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二十二話

銀座、尾張(おわり)町。

レンガ通りの繁華街は活気に溢れていた。馬車鉄道が行き交う街道は風が吹く度に土埃が舞い、人々は口元を着物の袖で押さえながら通り過ぎていく。

あんぱんは明治時代に生まれたということを、柚は初めて知った。特に先日颯介から貰った木村屋のあんぱんは東京府民には人気が高く、東京名物と呼ばれるくらい土産物として広く知られているのだとか。酒種の酵母(こうぼ)で発酵させた生地は甘みが強く、とりわけ桜の花の塩漬けを乗せた桜あんぱんは、とても美味しくで、椿の大好物らしい。

…という話を覚えていた柚はその日の午後、八百屋へのお使いがてら木村屋に寄ることにした。しかし、流石に東京名物という呼び声が高いだけあって、店に着いた頃には全ての商品が売り切れていた。どうやら一歩遅かったようだ。仕方ないので帰ろうとすると、丁度店から出てきた男が「お?」と驚いた声を上げる。

一拍置いてから、二人は同時にぽんっと手を打った。

「誰かと思えば勇のとこに下宿している…そうだ!望月だ!」

「えっと…虎さん!」

「こんなとこまで買い物か?」

「木村屋のあんぱんを買いに来たんですけど、売り切れで」

「あ〜そうだったのか。木村屋のあんぱんは人気だからなぁ、そういう時もあるだろ。僕も横浜の外国人居留地で売っていた英国パンよりも甘みの強いパンの方が好きだしな」

確かに現代では一般的な山形の英国パンは、まだこの時代には浸透していないようだ。そもそもパンは菓子の一種として捉えられ、『珍奇食品』などと呼ばれている向きもある。食事として本格的に家庭に取り入れられるのは、もう少し先のことになるだろう。

「私は英国パンも好きですよ。軽くトーストしてバターを塗ったり、お肉を挟むのも最高で…」

言ったそばから、猛烈にお腹が空いてくるから困る。

肉は、良いものだ。特に牛肉。

「分かる。物凄く分かる。前に衛生局の同僚から差し入れで貰ったことがあって、あれは本当に美味い。香ばしく焼いたパンと染み出す肉汁の相性たるや、これがもう絶品で」

絶品と聞いて、柚は身を乗り出した。

「そうえいば、虎さんは仕事中ですか?」

「まぁな、僕はひとりで聞き込み捜査」

(ここら辺で何か事件とかあったっけ…?)

お蕎麦屋の食い逃げ犯は昨日、履き物屋のおっちゃんに捕まったばかりだし、何かあったっけ?

などと考えていると、ふと近くにいた男女の会話が聞こえてきた。

また窃盗が…など、あまり穏やかではない雰囲気だ。

その男女の会話は虎太郎にも聞こえていたらしく、早足でその男女の方へ向かって何やら話をしている。

虎太郎が聞き込みを終わらせると、何やら険しい顔をしている。

「何かあったんですか?」

「また帝國ホテルで金品の窃盗騒ぎがあったらしい。今はその捜査中なんだが…聞けば聞くほど人間の仕業としか思えないんだよな…」

そういや新聞で帝國ホテルで死ニカエリによる窃盗事件が大々的に取り上げられていたのを思い出した。

(日比谷(ひびや)の帝國ホテルから尾張町まで離れているのに…お疲れ様です)

忙しそうに帰って行った虎太郎にそっと柚は心の中で応援した。

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