書類に目を通している。何度声をかけても集中しているようで、肩を叩くまで気が付かない。

だから言わない。言い出せない。

「おーい、音寧の秘蔵(ひぞ)っ子〜!また来てるよ〜」

「はーい!あと、私は柚ですよ!」

「あ、ごめんね〜」

 昼と夜の間の夕暮れ時、たまは何処からともなく現れる。寂しいのか、お腹が空いているからか、それとも柚を心配しているからか、一体どれが理由なのか分からないがたまはこの時間帯になると決まって音寧の部屋に現れる。

「たま、ごめんね」

許すと言っているように「にゃあ」の声。

「音寧さん、この辺りで急に雰囲気が変わった人とかいませんでしたか?」

「雰囲気が変わった人?心当たりはないねぇ」

「そうですか…」

「まぁ、何かあったらアンタに言うよ」

「ありがとうございます」

それらしい情報は手に入らず、肩を落とす。

用意された(ぜん)の前に、柚は箸を構えた。置屋のまかないは一汁三菜というシンプルなメニューで健康的だが、焼き魚の攻略はハードルが高い。

息を深く吸い、恐る恐る魚の骨を外しにかかると、即座に「まずヒレを取る!」と叱咤(しった)が飛んできた。

「尾ビレや背ビレは初めに取ってお皿の端にまとめとく。まずそこ!」

音寧の指導は容赦ない。だが、「ここで働かせて下さい」と頼んだのは他でもない柚自身なので、音を上げることは出来なかった。今の柚は雇うことは出来ないけど、人手が足りない時の助っ人という立場で通っている。芸者は華やかだが、その分礼儀作法もしっかりしている。助っ人として発表会に参加する時、粗相(そそう)のないように音寧に教えてもらっていた。

「親に教えてもらわなかったのかい?」

「…切り身だったので」

「切り身ぃ?」

嘘だろとでも言いたそうな音寧。魚は一匹丸ごと食卓に並ぶのが当たり前なこの時代。切り身で食べることに違和感を覚えるようだ。

現代では切り身販売が主流になっているので、柚が一匹丸ごと食べたことがあるのは秋刀魚(さんま)くらいだろうか。

「…アンタ、真ん中は食べたことあるかい?」

「真ん中?」

「書生や女中がいた家の主人の食べ方で、主人の膳に乗っているものの皆の分でもあるから少ししか手を付けない作法なんだよ」

膳をトントンと扇子で叩きながら説明する。

「ま、昔からそんな考えはあったようだけどね」

「そうなんですか…」

魚ははらわた以外どこを食べても美味しい。そこを食べられないなんて…。

あまりにも悲しすぎる。柚は改めて体面を気にする人達というのは凄いんだと思えた。魚の件を抜いても、だ。

裕福な家に生まれたからといって、甘やかされて育ったと考えるのは間違いだ。格式が高ければ高い程、(しつけ)は厳しいだろうし、常に周りの目を気にしないといけないし、我慢することも多いはず。

勇の母が言っていた『大山家の長男として』という言葉も、家の名前に泥を塗らないようにということもよく分かる。

音寧は煮干しを(むさぼ)っているたまに目を移した。

「いや〜、あの猫も良い食べっぷりだねぇ」

「アハハ…確かに」

動物は飼い主に似て、食べ物のことになると夢中になるようだ。

「そうだ、三日後に発表会があるんだよ」

「私、手伝います!」

柚はキリッと挙手した。

「掃除でも呼び込みでも席案内でも何でもやります!大して役に立たないかもしれませんが、私も助太刀したいです!ついでに音寧さん達の舞台観たいです!」

「そりゃ嬉しいけどさ。多分、アンタが思っている会とちょっと違うと思うんだけどねぇ…」

どこか歯切れの悪い返し方だ。やはり自分のような部外者が立ち入るのは難しいのだろう。しかし、出来ることならこの機会を逃したくない。

「お願いします!勉強させて下さい!」

そう頭を下げると、音寧は長い髪を背に払い、しばらく黙ったまま柚を見つめてきた。

やがて障子戸の隙間から西日が差し込み、畳が茜色に染まる。どこからか豆腐屋の呼び込み声が聞こえてきた。

「どうしたんですか?」

不自然な沈黙を破ると、音寧はゆっくりと首を振った。

「いや、何でアンタみたいな一途な子が報われないんだろうなって」

真面目な顔で彼女は続けた。

「右も左も定かじゃない状態でよく頑張れるんだなって感心してるんだよ。根性なさそうな感じして、こんな訳分からない場所に好んで出入りする度胸もある。何でアイツがアンタのことを好かないんだろうな…」

独り言のように呟き、柚の方へ手を伸ばした。

「アイツ…?」

「ん?あぁ、大山のことだよ。…アンタが頑張り屋なのは認めてあげるからさ」

「頑張り屋じゃないです、全然」

本来の自分は度胸も根性もなければ、前向きに頑張れる性格でもない。目立ち過ぎず地味過ぎず、集団の丁度良い立場を維持(いじ)出来たらそれだけで満足で…。

現代での自分は他人に自慢出来るような長所もなく、かと言って手に余る問題児でもない。ごく普通の女子高生だった。だから音寧が自分に向けた評価は嬉しくもあり、他人事のようにも聞こえた。

「アンタは頑張ってるよ。そう思えなくたって、アンタの頑張りを知っている人はいるし、少しは自分を褒めたって良いんじゃないかい?」

音寧は目を細め、柚の頭をぐりぐりと撫でた。

「じゃあさ、アンタを例の発表会に連れてってあげるよ。その代わり、アタシ達の仕事をしっかり手伝うんだよ」

音寧は言い聞かせるように言った。

「は、はい!」

「帰りは少し遅くなるけど、それは良いのかい?」

うっ、と言葉が詰まった。あまり夜遅くなると、勇に心配させてしまう。とはいえ正直に詳細(しょうさい)を話すことも出来ない。

「ははあ、さては言い訳が思いつかないんだろう」

柚を見て悟った音寧が聞く。

「じゃあ、アイツにはこう言いなよ。友達と星祭りに行くって」

「星祭り?」

「三日後は丁度、八月七日だろ?その日は河川敷で星祭りなんだ」

七夕みたいな物だろうか…?七夕は七月七日のような気もするが。

「七月七日じゃないんですか?」

「七月七日は雨が降って中止されたから、月遅れの八月にやるんだよ」

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